逃走
初めて足を踏み入れた人間の街は、想像以上に沢山の建物や見た事のない珍しい物で溢れかえっていた。
以前、ダンが教えてくれたと言って、ミホが首都の話をしてくれた事がある。様々な食材で溢れる市場や旅芸人の曲芸など、想像するだけでも面白そうで、いつか実際にこの目で見てみたいと思ったものだ。
だけど現実はちっとも楽しくなかった。
何もしていないにもかかわらず、人間はガロンの姿を見るや悲鳴を上げて逃げ惑う。
まあ、それは仕方ない。俺は同族にすら遠巻きにされる程の見た目だし。
でも問答無用で、武器を持った大勢の騎士に追い回されるのには参ってしまった。
(一対一なら相手を殺さずに勝てると思うけど、複数相手だと加減が難しい。ひょっとすると死んじゃうかも知れない。戦争は終わったんだから、さすがにそれはまずいよな)
大勢の騎士が自分に敵意を向けている事に気付いて、隠れられそうな場所の多い居住区へと飛び込んだガロンは、走りながら考えを巡らせた。
(…あれ? じゃあ何であいつら俺を追っかけてくるんだろう? もしかして戦争が終わった事を知らないのかな)
それなら話してみようと、チラッと後ろを振り返ったガロンだったが、殺気を隠す事なく追いかけてくる騎士の目を見てその気も失せた。
その騎士がガロンを見る目は恐怖ではなく、憎悪だった。
(無理だ。話を聞いてもらえそうもない)
初めてそんな目で見られて、ガロンはどうしていいか分からなくなった。色とりどりの光で覆われた空を見た時の感動も薄れる程、ガロンの気分は凹んだ。
(とりあえず、戦闘を避けて逃げ切らなくちゃ)
捕まりそうになる度に、馬の入ってこれない障害物のある狭い路地に飛び込んでやり過ごしていたが、追っ手は連携をとってガロンを追いつめてくる。
(騎士達に遭遇する前に水を飲んでいてよかった。そうじゃなかったら、疲れて動きが鈍るところだった)
馬にも劣らない俊足のガロンだったが、この地に疎い為にとうとう3人の騎士によって袋小路に追いつめられてしまった。その中の1人は、ガロンを憎悪に満ちた目で睨んでいる。
(どうしよう…道がない。戦うしかないのかな)
追いつめられたガロンの脳裏に、ミホの顔が浮かんだ。
(そうだ、別に道にこだわる必要ないか)
この辺りの建物の高さなら、助走をつければ十分に跳べる。
ガロンは騎士達に向って勢いよく走り、武器が届かない距離で思い切り地を蹴って、建物の屋根に降り立った。
高い壁に囲まれているせいで閉塞感のある居住地区だったが、屋根の上は見晴らしがよく開放的だった。
眼下の3人以外の騎士の位置も一目瞭然だったので、ガロンは彼等のいないルートを屋根伝いに走り、神殿に面した壁を越えた。
飛び越えた壁の向こうは、街とは全く異なる光景が広がっていた。
広大な丘いっぱいに香りの良い柔らかな草が生い茂っており、所々に木が生えている。丘のあちこちではコロコロとよく肥えた羊が草を食んでいた。
そしてその丘の上には色とりどりの光の柱に囲まれた、白く美しい神殿が建っていた。
「うわぁ」
開放的な光景に、ガロンは感嘆の声をあげた。
すうっと息を吸い込むと草の香りが肺を満たし、ガロンは元気を取り戻した。
神殿を目指して走っていたガロンだったが、しばらくして複数の蹄の音がした。
「まだ追ってくるのか。しつこいな」
流石に辟易したガロンはくるりと振り向くと大きく息を吸い込み、馬に向って咆哮した。
「がおぉぉぉぉぉ!(それ以上近づいたら喰うぞ!)」
魔力を乗せた咆哮はてきめんだった。
声に驚いて急に立ち止まった馬から落馬する者、後ろ足だけで立ち上がった馬から振り落とされる者と様々だったが、いずれも本能で命の危機を察知した馬が怯えて動かないため、ガロンを追跡できなくなった。
「これでもう邪魔されないな」
ガロンは意気揚々と神殿へと向かった。
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