魔王の記憶7
魔王の手が離れ、お母さん達の姿が消えた。
てっきり記憶の中だけだと思っていたのに、レンと魔王は青の間にいた。
「え? いつの間に?」
「さっき見せた過去の記憶と同じタイミングで移動したんだ。同じ場所の方が思い出せるからな。匂いがあれば、より鮮明に記憶が蘇る。覚えがないか?」
「そう言われれば、そうかも」
レンはパイナップルの匂いを嗅ぐと、小さな頃に連れて行ってもらった海水浴場を思い出す。お母さんにそう言ったら、海の家で冷やしパインを食べたからだろうと言われた。でもレンはその事を覚えていない。だけど抜けるような青空と太陽の光を反射してキラキラと輝く眩しい海、裸足で歩いた砂浜の熱さや海水の心地よい冷たさは鮮明に思い出されるのだ。
「少し休憩しよう」
魔王がそう言って呼び鈴を振ると、すぐに召使いが現れた。
「お呼びでしょうか?」
「2人分のお茶を頼む」
「畏まりました」
召使いは驚く程すぐにお茶を用意してやってきた。
「あの、折角ですが俺は結構です。これがあるから」
レンがそう言って水分補給用に携帯していたポポルの実をいくつかテーブルの上に置くと、魔王は面白そうに笑った。
「そう警戒せずとも毒など盛らない。ここには私が連れてきたんだからな。客人をもてなすのは当然だろう?」
「お気持ちだけ頂きます」
「そうか。せっかく取って置きの菓子を用意させたのに残念だ」
魔王が召使いの持っている器から菓子を一つとり、レンに見せつけるようにヒラヒラと動かした。キャラメルでコーティングされた木の実が乗った四角い焼き菓子には見覚えがあった。
「…それってドルチェのクッキー? どうしてここに?」
「私も気に入っているんだ。甘過ぎなくて丁度いい」
魔王がクッキーを美味しそうに食べてお茶を飲むのを見て、レンはごくっと唾を飲み込んだ。
戦争の影響でドルチェの屋台が出なくなり、週に一度の楽しみがなくなって久しい。
「お前の立場なら用心するのは仕方ないか。女神に誓ってお前に毒など盛らないから、少しの間お茶に付き合え。その代わり何か聞きたい事があれば一つだけ答えてやろう。因にこのお茶はミホも飲んでいる。疲れが取れるぞ」
聞きたい事は山ほどある。
「…いただきます」
おずおずと一口飲んだお茶は、スッキリとした後味で美味しかった。薦められるままにクッキーを食べる。サクサクとした食感と程よい甘さはもう一度食べたいと願っていた味で、レンはつい思ったまま口に出した。
「これ、どうやって手に入れたんですか?」
「そんな事を聞きたいのか?」
レンは慌てて首を横に振った。しばらく考えた後、先程の記憶で気になった事を聞いてみる事にした。
「さっきの記憶の中で女神様に呼び出されるとか言ってましたが、あなたは女神様に直接会って話したりできるんですか?」
「直接会うというわけではない。説明するのが難しいんだが、精神世界というか、この世ではない場所に意識だけ呼び出される感じなんだ。封印されている時は意識が他に向く事がないから、呼び出しやすいようだな」
「でもあなたからも意思疎通は可能なんですよね? さっき女神様が嫌だと仰るとか言ってたじゃないですか」
「ああ。私はこの世界で一番女神に近い存在だ。ほんの僅かな時間だけなら可能だが…」
魔王はおもむろにパンッ、パンッと柏手のように2回間を置いて両手を叩いた。
「一度に交信できる時間はこの位だから、お互いにたいした話は出来ない。それに女神と交信すると魔力の消耗が激しいから、滅多にはしないな」
「ふ〜ん」
僅かな時間とはいえ、魔王だけ女神様と意思疎通が出来るなんて狡いと思う。それが顔に出ていたのか、魔王は言葉を続けた。
「人間は直接女神と言葉を交わすことはできないが、神殿にある女神の書を通して神託を受け、昔から天災を免れている。ただ女神もこちらの世界に干渉する時にかなりのエネルギーを消耗するらしく、あまり多くは語れないようだ」
「ふ〜ん。それでもこの世界に生きる人達の事を気にかけているなんて、女神様ってやっぱり慈悲深いんですね」
レンの言葉に魔王は複雑そうな顔をした。
「…まあ、そうだな。人間も魔物も女神にとっては子供のような存在で、平等に愛してくれている。少々過干渉気味だとは思うが」




