魔王の記憶5
(なんか俺が思ってた魔王のイメージと全然違うな…)
レンは隣に座る魔王の顔をマジマジと見た。幹部達の反応が面白いのか、口の端が僅かに上がっている。その視線の先を辿ると、お母さんが真っ青な顔で口をぽかんと開けていた。
(お母さん、めっちゃ動揺してる。大丈夫かな)
全然大丈夫じゃなかったんだろう。
お母さんはおずおずと手を上げて、同行者としてモリスの弟のラーソンを希望した。
モリスは、あいつを魔王様に会わせるのは無理だと慌てていたけれど、お母さんの反応は違った。「彼がいてくれると心強い」とか「器が大きい」とか、とにかくラーソンを褒めまくり、魔王も「会ってみたい」と興味を持った。
(ふーん。お母さんがここまで頼りにするなんて、どんな奴なんだろう。てっきりシヴァを指名すると思ったのに)
チラッとシヴァに目をやると、無表情で静かに話を聞いており、感情は読めなかった。
それから後は作戦準備に関する話題になり、再びお母さんは幹部達と真面目に話し合い始めた。
しばらくの間それを眺めていた魔王が、ふとレンを見た。
「あの話し合いはしばらく続くが、このまま見続けるか?」
「いえ、もう結構です。それよりラーソンが気になります」
レンの答えに魔王は楽しそうに笑った。
「いいだろう。ではいったん目を瞑り、一呼吸置いてから目を開けろ」
素直に言う通りにすると、お母さんや幹部達の姿が消え、モリスだけが側に控えていた。
「モリス、お前の弟の姿が見えないが?」
「何やら準備があると言って姿を消したのです。時間通り来なかった場合は、厳しく処罰致します」
やがてお母さんとシヴァがやって来て、魔王に挨拶をした。
その後すぐ扉が開いて、モリスによく似たドワーフが入ってきた。
(あれがラーソンか)
両肩に酒樽を抱えた状態で部屋に入ってきたラーソンは、シヴァとお母さんを見て嬉しそうに声をかけた。
「おお!シヴァ、ミホ。この間ぶりだな。今回の作戦を聞いたぜ。まずはうちの酒を魔王様に飲んでもらおうと思って持ってきたところだ。ついでにミホの快気祝いも兼ねるか!」
そう言って豪快に笑うラーソンに、お母さん達は呆気にとられた。
モリスは両手で顔を覆いながら「あの馬鹿! 魔王様にご挨拶するのが先だろうが…」と呟いていた。
しかし魔王は怒るどころかツボに入ったようで、俯いて肩を震わせて静かに笑っていた。
「おつまみ作ってきま〜す」
お母さんはそう言って、走って出て行ってしまった。
「ふふふ、はははははっ」
とうとう堪えきれず、魔王は声をあげて笑った。
「そなたがラーソンか。成る程、今回の作戦にはぴったりだな」
魔王に声をかけられたラーソンは、酒樽を床に置くと恭しくお辞儀した。
「お初にお目にかかります。ラーソンと申します。え〜…ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます…で、あってるか?兄貴!?」
「この馬鹿! 挨拶もまともに出来んのか? もう黙ってろ! 申し訳ありません、魔王様」
「赦す。楽にせよ」
さすがのシヴァも、このやり取りを聞いて笑っていた。ラーソンはシヴァの隣に来ると機嫌良く話しかけた。
「ミホはすっかり元気になったようだな」
「ああ、副作用もでなくてホッとしてるよ」
「ははは、嫁に貰い損ねたなぁ」
「何の話だ?」
2人の会話に魔王が口を挟むと、シヴァは少し気まずそうな顔をした。
「ミホは右手に深手を負っていて、通常の回復薬では治らなかったんです。ご存知の通り、私は回復魔法が得意ではないので、使うのを躊躇っていたらラーソンが背中を押してくれました」
「副作用でミホの外見が変わったら可哀想だと言ってたから、その時は俺が嫁に貰うと言ったんですよ」
「そうならないよう、物凄く集中したとも」
「ほう? ミホをとられたくなかったのか?」
揶揄うような魔王の言葉に、シヴァは少し真面目な顔になった。
「ミホは息子との再会を心の支えにしています。でももし肌や髪の色が変わって人間離れした姿になってしまったら、息子との再会を躊躇うかも知れない。息子だって母親の姿にショックを受けるでしょう。そんな事になったら可哀想じゃないですか。まあその時は責任をとって面倒見るつもりでしたが」
(え? 俺の事も気にかけてくれたの?)
