夢の中の再会
翌日の朝食後、お母さんが席を立った隙にシヴァに小声で話しかけた。
「あのさ、お父さんの夢を見せてもらうの、今夜でもいい? 先生の了承はとってあるから」
「ああ、構わないが…」
シヴァは怪訝そうに俺を見た。
「…もしかしてミホに知られたくないのか?」
「うん。出来れば内緒にして欲しい」
「何故だ? 別に悪い事をする訳ではないだろう?」
「そうだけど、どんな夢を見たか、根掘り葉掘り聞かれるのが嫌なんだよ」
「わかった。なら適当に理由をつけて、夜そちらに行くとしよう」
「ありがとう」
シヴァが快く頷いてくれたので、俺は昼の間中ずっとワクワクして過ごした。
(でも、シヴァさんって嘘が苦手そう。どんな理由をつけてくるんだろう?)
***
夕飯の席で、先生が戦争遺族の雇用の問題点について話をした。
「農場への仕事の斡旋は、雇用先が見つかれば特に問題はないでしょう。
ドルチェ監修のお菓子専門店は、工房にかかる資金と人材教育など諸々の準備が必要です。
これは他の新規事業にも当てはまる事ですし、収益の見込みがありますから投資する貴族もいるでしょう。
これまで男性のみだった専門職への女性雇用については、ギルドを通して周知する予定です。
問題は託児所ですね。とてもいい案ですが、運営資金をどう賄うかが問題です」
それを聞いて、お母さんは少し凹んだみたいだ。
「そうよね。思いつくまま言ったけど、所詮、素人考えだったわね」
「いえ、とんでもない。これだけ具体案を出していただいただけでも助かりました。何せ前回の議会では碌な案も出なかったんですから。その場しのぎの金をばらまくばかりでなく、遺族達が自立して生活出来るようにする事が重要なんです。事業資金の捻出は国の仕事ですよ」
先生の言葉に、衆議院予算委員会の国会中継をふと思い出した。
あんまり興味なかったから真剣に見た事はなかったけれど、よくよく考えればリアルタイムで国民に情報が公開されているのは凄い事だと思う。こっちの世界じゃ、まずあり得ない。
選挙カーはうるさいし、度々ニュースで汚職事件が報じられるから、政治家にあんまり良いイメージは持ってなかった。
でも今の先生みたいに国民の事を考えて仕事をしてくれる人達のお陰で、自分達の生活は守られていたんだなって思う。
勿論、中には悪代官みたいな人もいるんだろうけど。
(人を守る方法は、戦うばかりじゃないんだな)
感心しながら聞いていると、シヴァが先生に質問した。
「今の話は国に報告してあるのか?」
「いえ、まだです。昨夜から今日にかけて、新規事業案と各案件の問題点についてまとめたので、明日提出する予定です」
「成る程。1つくらい具体的な対策案があった方が良さそうだな。菓子専門店の人材教育については、うちが請け負う事になるんだから、少し話を詰めようか」
「それは助かります」
先生は嬉しそうに頷いた。
「ミホ、ショーンの家で少し話し合ってくる。遅くなるかもしれないから、先に休んでてくれ」
「分かったわ。頑張ってね」
こうして約束通りシヴァが家にやってきた。
「ショーンと話をするから、寝る時に声をかけてくれ」
「うん」
家に来る為の方便かと思いきや、シヴァはちゃんと先生と仕事の話をするつもりらしい。
先生がいそいそと資料をテーブルに広げ、シヴァはそれに目を通しはじめた。
(今のうちにお風呂に入ってこよう)
風呂から上がっても二人の話し合いは続いていたので、お茶を用意する事にした。
「お茶淹れたから、ちょっと休憩したら?」
「ああ、ありがとう」
「いただこう」
ふと見ると先生の手元の紙は、文字で埋まっていた。
「充実した話し合いみたいだね」
「そうなんだよ。シヴァさん、ご協力ありがとうございます」
「ああ」
先生は嬉しそうにキラキラ目を輝かせている。
「シヴァさんは理解が早くて、ついつい話が弾んじゃったよ」
「資料が分かりやすくまとまっていたお陰だ。なかなか興味深かった」
シヴァはそう言ってお茶を飲むと、俺の方を向いた。
「術をかけるか?」
「はい。お願いします」
「わかった」
シヴァが立ち上がると、先生もそれに倣った。
「興味があるので、見ててもいいですか?」
「私は構わないが、レンはどうだ?」
「寝顔見られるのはちょっと恥ずかしいけど、別にいいよ」
部屋に入りベッドに横になる前、シヴァが白い小さな実を一粒差し出した。
「これは?」
「眠り薬だ。術をかけると頭を掻き回されるような不快感を伴う。対象を思い浮かべる事で半減するが、体の不調は心にも影響を及ぼすからな。なるべく苦しまず、すぐ眠った方がいいだろう。噛まずに飲み込みなさい」
成る程、と俺は納得して実を受け取り、ゴクリと飲み込んだ。
「すぐに眠くなるだろう。ベッドに横になったら目を閉じて、父親の事を思い浮かべなさい」
シヴァの言う通りにベッドに横になって目を瞑り、お父さんの事を思い浮かべる。
幼稚園の時に遊園地で肩車してくれた事、一緒にゲームで遊んだ事、旅行に行った時の事。
お父さんの優しい笑顔を思い出していたら、だんだん眠くなってきた。
「触れるぞ。そのまま父親の事を思うんだ」
シヴァの声がして額の上辺りに手が置かれる感覚がした途端、グワンッと激しく揺さぶられるような強い衝撃が襲いかかってきた。
(お父さん、助けて!)
思わず記憶の中のお父さんに助けを求めて、俺は意識を手放した。
***
気がついたら、俺は映画館に一人で座っていた。
目の前の大きなスクリーンに、片手で赤ん坊の俺を抱くお父さんが満面の笑みで笑っている。アルバムの最初に貼ってある、懐かしい写真だ。やがて画面は、2歳の俺をプールで遊ばせている写真に切り替わった。
「いや、これスライドショーじゃん!! 確かにお父さんの写真が欲しいって言ったけど、俺が夢に求めてたのはこういうんじゃなくて…」
てっきりお父さんと会って話せると思ってたのに、がっかりだ。
シヴァは夢の内容は操れないって言ってたから、仕方ないけどさ。
かなり期待はずれだったけれど、目の前の写真は懐かしかった。
(これをそのまま現実世界に持って帰れたらな〜)
そんな事を思っていると動物園の写真に切り替わった。ぼーっと見ていたら、写真が動きだしたのでビックリした。
「お父さん、見て! キリンさん!」
「本当だ。大きいねぇ」
「ベロ長〜い」
「えっ! そこ!? 首じゃなくて!?」
お父さんはそう言って爆笑している。
(この時、ビデオは撮ってなかったよな?)
小さかったからよく覚えていないけど、この夢は俺の記憶が元になっているから、実際にあった事かも。
何にせよ、久しぶりにお父さんの声が聞けて嬉しい。
(昔の記憶でもいいから、名前を呼んで欲しいな)
そう思った時。
「懐かしいな。この時の蓮、めっちゃ面白かったなぁ」
すぐ近くで声がして。
声がした右側を向いたら、お父さんが懐かしそうに目を細めてスクリーンを見ている。
何の気配もなく突然現れたので、俺はビックリしてしばらく固まってしまった。
「…お父さん?」
ようやく出た声は、掠れてて小さかったけど。
お父さんはこっちを向いてニコッと笑い、俺がずっと欲しかった言葉をくれた。
「蓮、大きくなったな」




