ステップファーザー1
(お母さん、大丈夫だったかな?)
周りの心配をよそに、得体の知れない果実を食べた本人はケロリとしていたけれど。
『お母さんは危なっかしいから、心配なんだよ』
昔、遠い目をしてそう言ったお父さんの気持ちが、今ならわかる。
お母さんは普段しっかりしてるくせに、変なところで抜けているのだ。
多分、今回みたいに、お父さんを慌てさせる事をやらかしたに違いない。
朝、食堂に行くと、約束通りお母さんとシヴァが帰っていたのでホッとした。
時々小さく欠伸をしているだけで、体調に問題は無さそうに見える。
だが帰りは遅かったようだ。その証拠に今朝は食卓にスープが無い。
「朝食は一日のなかで最も大切な食事」というの信条をもつお母さんは、滅多な事では手抜きはしないから、今朝は単純に時間が足りなかったんだろう。
(にもかかわらず、この品数を用意できるのは凄いよなぁ)
そう思っていたのに、お母さんはエルマー達を見送った後、電池が切れたように眠ってしまった。
凄く心配したのに、ちゃっかりと「後片付…お願い」なんて言うから少々呆れていたのだけれど。
お母さんを大事そうに抱えたシヴァの悲しげな表情に、胸の奥がざわつく。
そんな蓮の不安を感じたのか、シヴァが顔を上げた。
「ミホをベッドに寝かせてくる。悪いが、先に後片付けをしてくれるか? 私もすぐに手伝うから」
「…はい」
「聞きたい事があるだろう。後でゆっくり話そう」
そう言ってシヴァは、家に向った。
「ミホさん? どうされたんですか?」
「おい、大丈夫か?」
その途中、食堂に残っていた先生とラーソンが、シヴァに抱えられたお母さんを心配して外に出て来た。
「大丈夫、眠ってるだけだ。客が帰ったから気が抜けたんだろう」
「何だ、そうか」
ラーソンはホッと肩の力を抜いて自分の仕事場へと行ってしまったけれど、先生は俺の顔を見て眉を寄せたままその場に留まった。そんな先生に、シヴァが声をかけた。
「ショーン、昨夜の参拝の際、リアム神官から三日月班に仕事の依頼があった」
「え? 仕事? 神殿の修繕ですか?」
思っても見なかった事を言われて、先生が不思議そうに目を瞬かせる。
「いや、女神像の制作だ」
「なるほど。双方にとって悪い話ではないですね」
「ああ。昨夜の会議で依頼を受ける事が決まった。君には神殿と我々の連絡を任せたい。契約には幹部のグレゴリーが赴く。その時も同行して欲しい」
「分りました。国への報告はどうされますか?」
「クリフォード元首には、グレゴリーから連絡する事になっている」
「では、今から神殿に行って先方の要望を聞いてきます」
「ああ、宜しく頼む」
シヴァは話を終えると、スタスタと家の方へ歩いて行った。
「じゃあ、行ってくるよ。レン、今日はゆっくり休んでいなさい」
先生は何かを察したのか、そう言って一人で行ってしまった。仕方なく蓮が黙々と食器を洗いながら物思いに耽っていると、しばらくしてシヴァがやって来た。
「待たせたな。手伝おう」
シヴァはそう言って隣に並ぶと、慣れた手つきで食器を拭き、棚にしまっていく。
「もしかして、いつもお母さんを手伝ってるんですか?」
「ああ。二人でやった方が効率がいいだろう?」
何でもないように言うシヴァのスパダリぶりに、ちょっとバツが悪くなる。
必要に迫られて今でこそ炊事をするようになったが、以前はほとんど手伝う事は無かったから。
夕食後は、お父さんと一緒にテレビを見たり、ゲームをして遊んでいた。
思い返せば、お父さんがお母さんを手伝う姿を、あまり見なかったように思う。
買い物の時に荷物を持ったりはしてたけど、家の事は全部お母さんがやっていた。
(でもあの頃、お母さんは専業主婦だったし、お父さんは俺の面倒を見てくれてたんだよな)
お父さんが亡くなってからは、お風呂掃除と洗濯物たたみが日課になったけど、こんな風に並んで後片付けをしたのは、数えるくらいしかない。
(今思えば、俺って甘ったれたガキだったよなぁ)
お母さんが働くようになってから、誰もいない家に帰るのが嫌になった。
おかえりなさい、と迎えてくれる相手がいない事が、こんなに寂しいとは知らなかった。
学校も居心地が悪かった。参観日や運動会等、家族が関わる行事の度に周りから同情される。
友達の家に遊びに行けば、
「心配してる」「応援してる」「大変ね〜」
なんて、彼等の母親が好奇心まるだしで根掘り葉掘り家の状況を聞いてくる。そして
「蓮君はえらいわね、あなたも見習いなさい」
と友達に言った後、同情した眼差しで「可哀想に。頑張ってね」と言うまでがセットだ。
(可哀想と思うんだったら、わざわざ悲しい記憶を引きずり出すような真似するなよ)
仕方の無い事だから我慢していたけど、これからずっとこんな日が続くと思ったら、やり場の無い悲しさと寂しさが心を占め、毎日何だかつまらなくて、笑う事が減ってた気がする。
(誰も俺の事を知らない、何処か遠くに行きたい)
そんな風に何度も思った。ある意味、その願いは叶った訳だ。
新しい場所でやり直せば幸せになれると思ってたけど、甘かった。現実は厳しくて苦い。
当たり前だと思ってる日常を失って、お母さんのありがたみや、如何に自分が守られていたかを痛感した。
(もっと話せば良かった。もっと大切にすれば良かった)
この2年間、何度そう後悔したか。
ふと一年忌の出来事を思い出す。法事の後、おせっかいなおばさん達にお母さんが囲まれた時の事。
『あなたはまだ若いんだし、再婚したら? 誰かいい人いないの?』
『今はまだそんな事を考えられません』
『若いうちに捕まえとかなきゃダメよ。いくら美人でも、子持ちは不利なんだから』
『私は蓮がいるからこそ、頑張れるんです』
あの時、お母さんはそう言っていた。
嬉しい反面、苦労して欲しくなかったから、いずれ再婚する事になったら賛成しようと思ってた。
(なのに相談もなく事後報告だったから、腹が立ったんだよな)
お母さんは俺を捨てた訳じゃない。巻き込まれただけだ。
あの時と違い、誰も頼る人もいないこの世界で生き抜く中で、安心出来る場所が必要だったんだろう。
もし俺が一緒だったら、きっとお母さんは相談しただろうし、俺の意思を尊重してくれたと思う。
(多分俺は、お母さんが恋愛した事と、見知らぬ再婚相手と同居する事が嫌だったんだ)
そして、俺よりよっぽどお母さんを大事にしているシヴァとガロンに、嫉妬していた。
(俺って、本当にガキだなぁ)
心の中で反省しているうちに、片付けは終わった。
「レンは何か予定があるか?」
「いいえ」
「じゃあ、事務所で話そう」
こんな風に、改まって話を切り出されるのは初めてだ。
蓮はやや緊張しながら、シヴァの後をついて事務所のソファに座った。




