ステップファーザー3
シヴァは真剣に俺と向き合おうとしてくれている。だったら俺も、それに応えるべきだろう。
「…正直な気持ちを言っていいですか?」
「勿論だ。何を言っても構わない。聞かせてくれ」
(この際だから、全部ぶちまけてしまえ!)
俺はスーッと息を吸い込むと、一気に胸の内を吐き出した。
「再婚した事は別にいいんだ。でも順番が違うよね? 過ぎた事だから言っても仕様がないって我ながら思うけど、俺が引っかかってるのは結局そこなんだ。物理的に離れていたから仕方ないけどさ、一言の相談もなかったのは、蔑ろにされた感じがする。ガロンだってそう感じたんじゃないかな?」
そう言うとシヴァは神妙に頷いた。
「ああ、レンの言う通りだ。それについては完全に私の落ち度だ。子供達の気持ちを確認もせずに勝手な事をして、寂しい思いをさせてしまったな。本当にすまない」
寂しい思い、という言葉が胸にストンと落ちてきた。
(お母さんに、俺やお父さんより大事な人がいるって知った時、心に穴が開いたような感じだったけど…。そうか、俺、寂しかったのか…)
「お父さんはもう死んじゃってるから、厳密に浮気とは言えないけどさ。
元の世界で周りから再婚を勧められた時は断ってたくせに、超絶イケメンにはコロッと靡くなんて、正直見損なった。子供の目から見ても夫婦仲は良かったから尚更。
俺の苦労も知らないで二人でイチャついてたと思うと、すげームカつくし、想像するのも嫌だ。気持ち悪い」
「……」
シヴァは否定する事なく、ただ黙って頷いて続きを促した。
だからだろうか、今まで誰にも言えずにいた本音が、次から次に溢れてくる。
「ガロンとシヴァさんには本当に感謝してるよ。普通だったら、お母さんは人質として囚われて、酷い目にあってたと思う。…拷問とか色々酷い事されて、心身ともボロボロになってたかもしれない。そんな事にならなくて、本当に良かったと思ってる」
こうして生きて会えるなんて、思いもしなかった。
「でも…、一日の終わりに俺が形見のバレッタに語りかけてた時、お母さんは家族団欒で過ごしてたと思うと、すっげぇムカつく。俺は悲壮な覚悟で勇者の修行をしてたのに、お母さんは充実した毎日を送ってたなんてさ。特殊能力もないくせに魔王軍の幹部になるなんて、普通じゃ考えられないよ。
…俺がいなくても全然平気なんだって、思い知らされた」
「…レン」
それまで黙って聞いていたシヴァから、気遣わしげな表情で名前を呼ばれ、俺はハッとした。
「誤解しないで、悲観してる訳じゃないから。施設にいる孤児達みたいに肩身の狭い思いをしたこともないし、先生みたいに家族に疎まれて捨てられた訳じゃない。
何だかんだ言っても、お母さんに愛されてる自覚はある。俺は恵まれてると思うよ。
だけど幸せそうに笑ってるお母さんを見て、嬉しいと思う反面、時々どうしようもなくイラっとするんだ」
どうしてそんな気持ちになるのか、上手く説明出来ないけど。
「お母さん達が俺を蔑ろにしてる訳じゃなく、むしろ家族の輪に入るのを望んでいるのは分かってる。俺が拗ねて勝手に距離を置いてるだけ。
だって俺はまだお母さんみたいに割り切れない。もしも俺が喜んで一緒に暮らすと思ってたんなら、楽観的過ぎるよ。今だってメチャクチャ気を使ってるのに。
シヴァさんが言った通り、俺は自分に関係ないって思う事で、心に折り合いを付けてるんだよ。
…お母さんなんて、勝手に幸せになればいいんだ」
そこまで言って、俺は口を噤んだ。
我ながら支離滅裂だとは思う。
でもこんな愛憎入り交じった感情を持ったのは初めてで、どうしていいか分からない。
お母さんが幸せそうに笑うのを見てストレスを感じるなんて、自分でも嫌になる。
「心の内を聞かせてくれてありがとう。レンの気持ちはよく分かった。これまでよく気持ちを抑えてこれたな。黙ったまま一人で抱えているのは苦しかったろう」
シヴァが静かに話し始めた。
「ガロンと同じ年だから、まだまだ子供だと思っていたが、君は私が思っているよりも、ずっと大人のようだ。
そんな風に達観できるのはショーンの影響もあるだろうが、色々と辛い思いをしたからだろう。
もっと激しい言葉で詰られると思ったんだが、君は本当に優しいな。両親から愛情を受けて育った証拠だろう」
そう言って俺を見るシヴァの目は、凄く優しい。
「何の慰めにもならないが、これだけは言わせてくれ。ミホが一番大事に思っているのは君だ。
結婚するまで、ミホは私に恋愛感情を持ってはいなかった。今でも恋愛感情より、親愛が勝っているだろうな」
