夢の中の再会2
お父さんの手が伸びてきて、俺の頭をわしわしと撫でてくれた。
その手の温かさと懐かしい感覚に、色々な思いがぶわっと込み上げてきて胸が詰まって、ボロボロと涙が溢れる。
話したい事は沢山あるのに「…お父さん…お父さん」と馬鹿みたいに繰り返す事しか出来ない。
その間、お父さんはずっと優しく頭を撫でてくれた。
ようやく気持ちが落ち着いてきたので、涙を拭ってお父さんをじっくり見た。
当たり前だけど、お父さんは4年前の姿だ。予想外だったのは、胸ポケットに会社名が刺繍してある作業着を着ている事。普段はスーツで通勤してたから、作業着姿は見た事がない。
だけど優しい微笑みは、俺の記憶のままで。
思わず俺は手を伸ばして小さい子供のようにお父さんにしがみつき、そのがっしりした肩に顔を埋めて、ずっと我慢していた気持ちを吐き出した。
「会いたかった! すごく会いたかった! お父さんがいなくなって、ずっと悲しくて寂しかった」
「ゴメンな、辛い時に側にいてやれなくて」
「…本当だよ。何で勝手に死ぬんだよ。お父さんの馬鹿!」
「お母さんにも同じ事言われた。酷いなぁ、お父さんだって、死にたくて死んだ訳じゃないのに…」
「え? いつ?」
予想外の言葉に、俺は顔を上げてお父さんを見た。
お母さんもお父さんの夢を見たんだろうか?
「えっと………お母さんが蓮と…再会した時」
お父さんの気まずそうな表情で、お母さんを刺した時だとわかり、俺は俯いた。
「ごめんなさい。お母さんを守るって約束したのに、俺……」
「あれは事故だった。わざと傷付けた訳じゃないって分ってる。お父さんもお母さんも、怒ってないよ」
その言葉に、俺は違和感を感じて顔を上げた。
「お父さん、俺とお母さんが異世界で生き別れになった事、知ってるの?」
「うん。蓮が勇者になった事も、お母さんが魔王軍幹部になって再婚した事も知ってる。本当に大変だったな。二人ともよく頑張ったと思うよ」
「…お父さんは天国から俺達を見守ってくれてたんだね」
お父さんは死んで尚、俺とお母さんを心配してくれてたんだ。
そう思ってジーンと感動していたのに、お父さんはバツが悪そうに頬を掻いた。
「いや、そうしたいのは山々だったんだけど、実際に見守り始めたのは最近なんだよね」
「え?」
「ほら、お父さん、出張先の外国で死んだじゃん。生き埋めになって遺体もそのままだし、日本に帰れなかったんだよ」
「…天国に行けなかったの?」
「それがさぁ、あの事故、現地スタッフが予定外の土地を削った事が原因なんだけど、どうも土地の神様を怒らせたらしい。神様の使いの蛇が足に巻きついて身動き出来なかったんだよ。成仏出来ずにあの場所に囚われて。女神様が助けてくれなきゃ、お父さん地縛霊になってたかもなぁ」
「女神様がお父さんを助けてくれたの?」
「うん。死んでからずっと空を見上げながら、家族に会いたい、せめて側で見守りたいって願ってた。何年経ったか分からなくなった頃、女神様が迎えに来て、こっちに連れてきてくれたんだ」
「……」
勇者として異世界に召喚された俺が言うのもなんだけど、お父さんの死後の話は荒唐無稽でにわかには信じ難い。だって女神様が助けてくれたなんて、あまりにも都合が良過ぎる。
…まあでも、これ夢だしな。
「あ、これ温泉旅行に行った時か。こうして見ると、やっぱりいい写真だな」
俺を真ん中に家族3人で写った写真を見て、お父さんが目を細める。全員ニコニコと笑っている幸せな家族写真だ。
「…この頃に戻りたいね。時間が止まればいいのに」
