距離
昼食後、約束通りシヴァがやってきた。
「お茶を用意してきますね」
「ああ、ありがとう。レンにも聞いてもらいたいから3人分頼むよ」
「はい」
(食後だからミントティーがいいかな)
「どうぞ」
「ありがとう」
「いただこう」
蓮が席に着くと、シヴァがお茶を一口飲み、僅かに口元を綻ばせた。蜂蜜の分量が丁度良かったようだ。
「それで、私に聞きたい事とは? この間の説明では足りなかったか?」
「いえ、実は質問というのはシヴァさんに家に来ていただく為の口実でして…」
ショーンが頭を掻きながらそう言うと、シヴァは眉をひそめた。
「ミホには聞かれたくない話なのか?」
「今の時点ではそうですね。ミホさんに関する事なんで。でも心配しないで下さい。決して悪い話ではないです」
ショーンはそう言うとニッコリ笑った。
「結論から言います。高濃度の魔素を摂取しつづけても、人体に悪い影響はないと自分は思います」
シヴァは驚きで目を丸くしたが、すぐに冷静になった。
「何故そう思うんだ? 何か根拠があるのか?」
「はい。まず自分はこれまで、魔素が人体に悪いという話を聞いた事がありません。そもそも全ての食べ物に魔素が含まれてる訳ですから、ある程度の耐性があると思うんですよ」
「しかし魔素を多く摂取したせいで死に至った人間がいる。昔、森に入ってきた冒険者のパーティが食料が尽きたらしく、森の木の実で飢えをしのいだらしい。その中で人一倍の量を食べていた人間の具合がだんだん悪くなって、とうとう二日後に死んだそうだ。その木の実に毒はないが、魔素が多く含まれてる。死因は人の許容量を超える魔素を摂取したからだろう」
「その話を疑う訳ではありませんが、我々人間が魔物の事を知らないように、魔物側も人間の事を詳しく知らないでしょう。稀に卵やナッツを食べて具合が悪くなる人がいます。恐らく亡くなった人の体質に、その木の実が合わなかったんじゃないでしょうか」
先生はそう言うと一口お茶を飲んで続けた。
「我々人間には魔力がありませんが、宮廷魔法使いのように稀に魔力を持って生まれる人がいます。血筋や性別に関係ない為、女神様からギフトを授かったと思われていますが、昨日のミホさんの様子を見て胎児が魔素の影響を受ける可能性に思い至り、早速調べてみたんです」
先生はそう言って紙の束をシヴァに手渡した。
「これは宮廷魔法使い50人の調査表です。面白い事に全員が秋か冬生まれです」
「そのようだな」
「アンジェリカ元王女も秋生まれで風のギフトをお持ちです。母親である元王妃様は健康そのものですよ。姉君のグレース様に話を伺ったのですが、元王妃様は秋になると、ザクロをジュースにして毎日召し上がっていたとか。ザクロは秋になればどこでも手に入るし、美容と健康に良いとされてますから、宮廷魔法使いの母親も臨月に食べたのでしょう。因みに彼女達も全員ご存命です」
「ザクロって魔素が多く含まれてるの?」
蓮の質問にシヴァが神妙な顔で頷いた。
「1粒に含まれる含有量は少ないが、1個辺り100粒以上の実があるからな。ジュースにすれば多量摂取することになる」
「ええ。魔素は魔力の源。胎児の時に魔素を多量摂取すると、魔力として発現する可能性が高いと思われます」
「成る程。通常魔素は排出されるので人体に影響はないが、胎児は魔素を吸収し、産まれると魔力を扱えるようになる訳か」
「はい。多分、魔素を排出せずに吸収する体質になるんでしょう。宮廷魔法使いも兵士と同じ位の量を食べますが、魔素を摂取する為と考えれば不思議じゃありません」
「ふむ。筋は通ってる。しかしいつの間にこんな資料を用意したんだ?」
シヴァは感心した様子で、資料に目を落した。
「昨日の会議の合間に調査表の原書を書いて、文官に書写してもらったんですよ。レンが手伝ってくれたお陰で助かりました」
「…たいした事はしてないけどね」
蓮は褒められた嬉しさと気恥ずかしさで、モゾモゾと落ち着きなく体を揺らした。
「そんな訳ですので、ミホさんが魔素を摂取する事にそこまで心配する必要はないと思います」
「ああ、ありがとう」
シヴァは穏やかな表情でショーンに礼を言った後、首を傾げた。
「しかし、それならミホに話しても構わなかったんじゃないか?」
「ミホさんを安心させたい思いはあるんですが、調子に乗って食べ過ぎる気がして」
「それはありうるな」
シヴァは神妙な顔で頷いた。
「昨日の様子を見るに、胎児は本能的に必要な魔素量が分かっているようです。成長に合わせて求める量も増えるでしょう。希望の実はこれまで通りシヴァさんが管理して、様子を見ながら与える量を増やして下さい」
「わかった。ショーンのお陰で心が軽くなった。感謝する」
シヴァが晴れやかな顔で礼を言った。
(先生、毎日仕事で忙しいのに、俺達家族の事も考えてくれたんだな)
「先生、本当にありがとう」
凄く凄く感謝しているのに、どうして在り来たりな言葉しか出てこないんだろう。
「どういたしまして」
それでも先生は、嬉しそうに微笑んでくれた。
「私からも報告があるんだ。ようやく森の家の改築が終わったから、ガロンが帰ってくる。明後日から食事を共にする事になるから、2人とも宜しく頼む」
「おや、それは賑やかになりそうですね」
「うん、楽しみ。俺、もっとガロンと話したいと思ってたんだ」
「ああ、ガロンも楽しみにしてる。ただ今は仲間達と過ごすのも楽しいようだ。本人の希望もあり、家から訓練所に通わせる事にした」
「そうなんですか」
「戦った事ないけど、ガロンって結構強いよね? 身体能力高そう」
「力は強いな。特に尻尾の攻撃は凄まじい威力だ。ガロンは嬉しいと尻尾を振るんだが、その所為で部屋の中が滅茶苦茶になった事もある。やらかした後でしゅんと項垂れるから、怒る訳にもいかなくて…。食堂ではガロンの席の周りに十分なスペースをとるが、2人とも立ち位置や距離に気をつけてくれ。対面で話せば被害を受ける事はない」
(対人関係に置いてパーソナルスペースって確かに大事だけど…)
新しい家族と距離を縮めたいと思った矢先に、まさか物理的な理由で距離を取るよう注意されるとは。
(でも本当に楽しみだ。ガロンともっと仲良くなれるといいな)




