三日月班との交流
翌日、蓮はショーンと一緒にダンの家を訪ねた。
お母さんが言った通り、ダンは事情を聞くと快く馬車を貸してくれただけでなく、買い物にも付き合ってくれた。
「値切り交渉は俺に任せな」
ダンはそう豪語しただけあって、石工店に行くと巧みな話術で値切りを始めた。
初めのうちは渋い顔をしていた職人達も、最終的には「かなわねぇなぁ」と笑顔になり、相場よりも安い値段でレンガを手に入れる事が出来た。
「すごいなぁ」
素直に感心するとダンは笑った。
「これくらい別に凄くはないさ。レンにもコツを教えてやるよ」
馬車を操るダンの横に座り、値切りのコツを教わっていると、ショーンが真面目な顔で「勉強になります、先生」と言い、それに対してダンが「やめてくださいよ、先生」と返したものだから、3人でひとしきり笑った。
やがて家に着くと、ダンは辺りを見渡してしみじみと呟いた。
「久しぶりだなぁ。まさかこの家に知り合いが住むなんて思わなかったぜ」
「おや、ダンさんはここに来た事があるんですか?」
「ガキの頃にな。この辺の子供は、誰でも一度はここで度胸試しをするんだよ」
「家の中に入ったんですか?」
「ああ。一人で中にある物を取ってこなきゃならない。俺は奥の部屋に掛けてあった絵を取った。すっげードキドキしたなぁ」
「その絵はどうしたんですか?」
「道具屋に売っぱらったよ。皆そうしてたしな」
「……どうりで物が少ないはずだ」
突然の事故で家主が亡くなったにも関わらず、この家に家財道具がほとんど残っていなかったのは、何十年にも渡る度胸試しの所為のようだ。
不要な物を片付ける手間が省けたのはいいが、ダンの悪びれの無さに、この世界の倫理観を疑ってしまう。
3人でレンガを運び終えて一休みしていると、突然家の中から人の気配がして、ギギィッ…とゆっくりと扉が開いた。
「うわぁぁぁぁっ!!」
真っ青になってその場から飛び跳ねたダンは、中から出て来たシヴァを見て、ほっと胸を撫で下ろした。
「お前かよ! ったく、驚かせやがって!!」
「作業を手伝う為に三日月班の村から急いで戻ってきたんだ。驚かせるつもりは無かった」
「お前なんかこうしてやる!」
「……」
ダンにヘッドロックを仕掛けられたシヴァが、腕の中でくるりと身を翻したかと思うと、すぐに自分の足をダンの後ろ足の股下に入れて、そのままダンを地面へと落した。
「私に挑むとはいい度胸だ」
「くそっ!! ムカつく!!」
「ほら、さっさと立て」
ダンがブツブツ文句を言いながら立ち上がると、今度はシヴァが無表情でヘッドロックを掛けた。
「正しい絞め方はこうだ」
「ぎゃああぁぁぁっ……」
2人は、まるで男子中学生みたいにじゃれ合っている。
「大人でもあんな風に悪ふざけしたりするんだ」
「仲がいいですね」
ちょっと呆れた蓮の呟きに対し、先生はニコニコと微笑ましそうに2人を見ていた。
その後は、ダンを交えて4人で扉や窓を作った。ダンはここでも才能を発揮した。
「ダンさんは何でも器用にこなしますね」
「ああ、手際がいいな」
「ガキの頃、親父の大工仕事を見るのが好きだったんだ」
ショーンとシヴァに褒められて、ダンは懐かしそうに目を細めた。
(いいなぁ。俺もお父さんの仕事してる姿、見てみたかったな)
思い出の中のお父さんは、いつも優しく微笑んでいる。
働いてる時のお父さんは、きっと格好良かったに違いない。
新しい扉と窓を取り付けると、古い家が息を吹き返したように見えた。
*****
三日月班との食事会当日。
まだ塀作りが出来ないため、午前中はベッドや机等の家具を搬入した。
がらんとして殺風景だった空間が、少しずつ自分達の物で占められていく度に、ここで暮すという実感が湧いてくる。
