混血児の主張
今回の話は暴力的な表現が多いです。
「お前か!?ミホをいじめた奴は!許さないからな!」
ガロンが猛スピードで男に近寄ると、その気迫に押された男は、背を向け走り出した。
しかし、思い切り振られたガロンの尻尾は鞭のようにしなり、逃げようとした男の背中を的確に捕らえた。
バシッという衝撃音と男の悲鳴はほとんど同時だった。
男はその衝撃で前に吹っ飛び、顔から床に突っ込んだ。
顔を上げた男の顔は鼻血で濡れ、前歯が欠けていた。
「ヒッ、ヒィ〜」
今の一撃だけで、男の戦意は完全に消失していた。
四つん這いになって、尚も逃げようとあがく男の背後からガロンが迫る。
「こんなもんじゃすまないぞ。ミホは背中からいっぱい血を流して、死にかけたんだ」
「ま、待ってくれ。それは俺のせいじゃない。小鬼達が勝手にやったんだ」
腕を振り上げたガロンを、尻餅をついた状態で後ずさりしながら男が制した。
「手も、腕も、両足も噛まれてた!」
「それも俺じゃない!小鬼だ。その女が怪我をしたのはあいつらのせいだ!俺は何も悪くない!」
語るに落ちるとはこの事だ。男は自らミホが自分の獲物でないと証言してしまった。
「じゃあ何でミホが自分の物だって言ったんだ!何でミホはあんなに怖がってたんだ!ミホは夢の中でまで苦しんでたんだぞ!」
ガロンが男の赤い髪を掴んで無理矢理立たせようとしたが、男の足には力が入っておらず、されるがままにぶら下がっていた。
「立て!こんなんじゃ足りない。ちゃんと俺と勝負しろよ!逃げるな!」
「お、俺のせいじゃない。そ、その女が悪いんだ。船に火をつけて俺を殺そうとしたから・・・」
男は私を指差し、尚もいい訳を並べた。
「そうだ!俺だってその女に殺されかけたんだ!全身焼けただれて、死ぬかと思った。俺が反撃して、何が悪いんだ!」
開き直った男に私は言った。
「女神様に誓って、私は火を付けてないわ。小麦粉をぶちまけただけよ!」
嘘ではない。
粉塵爆発を起こそうとして相手にダメージを与えたのは事実だが、あくまでも私は火を付けていないのだから。
「船が焼けたのは不幸な事故だわ。私が火をつけてあなたを殺そうとしたなんて、嘘言わないで」
いけしゃあしゃあと私は言った。
隣の魔王様の肩が、小刻みに揺れている気がした。
「てめぇっ・・・!」
前歯の欠けた状態で歯ぎしりする男を、ガロンが床に叩き付けた。
「うぐっ・・・」
「お前の相手は俺だ」
ガロンは無様に床にのびている男の傍らに座り込むと、その両足に鉤爪をズブリと食い込ませた。
「ぎゃああああああ」
「まずは両足」
次に左腕に手をかけた。
「それから左腕」
「やめ、やめてくれっ」
男の懇願にガロンは耳を貸さない。無言で男の左腕に鉤爪を深く食い込ませた。
「ああああああっ!痛ぇ、痛ぇよ」
「最後は右手だ」
ガロンは立ち上がると、思い切り男の右手を踏みつけた。
バキバキと嫌な音を立てて男の右手が砕けた。
男の悲鳴が部屋中に響き渡った。
「たす、助けてくれ。このままじゃ殺されちまう。誰でもいい。誰か、コイツを止めてくれ!」
男は血だらけで転がったまま叫んだ。
流石にやり過ぎだと思い、止めようとする私を魔王様が制した。
「負けを認めるか?」
「・・・こんなの一方的だ。俺は嵌められたんだ!」
「その主張は認められない。ミホは何も嘘は言っていない。それは女神様への誓いが証明している。
お前が戦っているのは正真正銘13歳のリザードマンの子供だ。
お前は女神様に誓って、ミホの条件を受け入れた。
助かりたいなら自ら戦って勝つか、潔く負けを認めろ」
魔王様の言葉に、男は涙を流して悔しがった。
「畜生!畜生!いつだってこうだ。何で俺ばっかりこんな目に遭うんだ。好きで混血児に生まれたわけじゃねぇ。俺ばっかりが不幸だ。不公平だ。みんなくたばっちまえっ!」
男の言葉に私はカッとなって叫んだ!
「ふざけないで!あなたが攫った子供達は不幸じゃないって言うの?その子達の親は?
自分が不幸だからって、他人を不幸にしていい道理はないわ!」
「うるせぇ、恵まれた奴から少し分け前を貰って何が悪い?
俺自身、ガキの頃に捕まって、足を開いて飯を食わせてもらってたんだ。
同じ事をやって、何で俺だけ非難されるんだよ!俺が混血児だからだろ!」
血に染まったつばを吐きながら男が叫ぶ。
俺は悪くない。俺のせいじゃない。俺が混血児だから冷遇されているんだ。
男の主張は変わらない。
だめだ、この男には話が通じそうにない。
男は自身の不幸な生い立ちに胡座をかいて、自分の罪を正当化している。
誰の目にも勝敗はあきらかなのに、己の敗北を認める事もしない。
これ以上やると本当に死んでしまう。そうなっては元も子もない。
男は私達がこれ以上手が出せないのがわかっていて、悪あがきをしているのだ。
「どうしよう。このままじゃ、子供達の居所がわからない」
私がそう呟いた時、シヴァが魔王様の前に進み出た。
「魔王様、このままでは埒が明きません。先程この男が主張した、勝負の無効をお認めください」
シヴァの言葉に広間中がざわめいた。
「ええっ!?俺、頑張ったのに・・・」
勝負が無効にされそうになり、ガロンが抗議の声を上げた。
「ああ、ガロン。わかってる。見事な戦いぶりだった。本当に強くなったな。
お前は立派にミホの仇を取った。お前を誇りに思うよ。
だが今は、攫われた子供達の居所を知るのが最優先なんだ。わかってくれ」
シヴァの言葉に、ガロンは黙って身を引くしかなかった。
「・・・いいだろう。勝負の無効を認める」
魔王様の言葉に、男がニヤリと笑った。
「ありがとうございます。それでは僭越ながら、失礼します」
シヴァは魔王様に一礼すると、男の傍らに静かに座った。
「これからお前の記憶を引き出す。初めからこうしても良かったんだ。
そうしなかったのは、お前の尊厳を守ろうとした魔王様の御慈悲だ。
魔王様は何度もお前がやり直す機会を与えて下さったのに。
それに気づかず、自ら無駄にするとは・・・馬鹿な奴だ」
男が驚いて目を剥いた。
「私は魔王様のように寛大じゃない。女神様への誓いをないがしろにしたお前自身を恨め」
シヴァが男の頭に右手をかざすと、男の体が小刻みに震えだした。
あまりの苦痛に男の目から涙が流れ、口からは血の泡が吹き溢れた。
「あ、あが、あががっ、や、やめっ・・・・がぁぁ・・・ああああうううううぅぅぅ」
もはや言葉を発する事も出来ず、苦しみもがく男をシヴァは無感情に見つめた。
しばらくの間、広間には男の苦悶の声だけが響いていたが、やがてそれも聞こえなくなった。
シヴァは静かに立ち上がり、魔王様に向き直った。
「子供達の居所が分かりました」




