ローズヒップティー
(お母さんの食欲が異常だったのは、昨夜の夢が原因かも)
もしかしてお父さんは、すごく無理をして俺に会いにきてくれたんじゃないだろうか?
話の途中でお父さんの体が透けだしたのも、魔力が足りなくなったからと言っていたし…。
(お母さんも赤ちゃんも大丈夫かな?)
後片付けを手伝いながら様子を伺えば、お母さんは何事もなかったように家事に勤しんでいる。
野菜中心とはいえ、普段の倍の量を食べたのだから気分が悪くなりそうだが、至って健康そうだ。
(大食いでも痩せてる人の胃袋って、異次元に繋がってんのかな?)
そう思いながらシヴァを見ると目が合った。
「レンは今日は何か予定があるのか?」
「うん。先生の補佐で城に行くけど…」
「そうか。昨夜は遅くまでショーンと話し込んでしまって悪かった。ちゃんと眠れたか?」
(ああ、俺が夢を見れたか、気にしてくれてるんだ)
シヴァの気遣わしげな表情で、俺の心配をしていると分り、少しむず痒い気分になる。
「うん。2人の話し声なんて全然気にならなかった。夢を見たせいで寝起きはぼーっとしたけど、今は気分もスッキリしてるよ」
「そうか。それなら良かった」
シヴァは安心したように微笑んだ。
「俺より先生の方が寝不足かも。昨夜は提出資料を色々用意していたみたいだし」
「そうだな。私と話している間も手を休める事はなかった。あまり無理しないと良いが」
シヴァはそう言って棚から小さな瓶を取ると、俺に差し出した。中には乾燥した小さな赤い実が入っている。
「これは?」
「ローズヒップという疲労回復の効果があるハーブだ。カップに直接2匙入れてお湯を静かに注ぎ、蓋をして少し蒸らしてから飲みなさい。酸味が苦手なら蜂蜜を少し入れるといい」
「わかった。ありがとう」
俺が瓶を受け取ると、家事を終えたお母さんが会話に入ってきた。
「ローズヒップティーはビタミンCたっぷりだから、風邪予防にも良いのよ。でも飲み過ぎるとお腹が緩くなるから、1日2杯までにしときなさいね」
「ふ〜ん。じゃあ、寝る前に飲もうかな」
「ああ、それがいいだろう」
(先生、最近ずっと働き詰めでくたびれてるから、丁度いいかも)
「そろそろ帰って準備しなきゃ。シヴァさん、お母さんが変な事しないよう見張っててね」
「ああ、わかった」
「悔しいけど、さすがに今日は言い返せない」
*****
「本日の議題の戦争遺族の雇用について、ショーン殿から案があるそうだ。早速説明を頼む」
「はい。今からお手元に資料を配ります」
ショーンが話し終えると同時に、レンは素早く資料を配り歩いた。
早速、数枚の資料を手に取った参加者が戸惑ったように顔になる。なぜなら左上に「各種菓子工房」「託児所」等と書かれているだけで、ほとんど白紙だからだ。
「何だ、これは?」
「これの何処が資料なのだ?」
そんな事をヒソヒソと話している参加者達に向け、ショーンはにこやかに話し始めた。
「お手元の資料の右上の空欄に、御自分の名前を記入して下さい。この資料は後で回収致します」
その言葉に、またもや議会はざわつく。
「静粛に! ショーン殿、これは一体何の真似だ? 対策案とその資料を用意していたのではないのかね?」
「ええ。しかし、どんな案でもメリットとデメリットはありますからね。皆さん全員の意見を知りたいのです。左上に書かれている案を実行する為の具体策や問題点をご記入ください。反対意見の方は、その理由と代替え案の記入をお願いします」
ショーンの言葉に参加者達は目を白黒させている。
「このようなやり方は初めてだ」
不服そうな参加者達を見渡し、ショーンはきっぱりと言った。
「効率の良いやり方を実行しているだけですよ。1つの事を議論するやり方が悪いとは言いませんが、意見を言うのは決まった人達で、座っているだけの人も多い。ただ椅子を温めているだけの人は議会には不要です。そうではありませんか?」
そう言うと、議長を務めるクリフォード元首は重々しく頷き、何人かの参加者は顔を赤くした。
「とは言え、やり方が分らない方の為に一つ例をお見せしましょう」
ショーンはびっしりと文字で埋め尽くされた一枚の紙を掲げた。
「こちらはプリン専門店の資料です。プリンというのは菓子工房ドルチェの新商品で、すぐに人気が出るでしょう。有り難い事に、ドルチェは戦争遺族の雇用に全面的に協力して下さるそうです。
ここには雇用人数、人材育成のプラン、事業立ち上げに必要な物資や問題点などが書かれています」
1人の参加者が手を挙げた。
「参考までに内容を伺っても?」
「ええ。まず1店舗につき10人程度を雇用し、店がオープンするまでに菓子職人と販売、経理の人材育成を終わらせるそうです。問題は店と調理器具や材料等、初期の設備投資が必要な事ですね。対策としては、国の助成金で賄えばいいでしょう。これはプリン専門店に限らず、各種菓子工房にも共通して言える事です」
ふむふむ、と参加者達は真面目な顔をして聞いている。
「成る程。しかし相当な金が必要になりそうですな」
「ええ。しかし戦争賠償金を支払うより安くつきますよ。これは戦争遺族を支える為の、ひいては国への投資で、負債ではありません」