「そうか? お父さんはこの続きが見たかった。大人になった蓮と酒を飲みたかったし、孫の顔も見たかったな〜。まあ、それはお母さんに託すよ」
お父さんは家族写真を懐かしそうに見ながら、そう言った。
「お母さんが勝手に再婚してて、俺すっごく嫌だったんだけど。お父さんは怒ってないの?」
「俺の嫁だぞ!? 滅茶苦茶凹んだわ!!」
「やっぱり嫌だよね?」
「正直、面白くないよ。でも状況を考えたら、仕方ないかなって思う。お母さんの気持ちも分かるんだ。もしお父さんが同じ状況に陥った時、超絶美人が献身的に支えてくれたら、多分好きになると思う。…て、そんな目で見るなよ。もしもの話じゃん」
「俺の知ってるお父さんは浮気する何て言わない。最低」
「ええ!? 伴侶が死んだ後でも浮気判定されるの!? 厳しいなぁ」
俺にじとっと睨まれて、お父さんは眉を下げて情けない顔になった。
「大人だって、たった独りで右も左も分からない世界に放り出されたら、不安で泣きたくなるよ。そんな時に側で支えてくれる人がいたら頼ってしまうだろう。人は一人では生きられないからね。
お母さんが他の誰かを好きになったのは淋しいけど、お父さんの事も心の片隅で想ってくれてるって知ってるから…。だからもう、いいんだ」
そう言って、お父さんは吹っ切れたように笑った。
「何だよ、お父さんがあっさり許したら、俺の心が狭いみたいじゃん」
「うん、子供の立場だったら複雑だよな。でもこれ、蓮が願った事だぞ?」
「え?」
「女神様は契約する時、願い事を叶えてくれる。蓮は一人で残されるお母さんを心配して、再婚して幸せになるように願ったんだ。こっちの世界に来て勇者の加護を貰った時に、忘れたみたいだけど」
がんっと頭を殴られるようなショックを受けた。
「そんな…。でもじゃあ何でお母さんは、こっちの世界に来たんだろう?」
「馬鹿だなぁ、お母さんが幸せになるには、蓮が必要だからに決まってるじゃないか」
そう言ってまた頭を撫でられたから、ちょっと涙が滲んできた。
また泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、俺は慌てて話題を変えた。
「どうしてそんなに俺達の事情に詳しいの?」
「ああ、こっちに連れてこられる時、女神様から一気に情報を詰め込まれたから…。二人を助けるためとはいえ、情報量多くて参ったよ」
「俺達を助けるため?」
「うん。女神様って未来が見えるらしいんだよね。あの時、あのままお母さんが死んだら、蓮は闇落ちして世界を滅ぼす事になってたって」
その言葉にゾッとする。だって多分その通りだと、自分で分るから。
「女神様はこの世界が滅ばないよう、お父さんに契約を持ちかけてきたんだ」
「契約?」
「うん。願いを叶えてやるから協力しろって。家族と世界を救えって。悪いな、蓮。真の勇者はお父さんだったかもしれない」
お父さんが冗談めかして不敵に笑う。勇者らしい活躍をしていない俺は、面白くなくて口を尖らせた。
「お父さんの願いって、囚われた場所から解放されて俺達に会う事?」
「まあ、それもあるけど…」
そう言うと、お父さんは沢山の思い出で溢れるスライドショーに目を向けた。
「…お母さんと出会って、蓮が産まれて。いい家族を持って幸せだったよ」
「うん。俺もお父さんとお母さんの子供で良かった」
「来世でも二人と家族になりたい。それがお父さんの願いだ」
「お父さん…俺も…」
同じ気持ちだと言いかけて、俺は口を噤む。
あの時お母さんが助かったのは、お腹の子供のお陰だったよな?