シヴァの言葉にレンはビックリした。
「随分と優しくなったものだ。ガロンの事があるからか?」
「そうですね。あの子を助けた事を後悔はしてませんが、副作用の所為で外見が変わって苦労させた事は申し訳なく思ってます。しかしこの間ガロンが、今の姿でも不幸ではないと言ってくれて、救われました」
そう言ってシヴァは柔らかく微笑んだ。
「副作用か…。シヴァ、お前ガロンに回復魔法をかけた時、何か願わなかったか?」
魔王の言葉にシヴァは目を瞑り、額に手を当てて考え込んだ。
「願い…ですか。言われてみれば、あまりにも小さく弱々しかったので、大樹のように大きく、岩のように頑丈に育つよう願った気がします」
「ミホに回復魔法をかけた時は?」
「姿形が変わらないようにと強く願いましたが…。それが何か?」
首を傾げて怪訝な顔をしているシヴァに、魔王は呆れたように言った。
「それだけの力を持っているのに、自覚が無いとは恐ろしいな。ガロンの外見が変わったのは副作用じゃなく、付与魔法の一種だろう。普通の付与魔法なら一定時間で解除されるはずだが、お前の場合は、もはや呪いに近いな」
「呪い…」
「いや、ガロンの不幸を願ったわけではないから呪いというのは間違いだな。祈りと言った方がいいだろう。お前は力が強すぎて、回復魔法の際の祈りが具現化したんだと思う」
「祈りが具現化、ですか。…しかしガロンの外見が変わるよう願ったわけではないのですが」
「そうだな。我々と次元が違うせいなのか、女神はその辺りが雑なんだよな。そのせいでどれだけ苦労したことか…」
魔王がフッと諦めたように笑って、遠い目をして呟いた。
「私も勇者も女神の祝福を賜ったが、それは同時に運命に縛られる呪いでもある。ミホの息子はまだ13だったか。同情を禁じ得ないな」
(まるで女神様とあった事があるような口ぶりだな。でも祝福が呪いでもあるっていうのは同感かも)
レンは魔王の言葉に頷いたが、モリスは慌てていた。
「魔王様と言えども、女神様に対して滅多な事は仰らないで下さい」
「うん? …ああ、気をつけよう。シヴァ、お前も気をつけろ。お前はどうやら女神のお気に入りらしい。大抵の願いは叶えてくれるだろうが、ガロンのような例外もあるからな」
そう言われて、シヴァは眉根を寄せた。
「女神様が私を?」
「ああ。しかし女神の愛は必ずしも幸せになるとは限らない。女神の愛し子が良い例だ」
「女神様の愛し子…ですか」
「優秀過ぎる能力というのは周りから恐れられる。シヴァ、お前も覚えがあるだろう」
「…」
シヴァは答えなかったが、沈黙は肯定である。
「女神の愛し子は私と同じく100年に一度生を受けているが、人間社会に馴染めずにいつも早死にしていてな。その度に女神から呼び出されて文句を言われるんだ。封印されている間の事など、どうしようもないというのに」
「…それは大変ですね」
「全くだ。この時代の愛し子はまだ存命中らしいから、絶対に保護しろと言われた。シヴァ、お前なら分かるだろう。愛し子に会ったら丁重に扱え」
「は? 恐れながら私はこれまで女神様の愛し子にあった事はありません。何らかの特徴があるのですか?」
「どの時代の愛し子も優れた頭脳を持ち、精霊の加護を受けている。それから我々に対して偏見を持たず、人間と魔物の共存を夢見ている」
魔王の言葉に、モリスとラーソンは思わずと言った様子で顔を見合わせた。
「優れた頭脳の持ち主でも、どうやら現実が見えていないらしい」
「ここまで拗れたら、さすがに無理じゃねぇかな」
本人達は小声で話しているつもりらしいが、離れているレンにもバッチリと聞こえた。
「人間の愚かな行動の所為で昼と夜に別れたが、元々我々は共存していたからな。女神様は昔の平和な時代に戻る事をお望みなのだ。そして愛し子は、その願いを叶える手助けをする存在だ」
(人間と魔物が元々共存していたなんて…。リアム神官も先生も、そんなこと教えてくれなかった。…でも先生は、魔物が必ずしも悪とは限らないって、いつも言ってたな)
以前は魔物がお母さんの仇だと思っていたから、どうしてもその言葉を聞き入れる事は出来なかったけれど、今ここにいる彼等の言葉を聞いていると、それが間違いじゃなかったかもと思えてくる。
「分かりました。もしも女神様の愛し子を見つけましたら、保護して魔王様にご報告致します」
「うむ」
その時、お母さんが扉から顔を出した。
「シヴァ、おつまみ出来たから運ぶの手伝って」
「わかった。魔王様、少し失礼致します」
軽く頭を下げて席をたったシヴァの後ろ姿を見ながら、魔王はモリスとラーソンに話しかけた。
「お前達は人間との共存が無理だと思っているようだが、既にシヴァは実行しているぞ」
「確かにそうですな。しかしミホが特殊なだけで、他の人間はそうもいかんでしょう。家族や仲間を殺された負の連鎖は、そう簡単に止まるものではありますまい」
「そうだな。一旦全てを壊してゼロから始めた方が簡単かも知れない」
魔王は天井を仰いだ状態でしばらく目を瞑っていたが、やがて肩をすくめて首を元に戻した。
「やれやれ…女神はそれは嫌だと仰る。全く我が侭な事だ」
お母さんとシヴァが両手に皿を載せて部屋に入ってくるのを見て、魔王は薄く笑った。
「まあ、あのシヴァにも変化があったんだ。未来が変わる可能性もゼロではないだろう」




