ステップファーザー2
事務所のソファに向かい合って座ると、シヴァは小さくため息をついてから話し始めた。
「ミホの状態が心配だろうから、事実だけを端的に話そう。まずあの果実についてだが、すぐに死に至るような毒性は無い。しかし高濃度の魔素を含んでいる」
「魔素って魔力の素になるんですよね?」
「その通り。魔力は我々の核だ。ミホには魔力がないから、胎の子が育つには魔素を摂取する必要がある」
「成る程」
「しかしミホの体に負担がかかる」
「ええっ!?」
「少しずつ体調を崩すだろう。実を食べ続けるのは、寿命を縮める行為だ」
(塩分や脂肪の摂り過ぎで、高血圧や糖尿病になるようなものかな?)
そういう深刻な病気は、この世界で治せるんだろうか?
「お母さんは、この事を?」
「もちろん知っている。知った上で、胎の子の為に実を食べる事を選んだ。私も止めたのだが、本人の意志が固くてな」
「そんな…」
「魔王様や他の幹部にも相談したが、残念ながら人間が魔物の子を産んだ事はない。とりあえずミホの意思を尊重して、1日1個の実を食べて様子を見る事にした」
「・・・」
言葉を失っていると、シヴァは目を伏せた。
「すまない。私がミホを娶ったばかりに、君を悲しませてばかりいるな」
「いえ、そんな事は…」
「気を使わなくていい。ミホはともかく、レンの中にはまだわだかまりがあるだろう? 前のような親子関係に戻れない原因を作ったのは私だ。恨まれても文句は言えん」
「いや、あの…。恨んでないです。そりゃあ、事情を知らない時は裏切られたと思ってショックだったけど、今はそうじゃないと理解してます」
そう言うと、シヴァは顔を上げて俺の目をジッと見つめた。
「理解するのと許すのは別だ。君は私達の事を許してはいないだろう?」
「俺、本当に怒ってないですよ」
「ああ、むしろ怒らないから心配なんだよ。君は私達に遠慮しているだろう。まるで…」
シヴァは一旦言葉を切って、少し悲しい顔をした。
「一緒に暮らし始めた頃のガロンのようだ」
あまりにも意外な事を言われて、ポカンとしてしまった。
「その頃のガロンって、どんな感じだったんですか?」
「聞き分けのいい子だったよ。両親から引き離されて不安で寂しかっただろうに、泣き言一ついわず、私の言う事に頷いてばかりいた。悲しみも怒りも、あの子は全部我慢していた。今の君みたいに」
シヴァがガロンを養子にした経緯は、お母さんからざっくりと聞いて知っていたけれど、こうして本人に聞くのは初めてだ。子供の頃のガロンを想像して、ちょっと切なくなる。
でも…。
「俺、我慢しているように見えますか?」
「ああ。自覚が無いのか?」
うーん、と唸りながら俺は首を傾げた。
「むしろ我が儘を通してもらってるでしょう。先生の家で暮らすにあたって、快適な住居や朝晩の食事も提供してもらってるし、皆、俺に気を使って優しくしてくれる。現状に不満なんてないです」
以前の方が、色々我慢していた事が多かった。そう言うと、シヴァが悲しげに俺を見た。
「だとしたら、諦めか…。厄介だな」
「諦め?」
「君はミホが再婚して新しい家族を作った事は、仕方ない事と受け入れている」
「はい」
「でも君にとっては? 君は私を父親とは認めていないだろう?」
「そ、れは…」
目を泳がせる俺を見て、シヴァは安心させるように少し笑った。
「すぐにそう思えないのは分かる。君は私達の存在どころか、ミホが生きている事すら知らなかったんだ。仇と思っていた魔物を新しい家族だと紹介されても、戸惑うばかりだろう」
俺はその言葉に黙って頷く。
