覚悟と賭け
あの地底湖の出来事がフラッシュバックし、恐怖に体中を支配された。
パニックになって叫びだしそうになった時。
「ふざけるな。応じられる訳ないだろう!」
シヴァの声に我に返った。
(そうだ、今は一人じゃない。シヴァもガロンもいる。私を守ってくれる家族が側にいる。
大丈夫。きっと何とかなる。)
私は深呼吸を繰り返して気を落ち着かせ、二人の話に耳を傾けた。
「・・・死体でもいいから渡せと。あの男の獲物に対する執着は異常だ。
その条件には魔王様も怒り心頭のご様子だった。こちらにも余波がきたほどだ。
だが、あの悪党が死んでしまっては元も子もないからな。
何とか子供達の居場所を吐かせようと拷問しても、自分の獲物だから自分の好きにしていい権利があると言って譲らないんだ。とうとう女神様に誓いまでたてた」
「ミホを渡せば子供達の居場所を教えると誓ったのか?」
「ああ。お前も知っての通り、女神様に誓ったらどんな奴でも嘘はつけない。
その言葉が真実でなければ、罰として自らの言葉に殺されてしまうからな。
それで魔王様はその男の条件を飲む事にしたんだ」
「なんて卑劣な奴だ!子供達の命とミホの命を天秤にかけさせたのか!?」
「・・・そうだ。ミホは魔王様の庇護下にいるとはいえ人間だ。優先的に庇護されるべきは魔物の子供だ、との結論が下された」
私の希望はあっさりと砕かれた。
当然だろう。罪もない子供達が犠牲になっているのだ。
私が魔王様の立場でも、きっと同じ決断を下す。
「本当にすまん。うちに招待さえしなければ、こんな事にはならなかった。
ミホにもガロンにも、どう詫びればいいかわからん」
モリスがシヴァに謝る声が聞こえた。
シヴァは答えない。答えられない。
わかる。
幹部という彼の立場では、この決定に異議を唱える事はできないだろう。
だけど、きっと、どうすれば私を守れるか、必死で考えているに違いない。
シヴァやガロンが私を家族の一員と見なして大切にしてくれているのは、今日一日でよくわかった。
最悪の場合、ガロンと私を連れて逃げようとしてくれるかもしれない。
けれど、そんな事になったら二人ともただではすまない。
裏切り者の烙印を押され、一生追われる事になるだろう。
大好きな彼らを、そんな辛い目に遭わせたくはない。
それに、突然子供を奪われた親の気持ちも痛い程わかる。
毎日探しまわり、無事を祈る不安な日々を過ごしているに違いない。
死を覚悟したあの日、ガロンに出会った事で、私は奇跡的に生き延びた。
優しい彼らのおかげで、今日まで生かさせてもらった。
どうせ、あの地底湖で一人で死ぬつもりだったのだ。
あの男の希望通りになるのは癪だが、私の命で子供達が助かるのなら、儲け物だ。
私は覚悟を決めた。
部屋を出ようとすると、ガロンに引き止められた。
彼も話を聞いていたのだろう。
「俺、嫌だ。ミホを行かせたくない。せっかく怪我が治ったばかりなのに・・・」
そう言って目に涙を浮かべる彼を見た時、私は突然閃いた。
ガロンだ。私の運命の鍵は彼が握っている。
「ガロン、泣かないで。大丈夫。シヴァとガロンがついてるんだもの。何も怖くないわ」
私はガロンをぎゅっと抱きしめた。
「私を信じて。私もガロンを信じるから。あなたは私の希望なの」
そう言って私の作戦を耳打ちすると、ガロンは「任せとけ!」と胸を叩いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「謝らないでモリスさん。あなたのせいじゃないわ」
シヴァが驚いて振り返った。
自分の欲望の為に子供達を泣かせる奴を私は許さない。
あいつの思い通りになんかさせない。
「私、行くわ」
私は一世一代の大博打に打って出る事にした。