確かに、成る程、と参加者達が頷く。
「それに各種菓子工房を立ち上げることで、経済が回ります。例えばプリンは専門の器が必要なので、陶器職人に安定した仕事を与えられますし、他の調理器具は鍛冶屋に頼む事になります。材料の仕入れ先の農場も潤うし、人手が足りなくなれば新たな雇用が生まれる。
具体的な予算については、後から考えればいいですから、思いつく対策や問題点等を書いて下さい。それらをまとめて、また後日話し合いましょう」
ほとんどの参加者は各々記入し始めたが、「いきなり言われても」だの「時間が足りない」など不満を言う者もいた。
「因みに、このプリン専門店の資料は、昨夜ドルチェの統括責任者と話した事をまとめた物です。実際に菓子工房を運営しているとは言え、短時間でこれだけの意見を出してくれたんですよ。
これらの案が気に入らない方は、ぜひご自身の案を記入して下さい。色んな意見があった方が良いですからね」
ショーンの言葉が終わると、クリフォード元首が口を開いた。
「諸君、ドルチェの統括責任者は魔王軍幹部だ。敵であった我が国の戦争遺族の為に、ここまで心を砕いてくれているのだぞ。魔王軍やショーン殿に甘えるばかりでなく、自分達で何とかしようという気概を見せて欲しい。我が国が抱える問題は、まだまだ沢山あるのだから」
参加者達が黙々と資料に書き込みを始めると、ショーンも新しい紙に何かを書き始め、やがて顔を上げた。
「レン、文官の人にこれを50部用意してもらって。終わったら魔法局に行って、宮廷魔法使いに記入してもらってきて」
「はい。わかりました」
そう言ってチラリと内容を見た蓮は首を傾げた。
「…なんか不審に思われそうな質問ばっかり」
「何か聞かれたら、自分の名前を出していいよ。仮説検証に必要なんだ」
「わかりました」
会議室を出て、長い廊下を歩きながら蓮は考えた。
(先生、前みたいにまた倒れなきゃ良いけど。今夜からローズヒップティーを飲ませよう)
*****
案の定、魔法局では怪訝な顔をされた。本人のみならず、家族に関わるプライベートな質問もあるから当たり前だ。
「あの、名前は書かなくていいです。ただこれらの質問はショーン先生の仮説検証に必要らしくて」
「ふむ。賢者殿はギフトに関する研究をなさっているのだろうか?」
「研究内容については知らされてないんです」
「もしそうなら、我々にも研究成果を知らせて欲しいと伝えてくれ」
「わかりました」
宮廷魔法使い達が協力的だったため、蓮は思ったよりも早く会議室に戻る事が出来た。
部屋に入ると、ショーンはグレース元王女と話しており、蓮は少し驚いた。
(そう言えば、グレース元王女様も会議に出席されていたっけ。今は遠慮した方が良いかな?)
資料を抱えて扉の近くで待機していると、すぐにショーンが気付いて手招きした。グレース元王女が微笑んでこちらを見ているので、蓮は緊張しながら近づいた。
「お話中、失礼します。先生、これ頼まれていた資料です」
「ああ、ありがとう」
ショーンはパラパラと資料に目を通すと、ニコッと嬉しそうに笑った。
「うん。思った通りだ」
「私の話はお役に立ちそうですか?」
「ええ、勿論です。とても参考になりました。それとグレース様の考案された香水事業も雇用対策として中々良いと思いますよ」
「本当ですか?」
「ええ。時間はかかるでしょうが、我が国の新しい産業として研究する余地はあると思います。原料になる花を季節ごとに管理すれば、年間、数種類の香水を販売する事が出来ますし」
「でも香水は高級品ですから、需要が少ないのではないかしら?」
「国で消費出来ない分は、輸出すれば良いんです。それに平和になって経済が安定すれば、人々の興味はこういった嗜好品に向きますからね」
「まあ! ちょっとした思いつきだったのに、本当に良い案に思えてきました」
「深く考えず、思いついた事をどんどん言ってください。可能か不可能か、良いか悪いかなんて、後から考えれば良いんですから。ただ…残念ながらグレース様には足りないものがあります」
「…私に足りないものとは何でしょう?」
それまで優雅に微笑んでいたグレースは、真面目な顔でショーンを見上げた。
「これですよ」
ショーンは蓮から受け取った資料を掲げた。
「当事者の意見です。まあ自分も出来ていないので偉そうな事は言えませんが、この会議に参加している中に、戦争遺族と直接言葉を交わした方が何人いらっしゃるでしょう?」
ショーンの指摘にグレース元王女はハッとした顔になった。
「託児所は、レンの母親のミホさんの案です。夫に先立たれ、1人で子供を育ててきたミホさんは、きっとこの中の誰よりも戦争遺族の心に寄り添ってると思います」
その言葉に、蓮もハッとした。
(そうだ。お父さんが死んでから、ずっとお母さんは頑張ってた。仕事と家事の両立で、毎日疲れてただろうな)
あの頃のお母さんを労ってあげたい、と思い、いや、今でもお母さんは頑張ってるな、と思い直す。
(この間凄く喜んでくれたし、たまには料理を作ってあげようかな)
そして食後には、一緒にローズヒップティーを飲もう。