「シヴァはお母さんのパートナーで、俺の父親じゃない。俺の父親は亡くなったお父さんだけだ。…そんな風に思ってるんじゃないか? そうやって線を引いて自分とは関係ないと思い込む事で、冷静さを保ってるように見える」
「……っ!!」
図星だった。何か言わなきゃと思うのに、言葉が出てこない。
「責めてる訳じゃない。ガロンですら時間がかかったんだ。人間の君が我々を受け入れられなくても仕方がない」
「…種族は関係ないです。誰が相手でも同じです。…俺のお父さんは一人だけだから」
「ああ、そうだな」
そう言ってシヴァは天井を仰ぎ、俺は俯いた。
「ガロンを引き取った時、私の事をじいちゃんと呼ばせたのは、あの子の両親が健在だからだ。例え離れていても、あの子の本当の父親は一人だけだからね」
顔を上げると、シヴァは天井を見つめたまま言葉を続けた。
「ガロンの両親も愛情がなかった訳じゃない。あの子を助けた時は泣いて感謝されたよ。
しかし成長の早いガロンは力が強すぎて、一緒に遊んでいる子は怪我をする。連れて歩けば、別の種族と浮気して出来た子じゃないかと陰口を言われる。まだ若かった母親は心を病んだ。
『愛しいはずの我が子が時々憎くてたまらない、そんな自分が嫌いだ』そう言って泣く妻を、どう慰めていいか分からないと、ガロンの父親から相談された」
シヴァは目を瞑って小さくため息をついた。
「ガロンがあんな風になったのは私のせいだ。命を救った事を後悔はしていないが、図らずして一つの家族を不幸にしてしまった。私は責任をとってガロンを養子にした」
*****
私はガロンの父親に案内してもらい、あの子に会いに行った。
村の子達が遊んでいる広場から少し離れた場所で、一人で綺麗な石を探して遊んでいたよ。
『ガロン、私を覚えているか』
『はい。シヴァ様。お久しぶりです』
『大きくなったな。お前はこれからもっと大きく強くなる』
『……』
そう言うとガロンは黙って俯いた。
『大きい事も強い事も、他人と違う事だって、悪い事じゃない』
『でも…俺が変だから、お母さんが悲しんでる』
『うん。世の中には他と違う事を受け入れられず、攻撃する者もいる』
『どうして? 他と違うのは悪い事だから?』
『いいや。怖いからだ。そんな弱い者同士が集まって、自分達と違う者を排除することで安心している』
『…俺がいると、皆は安心出来ないんだ』
『そうだな。だがもっともっと、皆を守れるくらい強くなれば、尊敬されるぞ』
『…本当?』
『ああ、私が何よりの証拠だ。ガロン、強くなりたいか?』
『うん。お母さんを守りたい』
『…そうか。ならば私と一緒に暮らそう。私の息子として育て、必ず強くしてやる』
『お母さん達も一緒?』
ガロンがキョトンとして父親を仰ぎ見た。
『いいや。私達は一緒には行けない。村を出てシヴァ様と暮らすのは、お前だけだ』
『え…』
『ガロン、嫌なら断っても構わない。このまま両親と村で暮らすか、強くなる為に私の息子となるか、お前が自分で決めなさい』
ガロンは私と父親の顔を交互に見て、しばらく悩んだ。
『俺…シヴァ様と暮らす』
『本当にいいのか? 無理しなくてもいいんだぞ』
『うん。俺のせいでお母さんに泣いて欲しくないから』
『…そうか。お前は優しい子だな』
こうしてガロンは私の養子になった。
*****
「初めはお互い大変だったよ。なにせ当時の私は親になる気も、誰かと家庭を築くつもりもなかった独身主義者だ。本音を言えば、子供の世話どころか他人と同居するのも苦痛だった。私は静かな環境が好きで、他人が出す生活音を煩わしいと感じていたからね」
「ええっ!! マジで!?」
ガロンの事を溺愛しているシヴァの言葉とは思えない。
