追跡〜エルマー視点
魔物から逃げてきた人達の証言を元に、聖騎士達は馬を進めた。
「凄くでかい魔物だった!」
「見た事のないくらい恐ろしい姿だった」
「凄い勢いで追いかけられて、死ぬかと思った」
魔物の様子を話す人々は、その時の恐怖を思い出して青ざめたり震えたりしていたけれど、誰かが襲われた所を見たものはいなかった。
「幸いまだ被害は出ていないようだな」
「ええ。目撃情報をまとめると、どうやら神殿に向かっているようです」
「そうか。しかし魔物が戻ってくる可能性もある。キース班はここに残り、人々の避難誘導及び西エリアの護りを頼む」
「はっ!」
アルヴィンは6名の部下を残して魔物の追跡を続けた。
神殿の麓の町で、聖騎士は魔物に追いついた。居住地区から大通りに出ようとしていた魔物は聖騎士に気づき、元いた場所へと逃げていった。
「魔物を目視! 前方に住民がいます!」
「下手に攻撃すると住民に被害が及ぶ可能性がある。住民の避難を最優先にしろ!」
「はっ!」
魔物は多勢に無勢と思ったのか、戦う素振りは見せずに住宅地の路地に逃げ込んだ。
「住宅地に逃げたぞ! 住人に戸締まりをして外に出ないよう手分けして注意喚起しろ! フィリップとレンは私と来い! エルマー、この人達を安全な場所へ」
「「「はっ!」」」
アルヴィンの指示で仲間達は散り散りに去って行き、エルマーはその場に残った。成人男性が5人、少女が1人、老人が1人。この数ならエルマー1人でも誘導は可能だとアルヴィンは瞬時に判断したのだろう。
「皆さん、大丈夫ですか? お怪我はありませんか? 安全な場所にお連れします」
「俺達は大丈夫だが、その婆さんはまだ動かさないほうがいいんじゃないかな」
エルマーが馬上から声をかけると、男の1人が老婆を気遣うように言った。
「大丈夫ですか?」
エルマーは馬から降りて老婆に声をかけると、老婆は弱々しく頷いた。すぐ側で孫と思しき少女が老婆の服を掴んでしゃっくりをあげていた。
「魔物に追いかけられて怖かったね。もう大丈夫だから安心して」
そう言って微笑みかけると、少女は涙をいっぱいたたえた目で頭を振った。
「ち…ヒックがう、ヒック…ちがう…の…」
「何が違うの?」
「おばあちゃんを…ヒック…助けてくれたの」
「…あの魔物が?」
エルマーが信じられない思いで聞き返すと、少女は頷いた。エルマーは事情を聞く為に、少女が泣き止んで話せる状態になるのを待った。
****
誕生日のお祝いに何でも好きな物を買ってくれると祖母が言ってくれたので、メインストリートに買い物に来た。可愛い人形を手に取った時、「魔物だ! 逃げろ!」という叫び声が聞こえ、たちまちメインストリートはパニックになって人々は逃げ惑った。
「リタ! 私達も逃げるよ!」
祖母は少女の手を取って走り出したが、しばらくすると息があがりだし、やがて苦しそうに左胸に手をやって倒れた。
「おばあちゃん! しっかりして」
「私は…もうダメだ。お前だけでもお逃げ」
「やだやだ、おばあちゃん。誰か助けて! 井戸まで連れてって」
しかし誰も立ち止まる事なく走り去っていった。
ひゅーっひゅーっと苦しそうに息をする祖母の側で成す術もなく泣いていた時。
「どうした?」
そう言って立ち止まってくれたのは、大きな緑色の魔物だった。見た事もない大きな魔物よりも、祖母が死んでしまうかもしれない方がずっと怖かった。
「お、おばあちゃんが…」
魔物は困ったように首を傾げた。
「俺、回復魔法使えないんだ。じいちゃんがいれば良かったけど…」
「井戸まで連れてって。お水を飲めばきっと治るから」
「分かった」
魔物はひょいっと祖母を左肩に担ぐと、ついでとばかりに少女を右の小脇に抱えた。
「俺が走った方が早い。案内しろ」
「あっち」
そうして、この井戸まで連れてきてくれたという。
