魔王の記憶6
「せっかくの酒や料理も、このままでは楽しめないな。青の間に移るとしよう」
魔王がそう言って指をパチッと鳴らすと、全員が謁見の間よりも狭い(と言っても十分広いが)部屋に一瞬で移動していた。
そこは壁や天井が白くて、明るく開放感のある空間だった。絨毯や椅子・カーテンなどの青色を基調とした家具には星の様な銀色の装飾が散りばめられており、とても美しい。
シヴァは慣れているのか驚いた様子もなく、中央に備えられた丸いテーブルに料理を並べ、モリスは呼び鈴を鳴らして召使いを呼ぶと、人数分のグラスと皿を持ってくるように指示した。
しかしお母さんは料理を手に持ったままポカンと口を開けてキョロキョロと部屋を見渡していた。やがて、同じように驚いた様子のラーソンと目が合うと、
「すごい! こんな素敵な部屋があるなんて思わなかった」
「全くだ。城の中全部見て回りたいな。探検しようぜ、探検」
と、キャッキャと無邪気にはしゃいでいた。
(確かにイメージと違うもんな。魔王城って、薄暗くて不気味な感じだと思ってた)
「ラーソン、騒ぐんじゃない、さっさと席に着け」
「ミホ、お前も料理を置いて、ここに座れ。魔王様をお待たせするな」
その言葉にハッと我に返ったお母さんは、示された席を見てまた驚いた。
「えっ? 私達が魔王様の隣に座るの?」
「作戦会議を兼ねた顔合わせだ。緊張するのは分かるが、今のうちに慣れておいたほうがいいだろう」
偶然にもお母さんは魔王の右隣の席だったので、レンのすぐ側に座った。凄く緊張した面持ちだ。ラーソンもやや緊張した面持ちで、魔王の左隣の席に座った。
全員のグラスにエールが注がれると、魔王がグラスを掲げた。
「では子供達の救出作戦の成功を祈って乾杯しよう」
「「「「乾杯!」」」」
魔王は一口エールを飲むと、満足そうに微笑んだ。
「成る程。自慢するだけあって美味いエールだ。香りもいい。気に入った」
「ありがとうございます。こっちの果実酒も選りすぐりのものです」
「それは楽しみだ」
魔王の言葉にラーソンは満足そうにニカッと笑い、胸を張ってドヤ顔になったが、隣に座るモリスから「調子に乗るな」と机の下で足を蹴られていた。
魔王はテーブルに並べられた料理を一瞥すると、今度はお母さんに話しかけた。
「いくつか見慣れぬ物があるな。ミホ、料理の説明をしてもらえるか?」
「あっ、はい」
お母さんは姿勢を正してグラスを置くと、魔王の皿に取り分けられた料理の説明を始めた。
「こちらからガーリックトースト、スパイシーミックスナッツ、生ハムのバジルとチーズ巻き、それとパリパリチーズです」
「パリパリチーズ?」
「荒く削ったチーズをフライパンで焼いたものです」
「ほう。シヴァは食べた事があるか?」
「ええ。普通のチーズとは違った食感が楽しめます。他の料理も美味しいですよ」
テーブルに並んでいるのは短時間で出来る簡単な料理ばかりだが、見るからに美味しそうだ。
パリパリチーズはお父さんの好物で、よくビールのおつまみにしていた。レンも分けて貰って、蜂蜜をかけて食べたものだ。久しぶりにお母さんの料理を目にして、レンはゴクリと唾を飲み込んだ。
「ふむ。後を引く味だな。エールにもよく合う」
「ありあわせで作った物ですが、お口にあって良かったです」
「短時間で4種類も用意するとは、たいした腕だ」
「ありがとうございます」
魔王に褒められて、お母さんはホッと肩の力を抜いた。
それから作戦についての具体的な話し合いが始まった。初めは味も分からないような顔で食事をしながら、控えめに意見を出していたお母さんだったけど、ラーソンがお酒のおかわりを勧めたり、冗談を言って笑わせたりして緊張がほぐれたようだった。
子供達の置かれている状況についての話題になると、シヴァが顔をしかめた。
「混血児の記憶によると、別邸の地下に押し込められているようです。劣悪な環境ですが、奴自身が子供時代をそこで過ごしていたようで、なんら罪悪感は持っていないようでした。毎日食べさせてもらえるだけ、ましだろうという考えみたいです」
「どれだけ酷い環境で育てば、そのような思考になるのか」
モリスの言葉にシヴァは目を伏せた。
「名前も付けてもらえず、物のように扱われていた。同情を禁じ得ない生い立ちだったのは間違いない。だからといって、奴の罪が赦されるわけではないがな。…せっかくの酒がまずくなるので、この話は以上だ。それより一日も早く子供達を救出できるよう準備を急ごう。ミホ、ラーソン、チャンスは一度だけだ。失敗は許されんぞ」
「わかってるわ」
「おう、任せておけ!」
キュッと表情を引き締めたお母さんを見て、魔王が笑った。
「この間も思ったが、ミホは見かけに寄らず度胸があるな。混血児に対峙した時も、初めは怯えていたようだが、すぐに立ち直って応戦していたし、そのパワーは何処から来るんだ?」
お母さんは困ったように曖昧に微笑んだ。
「あの時は必死だったんです。生き残る為の一か八かの賭けでした。あいつを見た瞬間、恐怖で足がすくんで震えが止まらなかったけど、シヴァが手を握ってくれて」
(え、何? のろけを聞かされるの?)
「息子を残してここで死ぬつもりか? って発破をかけてくれたんです。蓮を取り戻すまで死ぬわけにはいかないって思ったら、勇気が出ました」
(!!)
レンはびっくりしてお母さんとシヴァを交互に見た。
「ふーん。そんなに息子に会いたいか?」
「もちろんです!」
「心配せずとも神官達が面倒を見ているだろう。大切な勇者様だからな。そのうち私を討ちに向こうからやってくる」
「大事な一人息子をそんな危険な目に曝したくありません! あいつらの思い通りにさせるもんですか!」
お母さんは立ち上がると、グラスになみなみとエールを注いで高く掲げた。
「私は絶対にあの神官をぶん殴って、蓮を取り戻してみせる! それまでしぶとく生き残ってやる!」
そう宣誓すると、お母さんはゴクゴクと喉を鳴らしてエールを一気飲みし、空になったグラスを勢い良くテーブルに置いた。完全に目が据わっている。
「攫われた子供達も蓮と同じよ。可哀想に、卑怯な大人達にいいようにされて…。絶対に助けて見せるわ」
「いいぞ! その意気だ! 頑張れ!!」
「ありがとう、皆さん、ありがとう!! 力一杯頑張ります!」
ラーソンが口笛を鳴らしながら声援を送ると、お母さんは両手を振って応え、再び酒を注いだ。
「待て待て。お前、完全に酔っぱらってるだろう。それ以上飲むな。水を飲め」
「ラーソン、魔王様の御前だという事を忘れるな!」
幹部2人が酔っぱらいを介抱しているのを、魔王は面白そうに見ていた。
(お母さん、俺の事をこんなに心配してくれてたんだ。嬉しいけど、酔っぱらっている姿はちょっと恥ずかしいな)
大人になってお酒が飲めるようになっても、こうならないよう気をつけよう、とレンは思った。