「ああ。ガロンはガロンで不安も不満もあっただろうな。悪気なく色々とやらかしてくれたよ。触るなと言った物を触って壊したり、行くなといった危険な場所に行って危ない目にあったり。全然思う通りに行かない。
どうして言葉が通じないんだ? 馬鹿なのか? と思った時は一度や二度じゃない。
村から出た事のないガロンにとって、全てが珍しくて好奇心旺盛だったからだと、今なら分かるがね」
シヴァは懐かしそうに苦笑した。
「まあ、色々あったがガロンは素直でいい子だったよ」
*****
「ガロン、あそこに行ってはダメだと言ったろう? 私が間に合ったから良かったものの、もう少しで毒蛇に噛まれる所だったぞ」
「ごめんなさい」
「どうして言いつけを守らなかったんだ?」
「綺麗な花が咲いてたから、じいちゃんにあげようと思って」
「…そうか。ありがとう。ちゃんと理由を言わなかった私が悪かったな。私が何かをダメだと禁止するのは、ガロンに危ない目にあって欲しくないからだ。お前が怪我をしたら、私は悲しい」
「俺が怪我したら、じいちゃんが悲しいの?」
「ああ。私だけじゃなく、お前の両親も悲しむ。二人ともガロンに元気でいて欲しいと願ってるはずだ」
「…じいちゃんも?」
「ああ、勿論だ」
*****
「ガロンが嬉しそうに笑ったのを見たのは、あの時が初めてだったな」
シヴァはしみじみと言った。
「毎日一緒に食事をして、色々な事を教えて…。ガロンを通してみる世界は新鮮だったよ。分かっていたつもりでも知らない事は沢山あった。あの子と暮らすようになって、私も少しずつ変わったと思う。
ガロンの成長を見るのが楽しみになったし、あれだけ煩わしいと思っていた音も気にならなくなっていた。
あの子と一緒に暮らすまで、他人を大事にする事で満たされる事があるなんて、私は知らなかったよ」
シヴァがいかにガロンを大事に思っているか、その柔らかい表情を見れば分かる。
「私がガロンを大事に思っている事は、本人も自覚しているし、ガロンも私を大事に思ってくれている。あの子は私の自慢の息子だ。だが一つだけ残念な事がある」
シヴァはそう言って言葉を切ると、俺を真っ直ぐに見た。
「ガロンは実の両親から愛される事を諦めている」
「…どうして?」
話を聞く限り、ガロンは母親の事を気にかけていた。
「別れの時、両親は出立ギリギリまでガロンを抱きしめて言葉をかけていたが、私達が村を出るとホッとした表情をした」
「え、ひどい。厄介払い出来たって事?」
「子供の立場だと、そう思うか。だがそれは誤解だ。彼等はあの時、ガロンが仲間外れや奇異の目から解放される事を喜んだ。村を離れない限り、ガロンを苦しみから逃がしてやれる術がなかったからね」
「…確かに、直接何かされなくても、無視されたりするのは辛いもんね」
「ああ。私と一緒に暮らすと決めたのはガロン自身だが、両親が反対しなかった事に傷ついてもいる」
「その気持ちは、分かるかも」
「ガロンが私と暮らす事を決めたのは、これ以上親を悲しませたくない為だ。一方、両親もガロンの幸せを願っていた。だからガロンの意思を尊重したんだ。互いを思いやって本音を我慢した結果、すれ違ってしまった。ガロンは自分がいない方がいいと思い込み、いまだに両親に会おうとしない」
「何だか、勿体ない話だね」
そう言うと、シヴァが呆れた顔で俺を見た。
「私からすれば君もそうだ。レンもガロンもいい子過ぎる。親を思いやる気持ちは尊いが、犠牲になる必要はない。正直に気持ちをぶつけていいんだ。勿論、それで全て上手くいくとは限らないが、自分がどうしたいか意見を言うのは大切だ。遠慮する事なんてないんだぞ」




