悪夢 シヴァ視点
一日様子を見てみたが、ミホの体には異常は見られなかった。
体は順調に回復していたけれど、やはり心配で、ガロンと一緒に付き添った。
ミホの存在が、ガロンと同じくらい自分の中で大きくなっている事に驚いた。
もっともそれを自覚したのは、ラーソンの「責任を取る」発言を受けてからなのだが・・・
ガロンが子供らしくミホに甘えているのを、微笑ましく穏やかな気持ちで見ていたのだが。
「遅くにすまないな。弟達に聞いたが、ミホが無事で良かったよ。具合はどうだ?」
夜になってモリスが訪ねてきた。
「ああ、おかげで良くなったよ。ニルスとラーソンにも世話になった。ありがとう。入ってくれ」
「いや、ここでいい。言わなきゃならん事がある」
そういいながら、モリスは言いにくそうに下を向いている。
普段のモリスなら、ミホを見舞って声をかけるところなのに、そうしない。
シヴァは嫌な予感がした。
「どうした?まさかあの混血児に逃げられたんじゃあるまいな?」
「いや、それはない。無事に魔王様に引き渡した。ただ・・・」
「何だ?」
モリスは大きく息を吐いた。
「最悪だ。シヴァ、お前の予測通り、あの男は獣人の子供の誘拐に関係していた。人間相手に売春させているらしい」
「何だと?救いようのない奴だな」
「ああ、魔王様も一刻も早く被害者の救出をするべく、子供達の居場所を吐かせようとしたんだが・・・あの男、なかなか手強くてな・・・子供達の居場所を言うのに条件を出してきた」
「盗人猛々しい奴だな。その条件とは何だ?」
モリスが拳を握りしめて俯いた。
「・・・ミホを渡せと言ってる」
怒りで体中の血が沸騰しそうになった。
「ふざけるな。応じられる訳ないだろう!」
「落ち着け。私だって同じ気持ちだ!」
モリスも声を張り上げた。
「私が魔王様にあの男を引き渡しに行った時、ミホは虫の息だったろう?
重傷でとても動かせる状態じゃないと進言してきた」
「なら、なぜ!?」
「・・・死体でもいいから渡せと。あの男の獲物に対する執着は異常だ」
モリスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「その条件には魔王様も怒り心頭のご様子だった。こちらにも余波がきたほどだ。
だが、あの悪党が死んでしまっては元も子もないからな。
何とか子供達の居場所を吐かせようと拷問しても、自分の獲物だから自分の好きにしていい権利があると言って譲らないんだ。とうとう女神様に誓いまでたてた」
「ミホを渡せば子供達の居場所を教えると誓ったのか?」
「ああ。お前も知っての通り、女神様に誓ったらどんな奴でも嘘はつけない。
その言葉が真実でなければ、罰として自らの言葉に殺されてしまうからな。
それで魔王様はその男の条件を飲む事にしたんだ」
「なんて卑劣な奴だ!子供達の命とミホの命を天秤にかけさせたのか!?」
「・・・そうだ。ミホは魔王様の庇護下にいるとはいえ人間だ。優先的に庇護されるべきは魔物の子供だ、との結論が下された」
突然、モリスが深く頭を下げた。
「本当にすまん。うちに招待さえしなければ、こんな事にはならなかった。
ミホにもガロンにも、どう詫びればいいかわからん」
その姿をシヴァはやるせない気持ちで見ていた。
これが他人事なら魔王様の決断に反対はしなかっただろう。
むしろ、少ない犠牲で多くの命を助ける事が出来ると納得したはずだ。
だが、ミホはもう自分たちの家族の一員だ。
かけがえのない存在なのだ。
(どうすればいい?どうすればミホを助けられる?)
シヴァは何も答える事が出来ず、二人の間に沈黙が落ちた。
その長い沈黙を破ったのは、二人のうちどちらでもなかった。
「謝らないでモリスさん。あなたのせいじゃないわ」
振り返ると、ミホが部屋の入り口に立っていた。
ミホは目に怒りを湛えて、不敵に笑った。
「私、行くわ」