「…え? まさか、来世って…?」
「うん、そのまさか。お父さん、蓮の妹に生まれ変わる事になった」
「嘘だろぉぉぉっ!?」
あまりの事に俺は頭を抱え、仰け反って叫んだ。
「お父さんに会いたいっていう蓮の願いと、娘が欲しかったっていうお母さんの願いと、来世でも二人と家族になりたいっていうお父さんの願いを、女神様は一辺に叶えてくれたんだよ」
「いや、大雑把すぎるだろっ!!」
「だよなぁ。気持ちは分かるよ。お父さんだって蓮に負けず劣らず複雑な心境だからな。確かに家族だけど、そういう意味じゃないんだよって、滅茶苦茶思ったからね。…蓮、もし女神様とお話しする機会があったらさ、願い事は混ぜるな危険って進言しといて」
確かに、塩素系と酸性の洗剤を混ぜた時の化学反応並みに危険だ。
お父さんが生まれ変わって妹になるなんて…情緒が死にそう。
「二人が助かるならと契約したけど、マジで大変だった。こっちに来てすぐ、まだ人の形にもなってない胎児の中に入れられてさ。生まれ変わった途端、命の危機だよ!? もう必死で魔力使って、あの世に行きかけたお母さんの魂をこっちに連れ戻した。働きすぎて、お父さんの魂は絶対にすり切れてると思う」
「……」
あまりの事に俺はしばらく口がきけなくなり、放心状態でお父さんの話を聞いた。
「死霊使いのシヴァの魔力を受け継いでたから出来たんだろうな。でも3歳位の姿になるのがやっとで、上手く話せないから苦労したよ。お母さん記憶なかったみたいだし。どうもあの世に近づくと記憶がリセットされるらしくてさ」
「…そう」
「連れ戻す途中で記憶が戻ったけど。お母さんが一番最初に思い出したのは、蓮、お前の事だ」
「えっ!?」
「例え死のうが、再婚しようが、お父さんとお母さんにとって蓮が一番の宝物だってことは変わりないからな」
「……うん」
お父さんから話を聞いて、俺は自己嫌悪に陥っていた。
お母さんが再婚したと知った時、裏切られた気分になったけど、先に手を離したのは俺だったなんて。
俯く俺の頭を再びお父さんの手が撫でた。
「そう落ち込むな。蓮は勇者になる時、自分の幸せよりお母さんの幸せを願ったんだ。それを聞いた時、いい子に育ってくれたなぁって、お父さん嬉しかったぞ」
「…でも、お母さんを守るって約束したのに」
「ああ。その約束がお前を縛っちゃったんだな。お前を苦しめるつもりはなかったんだが…ごめんな」
「謝らないで。お父さんは何も悪くないよ」
俺がそう言うと、お父さんは目を細めた。
「蓮の名前の由来は、蓮の花だって話したっけ?」
「うん…? 実際に見た事はないけど、花の名前からとったって聞いた事はある」
「あ〜、そっか。花の咲く時期に連れて行くつもりだったけど、いつも出張でダメになったんだった」
お父さんは頭に手をやって考え込んでいたけど、しばらくしてニヤッと笑った。
「まあでも夢だし、こういう事も出来る」
次の瞬間、大きな植物の群生が目の前に広がった。
大きな葉っぱに混じり、白やピンクの美しい大輪の花があちこちに咲いている。その美しさと生命力の強さに思わず圧巻される。
「凄い!」
「この湖は、お父さんとお母さんのお気に入りの場所なんだ。生きているうちに蓮にも見せたかったな」
「この花が、俺の名前の由来なの?」
「そうだ。蓮は泥より出て泥に染まらず、って言葉がある。どんなに辛い環境だったとしても、決してその環境に染まらず、清く正しく生きるって意味だ。蓮がそんな風に育ってくれて嬉しいよ」
「…買い被り過ぎだよ」
「そんな事ない。お前はこれまでずっと辛い思いをしたのに優しさを失わなかった。
ハスは泥の中で真っ直ぐに伸び、美しい大輪の花を咲かせる。泥(困難や悲しみ)があればこそ、そこから立ち上がったあとには清らかな大輪の花(人生)があるんだ」
お父さんがそう言って手を広げる。その向こうで、さわさわとハスの花と葉っぱが揺れるのが透けて見えた。
「お父さん、身体が透けてる…!」
「ああ、時間切れか。魔力が足りなくなったみたいだ。生まれ変わったら記憶がなくなるから、最後に会えて良かったよ」
「え? お父さんの記憶、なくなっちゃうの?」
「新しい人生を歩む為に、一度リセットされるんだ。蓮だって前世の記憶なんてないだろう?」
それはそうか。それにお父さんの場合、記憶を保ったまま生まれ変わる方が精神的にキツいかも。
「お父さんの事は、たまに思い出してくれればいい。新しい家族と仲良くなる事に、後ろめたい気持ちを持たなくてもいいんだよ。お前の人生は、これからもずっと続く。幸せになりなさい」