「信じられないな」
小さく呟いたエルマーの言葉に反応したのは、近くにいた男達だった。
「その子は嘘を言ってないぜ」
「ああ、俺達も魔物がその2人を抱えてくるのを見た」
男達は複雑そうな顔をしながら、見たままを話してくれた。
不幸にも魔物の進行方向にいた男達は悲鳴を上げながら必死に逃げていたが、そのうちに追い抜かされて、やがて遠ざかる大きな背中をポカンと見送る事になった。
「…あれ?」
「あの魔物、俺達を食う為に追いかけてたんじゃないのか?」
「とりあえず助かったんだからいいか」
「あ〜、疲れた。水飲みてぇ」
「俺も。井戸に行こうぜ」
神殿の丘の麓の町の井戸には、癒しと回復の効果がある泉の水が流れ込んでおり、誰でも自由に飲む事が出来る。乾いた喉を潤そうと、男達はゾロゾロと連れ立って井戸へと足を向けた。
「あ〜、うめぇ。生き返る」
「沁みるな〜」
「しばらく動きたくねぇ」
魔物が遠ざかった安心感で気が緩んだ男達が、井戸端に座り込んで疲れを癒していた時である。
「水、貰えるか?」
「ああ、今ど…く」
水を汲むのに邪魔になるだろうと、腰を浮かせた男達は固まった。自分達に声をかけてきたのが、先程遠ざかっていったはずの魔物だったからだ。魔物の左肩にはぐったりとした様子の老婆が、右の小脇には半べその少女が抱えられていた。
「ひ、ひぃっ!」
「でたぁっ!」
ずざざっ、と井戸の周りから後ずさりした男達に目もくれず、魔物は腰をかがめて老婆と少女を井戸の近くにそっと降ろした。少女は井戸に飛びつく勢いで水を汲み、備え付けの共有コップを満たすと老婆の傍らに膝をついた。
「おばあちゃん、お水よ。飲んで」
ハァハァと息苦しそうにしていた老婆は、孫と思しき少女に支えられて何とか水を飲み、ようやく落ち着いたようだった。
「大丈夫?」
「…ええ、ありがとう。少し休めばすぐ良くなるわ」
「ぐすっ、良かったぁ。死んじゃうかと思ったぁ。わあぁぁぁん」
安心した少女が祖母に抱きついて泣き出した。
魔物は腰をかがめた状態でしばらく2人の様子を見ていたが、やがて思い出したように桶に残った水をゴクゴクと音を立てて飲み干し、ぐいっと口を拭って立ち上がった。
「ばあちゃん、もう大丈夫そうだな」
「…ヒック、あ、ありが、ヒック…とう」
少女がしゃっくりをあげながら礼を言うと、魔物が小さく頷いた。
「じゃあな」
魔物はそう言うと駆け出して行き、大通りに差し掛かる手前で踵を返して戻ってきた。
「うわっ、又来た」
「い、一体…?」
迫り来る魔物に怯えた男達の耳に、複数の蹄の音が聞こえた。
「…で、あの魔物はこっちに引き返してきて、あっちに逃げたんだ」
「まあ、婆さんが具合が悪くなった原因はあの魔物だけどな」
「でも追いかけてたわけじゃなかったみたいだし…」
「ああ。俺達が勝手に怖がって逃げたんだよな。…今でも怖いけどよ」
男達の証言を聞いて、エルマーは目を丸くした。
「じゃあ、あの魔物の目的は何だ? 一体どこから来たんだろう」
住民が襲われなかったのは僥倖だが、そもそも首都に魔物が入り込んだという事が問題なのだ。
「聖騎士様、あの魔物を退治するの?」
「被害が出る前に魔物を捕らえなきゃいけない。人々の安全を守るのが聖騎士の仕事なんだ」
「でも、おばあちゃんを助けてくれたのに…」
少女の言葉に、エルマーは言葉に詰まった。
「聞いて。俺は無害な魔物を傷付けないって女神様の誓いを立ててるんだ。君達を安全な場所に送ったら、すぐに仲間達を追って今の話をするよ」
エルマーの言葉に、少女はようやく笑った。
「本当? 聖騎士様、約束ね」
「うん。じゃあ急ごう」
エルマーは老婆と少女を自分の馬に乗せ、男達を誘導してその場を後にした。
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