段々と家らしくなってきたけれど、壁に大穴が開いている部屋は風呂場とトイレを作ってもらう予定となっているので手つかずのままだ。
ドルチェの様子を見れば、三日月班が優れた建設技術を持っている事はわかるが、彼等がどんな魔物なのかは聞かされていなかった。
(三日月班ってきっと手先が器用な人間型だろうな。それに建築って力仕事だから、ガロンみたいに大きくて強いのかも)
しかし昼食の時に彼等について尋ねた時、お母さんの答えは予想と違った。
「三日月班は非戦闘員の獣人達なの。みんな仕事熱心で、とても可愛いわよ」
(女性のいう可愛いは信用できないんだよなぁ)
女の人は何でも「可愛い」と言う傾向がある。
お母さんだって例外ではない。その証拠にガロンを可愛いと言う。
確かに素直な性格は可愛いけれど、「カッコイイ」という言葉の方がガロンに似合うと思う。
(強面の魔物が来ても動揺しないように、心の準備をしておこう)
昼食後、食事会で使う野菜の収穫を手伝いながら、蓮はそう思った。
*****
「こんばんは。この度はお招きありがとうございます」
(んんっ……!! マジで可愛い!!)
夕方、約束の時間に表れた三日月班を見た蓮は、自分の想像がいい意味で裏切られた事に驚き悶えた。
カワウソ、ネズミ、モグラが2本足で立ち、お揃いのつなぎを着ている。もうそれだけで可愛い。
「みんな、よく来てくれた。ショーンとレンを紹介しよう。2人ともこちらへ」
シヴァに呼ばれて近づくと、沢山のつぶらな目に見つめられた。ちょっと緊張しているようだ。
「はじめまして。ショーンです。こちらは弟子のレンです。皆さんの事はシヴァさんとミホさんから聞いています。素晴らしい建築技術をお持ちだとか。依頼を引き受けてくれて感謝します」
ショーンの丁寧で穏やかな話し方に、三日月班の緊張が少し解け、中央から1匹のカワウソが前に進み出た。
「はじめまして。三日月班リーダーのカイルと言います。ご期待に添えるよう頑張ります」
先生が屈んで「どうぞよろしく」と手を伸ばすと、カイルもそれに応えて握手した。
先生の指先がカイルの小さくて柔らかそうな両手に包まれていて、とても羨ましい。
(いいな、俺もカワウソと握手したい!)
蓮はショーンの横に並び、2人の手が離れた時にすかさず挨拶をした。
「はじめまして。蓮です。皆さんが作ったお風呂、最高でした。今回も期待してます」
そう言って手を伸ばすと、カイルは「ぴゃっ!!」と小さく叫んで後ろに飛び退き、その直後に頭を抱えた。
「す、すみません! あまりの魔力に体が思わず…」
そう言って涙目でプルプル震えている。他の三日月班もこちらを見て固まっていた。
(…怯えられてる)
ショックを受けていると、お母さんが後ろから蓮の両肩に手を置いた。
「皆、この子が私の息子の蓮よ。知っての通り勇者だけど、皆に酷い事をしたりしないから安心して。むしろ仲良くして欲しいと思ってるから」
「ああ、そうして並んでいるとミホ様によく似てますね」
お母さんの言葉に安心したのか、カイルがいち早く立ち直って近づいてきた。
「先程は失礼しました。会えて嬉しいです。どうかよろしくお願いします」
向こうから伸ばされた小さな手はフニャフニャととても柔らかく、吸い付くようだった。
(癒される。ずっとこうしていたいな〜)
デレデレと顔が緩んでくるが仕方が無いだろう。
こちらをジッと見あげていたつぶらな瞳が、やがてキョトキョトと周りを見始めた。
そんな仕草も可愛いすぎる。
「蓮! いい加減にしなさい! カイルが困ってるでしょう! カイル、ゴメンね。怖がらないで。あなたの事、気に入っただけだから」




