魔王の記憶10
夜が明けるとお母さんと魔王は荷馬車へ向い、ラーソンがいないのを確認して、やっぱり、と苦笑しながら食堂に行った。
「仕方ない奴だ。まあ、その方が都合がいいが」
「ええ。私達が食堂に行っても、誰も不自然に思わないでしょう」
食堂の床は、酔っぱらって眠りこけた冒険者達で溢れかえっていた。ラーソンはその中心で酒樽を抱えて眠っており、子供達を冒険者の影に移動させるのは雑作もなかった。
子供達全員が冒険者の影に潜ったのを確認した後、お母さんはラーソンを起こした。
お母さん達が出発の準備をしていると、くたびれた様子のダンさんが降りてきた。一晩中、水鹿の群れを追い払う為に奔走していたらしい。自分達が仕掛けた事なのに、お母さんは驚いたふりして感謝の言葉を述べている。
(女は女優っていうけど、お母さんもだったんだな…。あ、でもダンさんが中に入れてくれた事に対しては、本当に感謝してるっぽいな)
ダンさんが扉を開け、お母さん達は無事にドルトの外に出た。
外はまるで戦いの後のようだった。地面には沢山の焼け焦げた矢が刺さっており、その向こう側に無数の獣の足跡が残されていた。馬よりも大きな水鹿の群れが押し寄せてきたのだから、見張り達は相当焦っただろう。
(ダンさん、物凄く大変だったろうな)
レンは心からダンに同情した。弓を引くのに腕力はそれほどいらないけれど、これだけ続けざまに射れば体力は削られる。
ドルトを出てしばらくは何事もなく、馬車は順調に進んだ。
ラーソンは御者台で手綱を握りながら、一緒に飲んだ冒険者達の話をして、最後にこう言った。
「俺はあいつらの事、嫌いじゃないね。出来れば二度と会いたくないもんだ」
一見矛盾した言葉だけど、つまり彼等と戦いたくないって事だ。
これまで多くの魔物を狩ってきたであろう冒険者に対して、そんなことを思うなんて、ラーソンって本当に器が大きいと思う。
(神官達の言葉を鵜呑みにして、魔物全てを憎んでた俺とは正反対だ)
どうしたら、そんな風に思えるんだろう? 仲間の仇を討とうとは思わないのかな?
さっき子供達が人間なんて皆殺せばいいって言ってたけど、もしも同じ立場だったら俺だってそう思う。それが普通の感覚じゃないかな?
「罪を憎んで人を憎まず」って事?
わからない。ラーソンの事は嫌いじゃないけど、やっぱりちょっと変わってると思う。
今だって子供達の事について何も聞かずに、首都に出す店の話で盛り上がってるし。
つらつらとそんな事を考えていると、荷馬車のすぐ横をシュッと矢が掠めた。
後ろを振り向くと武装した4人の男達が追ってきて、あっという間に荷馬車を取り囲んだ。
お母さんの読み通り、子供達を連れ去ったと思ったのだろう。
驚いた事に、男達のリーダー格はダンさんだった。
一晩中矢を放って相当疲れているだろうに、ここまで追ってきたなんて、物凄い体力と精神力の持ち主と言えるだろう。片手に剣を持ちながら馬を巧みに乗りこなし、周りに目を配るなど隙のない様子は、まるで用心棒のようだった。
(俺が知ってるダンさんとまるっきり別人だ。どういう経緯でドルチェに転職したんだろう?)
今目の前にいるダンと屋台にいるダンが全然繋がらず、レンは首を傾げた。




