モフモフ天国
「着いたぞ」
シヴァの声にいそいそと馬車から身を乗り出した蓮は、周りを見渡して首をひねった。てっきり可愛らしいサイズの集落が見れると思っていたのに、目の前に広がるのは何の変哲もない森だったからだ。
しかしお母さんが土産の入った籠を持ってさっさと馬車を降りたので、蓮もそれに続いた。
「どこに三日月班の村があるの?」
「地下よ。だから残念だけど私達は村には入れないの」
「え〜っ!?」
カイル達の普段の暮らしぶりを見たかったのに、とガッカリしていると、シヴァが大きな樹に近づき、コンコンコンと幹を3回ノックした。
するとその樹の根元にあるウロから、カイルがひょっこりと姿を現した。
「やあ、お邪魔するよ」
「ようこそ! お待ちしておりました」
カイルがするりとウロから飛びだすと、それにつづいて他の村人達がゾロゾロと出て来た。
その中には小さな子供達も沢山いて、蓮はあまりの可愛さに「ウグゥ」と変な声が出てしまった。
全体的に歓迎ムードではあるのだが、特にお母さんは人気者だった。
「ミホ様だ〜」
「わ〜い、ミホ様〜」
大人達の挨拶を待たず、子供達がお母さんを取り囲む。愛らしいモフモフに囲まれて、お母さんも身を屈めてニコニコしっぱなしだ。
「久しぶりね。皆元気だった?」
「はい。元気です」
「ミホ様、いい匂いする。それ今日のお土産?」
「こらこら、お前達。ご挨拶が先だろう」
遠慮のない子供達に大人達が慌てふためき、嗜められた子供達はしゅんと耳を伏せる。
単にそれだけのやり取りだが、つい昨日、非常にストレスフルな食事会に参加した蓮にとって可愛いモフモフは目の保養だった。
(皆可愛いな〜。撫でたいな〜)
そんな事を思いながら少し離れた所で彼等を眺めていると、お母さんから呼ばれた。
面識のある三日月班のメンバーや事情を知っている大人達はニコニコしながら蓮を迎えてくれたが、子供達は蓮が近づいた途端に大人達の後ろに隠れ、そっと様子を伺っている。
小さい子供が見知らぬ人に警戒するのは仕方ないけれど、やはりショックだ。
それが分ったのか、お母さんは俺の背中をポンポン軽く叩き、皆を安心させるように笑顔で紹介してくれた。
「今日は私の息子の蓮も連れてきたの。ヨロシクね」
「えっと、蓮です。三日月班の皆さんにはとてもお世話になり感謝してます。仲良くしてくれると嬉しいです」
素直な気持ちを伝えると、大人達が拍手してくれた。
「ミホ様、レン様、おめでとうございます」
「再会できて本当に良かったですね」
祝いの言葉を述べてくれる大人達の中には、涙ぐんでいる者もいる。
「どうもありがとう。これ、みんなで食べてね」
「きゃー、ミホ様ありがとう!」
お母さんの差し出した籠に、子供達が歓声を上げながら群がった。
中身はちぎりパンだ。一見、真四角のクッションに見える大きなパンに子供達はキャッキャと大はしゃぎしながらも、争う事なく仲良く自分の順番を待っている。そして分け与えられた自分の顔程の大きさのパンを両手で持って、モグモグと夢中で食べていた。
(ああ〜、可愛い。癒される。いつまでも見ていたい)
触りたい、いやでもダメだ、と葛藤している蓮の元へカイルが赤ん坊を抱えてやって来た。カイルの腕の中で、つぶらな瞳がジッと蓮を見上げている。
「レン様、私の末の息子のヴィルです」
「うわっ、物凄く可愛い!」
「ありがとうございます」
息子を褒められたカイルは、それはそれは嬉しそうに笑った。
「撫でても良い?」
「ええ、お腹以外なら大丈夫ですよ」
ドキドキしながら額から頭にかけて優しく撫でてやると、ヴィルは気持ち良さそうに目を細めた。
「うわー、フワフワ。小さくて可愛いなぁ」
「良かったら抱っこしてやって下さい」
「え? いいの?」
「はい。レン様、座ってもらえますか?」
思わず正座すると、カイルはその膝にヴィルを乗せてくれた。ヴィルはキョトンとカイルと蓮の顔を見比べている。
「可愛過ぎる…」
こうして蓮は念願のモフモフを抱っこする事が出来た。柔らかい毛並みと温かい体温は、少々ささくれていた蓮の心を慰めてくれる。赤ん坊の持つ力は偉大だ。
抱っこされている間ヴィルは大人しかったが、少々緊張しているのか、蓮の膝にいる間ずっと自分の尻尾を咥えてチュウチュウ吸っていた。
(何? この可愛すぎる生き物)
時々、羨ましそうなお母さんの視線を感じる事があった。しかしお母さんは沢山のモフモフに囲まれて動けず、蓮は誰にも邪魔される事なく、可愛いヴィルを堪能しながらカイルとゆっくり話す事が出来た。
しばらくして、辺りにシヴァの姿が見えない事に気付いた。
「あれ? シヴァさんは?」
「シヴァ様なら、結界の見回りに行っておられます。ここは人間の住処と近いので、以前から気にかけて下さってるんですよ」
「ふーん」
クールな印象の見た目に反し、身内や弱者に対して甘いシヴァは、カイル達から信頼されているらしい。
キラキラと尊敬の眼差しでシヴァの事を語られたので、少し対抗意識が芽生えてしまった。
「ああ、そうだ。先生がカイル達にお礼がしたいって頑張ってるよ」
「報酬は十分いただきましたよ。これ以上は受け取れません」
「そうかな? 絶対に受け取ってもらえると思うけど」
「おや、一体何でしょうか?」
自信満々の蓮に、カイルも少し興味が湧いたらしい。
「あのね、近い将来、魔物も神殿に参拝できるよ」
「えっ……!?」
「神殿って凄く大きくて奇麗だよ。直接見てみたくない!?」
「それは、勿論……えっ、でも…可能なんですか?」
「うん。昨日神殿に行ってその事を話して来た。向こうの国や魔王様にも話を通して、前向きに検討してもらってる」
「ほ、本当に…?」
「うん。カイル達に喜んで欲しくて、先生珍しく張り切ってる」
「我々の…為に…?」
「うん。人数制限はあるけど、カイル達を一番優先するし、俺も一緒に行って案内するよ。約束する」
そう言うと、カイルの目からポロポロと涙が零れ落ちた。
「え? 大丈夫?」
心配して声を掛けたけれど、カイルは無言で泣きながらヴィルを抱き上げた。そしていつの間にか側にきていた奥さんにヴィルを預けると、蓮に向き直った。
「レン様、ハグして良いですか!?」
「!! 勿論、喜んで!」
そう言って両腕を広げると、カイルだけでなく、改修工事に関わった他のメンバーも次々に蓮の胸に飛び込んで来た。
「うわっ!」
さすがに全員の重さを受け止めきれず後ろにひっくり返ったけれど、カイル達が予想以上に喜んでくれたので嬉しかった。何よりこの状況は、夢にまで見た憧れのモフモフ天国。本望である。
「レンがみんなと打ち解けたようで何よりだ。だがあれは助けなくていいのか?」
見回りから帰って来たシヴァが、その光景に驚いてお母さんに声をかけた。
「ええ。息子が小さいおっさん達に埋もれてると思うと複雑だけど、見た目は可愛いし、何より本人達が幸せそうだから」
その言葉に、スンッと冷静になる。
(……後でもう一回ヴィルを抱っこさせて貰おう)