「は?」
シヴァが変なことを言うので、間抜けな声が出た。
「二人とも凄く仲いいじゃん」
「伴侶としてお互いを尊重しているが、燃え上がるような恋をしてる訳じゃない」
「…結婚って、恋愛の延長線上だと思うんだけど」
「普通はそうだろうな。ただ私達の場合は何と言うか、それぞれお互いの子供が一番大事なんだ」
(…? 意味が分からない)
「…じゃあ、何でお母さんと結婚しようと思ったんですか」
「ミホと暮らしてからガロンが楽しそうでな。やはり母親が恋しかったんだろう。ガロンを可愛がってくれるミホを見ているうちに家族としての情が湧いたというか…。
君を取り戻した後も家族として一緒に暮らせればいいと、いつしか、そう思うようになった」
(シヴァさんは、結婚する前から俺を受け入れてくれるつもりだったのか)
驚きとともに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
そうだ、この人はお母さんが俺の…敵である勇者の母と分かってて、保護してくれたんだった。
(シヴァさんって、中身もイケメンだなぁ)
「それにガロンも私もミホにガッツリ胃袋を掴まれて、以前の生活に戻れなくなったからな。ミホは我が家の食生活に革命を起こした」
(どっちかというと、それが理由なんじゃ…)
拳を握って力説するシヴァの姿を見て、先程の感動が少し冷めた。
そう言えば、お母さんはシヴァの事を『食い意地のはった残念なイケメン』だと言っていたっけ。納得。
「私は交友関係が狭い分、身内を大事にする性質だ。無理強いするつもりはなかった。初めは少しずつ距離を縮めて、ミホの気持ちが私に傾くのを待つつもりだった」
嘘を言っているようには見えない。
ガロンを養子にしたり、お母さんを守ってくれたり。一見クールな印象だが、実は面倒見がいい。
子持ちの未亡人よりも、よっぽど条件のいい相手がいくらでもいただろうに。
「じゃあ、結婚を急ぐ必要なかったんじゃないの?」
「何事もなければな。だがある事件がきっかけで意識が変わった」
「事件?」
シヴァは小さく頷くと、真面目な顔で話を続けた。
「ある日ミホが、外出先で攫われて大怪我を負った。薬が効かなくて、やむなく治療魔法を使ったんだ。ガロンみたいに副作用で容姿が変わった時は、責任を取って一生面倒を見てやろうと覚悟の上でね」
副作用が出なくて本当に良かった。再会した時、お母さんが巨大化してたら絶対に引いたと思う。
「無事に回復した事に喜んだのも束の間、行方不明の子供達の情報と引き換えに、ミホを犯人に引き渡すように魔王様から命令された。当時はガロンの非常食という建前でミホを保護していたから、命令に背く事は出来なくて…。あの時、自分の無力さと同時に、ミホの存在がいかに大きいか自覚したよ」
魔王様に見せてもらった過去で、その事件については知っている。
でもその影でシヴァが苦悩していた事は知らなかった。
「ミホはそんな絶体絶命の危機を、己の機転で切り抜けた。それだけでも驚きなのに、攫われた子供を取り返す為に策を練り、期待以上の結果を出して認められ、幹部にまで登り詰めた。レン、君の母親は尊敬に値する女性だ」
そんな風に言われたら、悪い気はしない。
「だがその一方で、すごく危なっかしい。ミホは他人を思いやる一方で、自分自身を軽んじている節がある。君に会う前に死んでしまいそうで、放って置く事はできなかった」
「確かに、お母さんは危なっかしいよね」
ガロンを庇って飛び出したくらい、子供を守る為に我が身を犠牲にするのを厭わない。
今だってそうだ。お腹の子の為に、自分の寿命を削っている。
「私は同じ親として、心からミホを応援してたんだ。君と再会出来るよう力を貸すつもりでいた。我が家が二人の帰る場所になればいいと。残念ながら、君にとって許し難い結果になってしまったが…」
「うん。そんな風に思ってくれてありがとう」
シヴァはいつも親切だったけど、それは父親として認めてもらおうとしてるんだと思ってた。
だけど会う前から、こんなに気にかけてくれていたなんて。
(お母さんが好きになるのも仕方ないよな)
たった独りで放り出された見知らぬ世界で、こんな頼りになるイケメンから優しくされたら、誰だって落ちるだろう。
お母さんは昼ドラの様な不倫をして、俺やお父さんを裏切った訳じゃない。
必死に生き延びようとする中で、いい出会いに恵まれただけなんだ。
分かっているけど、それでも…物悲しい寂しさとほろ苦い思いが心の底で揺蕩っていた。




