息子飯
残念ながら、魔王様を含め誰も解決策を知らなかった。
考えてみれば当然だ。人間が魔物の子を身籠った前例はないのだから。
それでも、赤ちゃんが無事に産まれる為にどうすればいいか、皆が前向きに考えてくれて、心が温かくなる。
最終的に、私と赤ちゃんの体調を考慮し、一日に一個の実を食べて様子を見る事に決まった。
その後、皆は私を囲んで口々に励ましの言葉をかけてくれたのだけど、ディランだけはシヴァに声をかけていた。
「私も妻と種族が違うから、子供が無事に産まれるか不安だった。海で最強と謳われていても、妻が苦しんでいる肝心の時に何も出来ずに歯がゆかった。だが妻は側にいてくれるだけで安心すると言ってくれたよ。心配で仕方ないだろうが、これまでのようにミホを支えてやればいい。お前にしか出来ない事だ」
そう言ってくれたらしい。
「私があまりにも情けない顔をしていたから、見かねたんだろう」
とシヴァは苦笑したけど、経験者の言葉を聞いて少し心が軽くなったようだ。
(ディランがシヴァのフォローをしてくれて助かったわ)
今の私ではシヴァの不安を拭ってやる事は出来ないから。
悲しませたい訳じゃない。でもお互いの事を思いやっているからこそ、意見が合わない事もある。
(分ってもらえないかもしれないけど、素直に私の気持ちを話そう)
***
何とか朝食前には間に合った。
夜のうちに仕込んでいたパン生地をオーブンで焼いている間に、サラダを用意する。
いつもならスープも作るけれど、疲れているし時間もないので、ゆで卵に変更。
チーズと果物をそれぞれ皿に山盛りにしてテーブルに置く。
(栄養バランスは取れてるけど、手抜きだって思われるかな?)
私の心配をよそに、聖騎士の二人は朝から御馳走だと喜んでくれた。一人暮らしの為、料理はあまりせず、朝食はいつもパンとチーズだけらしい。
そんな偏った食生活で大丈夫かしら? と心配になってくる。
(次からは必ず野菜たっぷりのスープを作ってあげよう)
そんな事を思っているうちに、二人は朝食をペロリと平らげた。
「お世話になりました」
「ありがとうございました」
無事に任務を終えてグラードに戻る二人の顔は晴れやかだ。
「君達のお陰で無事に参拝出来た。今後も宜しく頼む」
「はい。では失礼します」
礼儀ただしく挨拶をして帰途につく二人の背中を見送った後、気が抜けた私はふらついてシヴァの肩に凭れ掛かった。
「ミホ、大丈夫か!?」
「お母さん、具合悪いの!?」
シヴァと蓮の焦った声がする。心配させたくないが、もう限界だ。
「ゴメン…。どうしようもなく眠くて……もう無理。寝かせて」
激しい睡魔に襲われて、目を開けていられない。体が休息を求めている。
ああ、でも意識が途切れる前に、これだけは伝えないと。
「後片付け……お願い」
*****
気がついたら、寝室のベッドに寝かされていた。体を起こして両手を頭の上で組み、うーんと伸びをする。しっかり眠ったので、頭も体もスッキリして気分がいい。
「あ〜、よく寝た」
鼻歌まじりにカーテンを開けると、夕焼けに染まった空が目に飛び込んで来た。
「やだ、寝すぎちゃった。夕ご飯作らないと!」
慌てて外に出て食堂に向うと、畑の途中でシヴァに会った。
「ミホ、起きたのか。気分はどうだ?」
「うん、大丈夫。それよりゴメンね。寝すぎちゃって。急いでご飯作るから」
「気にするな。もう準備できている。丁度、起こそうと思ってたところだ」
「え?」
準備って? と首を傾げながら食堂に入ると、フワッといい匂いがした。
なんと蓮がキッチンに立って鍋をかき混ぜている。
「ええ? 蓮が料理してる」
驚いて思わず声を出すと、蓮が顔をあげた。
「お母さん、もう起きて大丈夫?」
「うん、ただの睡眠不足だから。心配かけてゴメンね。それより蓮、料理出来るようになったんだ?」
私が感心してると、蓮は照れくさそうに笑った。
「簡単なやつばかりだけどね」
何を作ってるんだろうと蓮の手元を覗くと、白っぽいスープが湯気を立てている。
石釜からは、食欲をそそる肉の焼ける匂いがした。
「こっちもそろそろ良さそうだな」
シヴァが石釜から取り出した天板には、色とりどりの野菜と鶏肉がいい感じに焼けている。
「凄い! これも蓮が作ったの?」
「味付けだけね。下拵えはシヴァさんだよ」
「え? 本当に?」
「ああ。肉の下処理と野菜を切っただけだが」
それを聞いて納得した。シヴァは狩りが得意で、獲物の解体に慣れている。
「シヴァさん、あれだけ上手に肉を捌けるのに、料理が下手ってどういう事?」
「私は火加減が壊滅的にダメなんだ。何故かいつも黒焦げか生焼けになってしまう」
食べられなくはないが美味くない、と嘆くシヴァに、蓮は目を瞬かせた。
「意外。シヴァさんって何でも器用に出来ると思ってた」
「そうでもない。自分でも不思議だが、料理だけは何故か上達しないんだ」
何より食べるのが好きなのに! と悔しそうに呟くシヴァを見て、蓮がおかしそうに笑う。
「よし、出来た! シヴァさん、先生とラーソンさんを呼んで来てくれる?」
「わかった」
裏庭で薪を割っている二人を呼びに行くシヴァを見て、私はある事に気がついた。
(蓮がシヴァに遠慮しなくなってる)
仲が悪かった訳じゃない。蓮もシヴァもお互いに気を使っていた。だからこそ、二人の間には超えられない透明な壁が存在していて、距離が近づく事は無かったのに…。
今の蓮は、シヴァを前にしても肩の力が抜けているというか、自然体に見える。
「何か手伝おうか?」
「いいよ。たまにはゆっくりしてて」
そう言ってくれたので、私は席について蓮を見ていた。
いそいそと料理を運んだ後、各席に皿とカトラリーを置き、最後に水を注いだコップを並べる。
一連の動作は、普段私がしている事だ。
(ちゃんと見ててくれたんだ)
些細な事だけど、何だか嬉しい。
全ての準備が終わったタイミングで三人が部屋に入って来た。
「いただきます」
まずはスープから。一口飲むと、タマネギとジャガイモの甘みが口に広がった。
「ん、美味しい。優しい味ね」
「本当!? こっちも食べてみて」
鶏肉と野菜のグリルも食べてみる。岩塩とこしょうのシンプルな味付けだけど、美味しい。
「うん。ちゃんと火が通ってて美味しい」
「よかった。ちょっと心配だったんだ」
「お世辞抜きで息子飯、最高! 生きてて良かった」
私がそう言うと、蓮は一瞬ポカンとした後、腹を抱えて笑った。
「あはは、何だよそれ、大げさだなぁ」
屈託なく笑う蓮の姿に、泣きそうになる。
(蓮がこんな風に笑えるようになったのに、私はまた悲しませてしまうんだわ)
こんなに大事なのに。苦しめたい訳じゃないのに。
私の選択は、きっとまた蓮を傷付けてしまう。
それが分っていながら、お腹の子を諦められない私は、身勝手だ。
でも、この子を諦めたら、私は一生後悔する。
どうして産ませてくれなかったのかと、きっと周りの皆を恨んでしまう。
そんなことは絶対にしたくない。
(石にかじり付いてでも生きなきゃ!)




