ガロン4
のんびりと食後のお茶を楽しんでいたダンの平和な休息時間は、血相を変えてやってきたシヴァによってあっけなく壊された。
「ダン! 今すぐ私と一緒に来てくれ!」
シヴァはそう言うと、問答無用とばかりにダンの腕をとって立ち上がらせ、強引に引っ張って足早に歩き出した。
「は!? え? ちょっ…おい、引っ張るなって。せめて訳を話せ」
「ガロンが首都に行った」
歩みを止める事なく告げられた言葉に、ダンは目を丸くした。
「は? なんで!? 嫌な予感しかしないんだが!?」
「魔王様に空の異常を報告しにいったら、将軍が国王を討った事を教えてもらった。戦争が終わった事を告げた途端、ガロンがミホを迎えにいくと言って、止める間もなく走っていってしまったんだ」
「ちょっと待て。情報量が半端無いな。何だ? 空の異常って?」
「見れば分かる。それよりガロンを連れ戻すのが先だ」
シヴァが扉の前でパチリと指を鳴らすと、一瞬で銀髪から黒髪へと変わった。
「うおっ! 魔法ってすげぇな。どんな仕掛けだよ?」
シヴァは驚いているダンに構う事なく、首都へと続く扉を開けた。当然のごとく、ガロンの姿はなかった。
「ミホを迎えにいくと言ってたから、神殿のほうへ向ったんだと思う。ダン、案内を頼む」
しかしダンは空を見上げたまま動けなかった。建物の間から覗く空の様子が異常だったからだ。
「おいおい、何だこりゃ。俺が帰る時はこんなじゃなかったぜ」
「あの光は神殿から溢れ出ている魔力だ。害はないはずだ。急げ」
「わかった。こっちだ」
シヴァに急かされて、ダンは大通りに通じている細い路地を走った。そして誰もいない大通りを見た2人は、嫌な予感が現実となった事を知った。
「…ガロンを見てパニックになった奴らが逃げ惑ったんだろうな」
「人々の反応にガロンは傷ついたはずだ。…可哀想に」
(いやいや、あの巨体と鋭い爪を初めて見たら、そりゃ普通の奴らはビビるって)
シヴァが心配した表情でガロンを案じているから流石に口には出さなかったけど、ダンはげっそりした顔でその場に居合わせた人々に同情した。
「それにしても、これだけ見通しがいいのにガロンの姿形も見えないな。何ですぐ俺のとこに来なかったんだ?」
「すぐに行ったさ。ガロンは足が速いんだ。馬が調達できればいいんだが」
「馬か。確かに俺も1日2回も神殿まで往復するのはキツいな」
どっかで調達するか、と思案していると、後ろの方から人の声が近づいてきた。
「街に現れたって事は、捕獲された魔物が逃げ出したんだろう。手負いか?」
「そこまでは分からん。幸い暴れたりはしてないようだが」
「せめて魔物の種類が分かれば対策もとれるんだが」
「近くで見た奴の話だとリザードマンっぽいんだが、通常よりでかいし、何より緑色らしい」
そう話しながら近づいてきた人影は、クロスボウやロングソードなどを装備した4名の冒険者と、馬に跨がった2人の警備員だった。警備員の顔を見たシヴァはニヤリと笑った。
「どうやら運には見放されていないようだ」
そう言って道の真ん中に立ち塞がったシヴァは、当然彼等の目を引いた。
「なんだぁ? てめぇは?」
「まて。君は…もしかしてドルチェの?」
口髭を蓄えた警備員が、ガラの悪い冒険者を手で制しながら、シヴァを見て驚いたような表情をした。
「ええ。お久しぶりです。ルイスさん。その節はお世話になりました」
「おお、やはり。こちらこそ世話になった。ところでその格好は?」
「まあ、色々ありまして…」
曖昧にごまかすシヴァにルイスと呼ばれた警備員は首を傾げたが、すぐに表情を引き締めた。
「無事で何よりだが、先程魔物がこの近辺に現れたと報告があった。怪我をする前に帰った方がいい」
「そのお言葉、そっくりそのままお返しします。魔物を追うより、住民を避難させる事をおすすめします」
その言葉に冒険者達が憤慨した。
「なにぃ!? 俺達を馬鹿にしてんのか?」
「おいおい兄ちゃん、そのお綺麗な顔に傷を付けたくなけりゃあ、さっさとどきな」
しかしシヴァは馬鹿にしたように肩をすくめただけだった。
「戦争に参加していない冒険者なぞ、私の相手じゃない」
そう言い終わると、冒険者達の目の前にゴツゴツとした巨大な氷の塊が次々に降り注ぎ、壁のように行く手を塞いだ。
「うわあぁぁ!」
「その氷を一瞬で溶かすか、砕くかしてみろ。出来ないなら魔物の討伐は諦めて帰れ。邪魔だ」
腰を抜かした冒険者達に、シヴァは冷たい目を向けた。
「ヒヒーン!」
「うわっ!」
氷の塊に驚いたのか、それともシヴァの殺気に当てられたのか。いずれにせよ、突然馬が暴れたため、警備員の2人は振り落とされた。シヴァは素早く駆け寄って2頭の手綱を持ち、馬を落ち着かせながら警備員に声をかけた。
「驚かせてすまない。君達を巻き込むつもりはなかったんだが」
「ああ、大丈夫。しかし驚いたな。この氷は君が? もしかして氷の魔鉱石を使ったのかね」
「まあ、そんな所だ。詳しい事は言えないが、我々も魔物を追っているんだ。傷付けずに生け捕りにして森に返さないと、大変な事になる。しばらく馬を貸してくれないだろうか」
「大変な事って?」
「…エリア一つ無くなるだけですめばいいがな」
「なんだって? そんなに危険な魔物ならば、我々の手には負えないな」
「あの魔物は人を襲うつもりはないから、被害は出てないはずだ。しかし、攻撃を受けたら話は別だ。だから絶対に手を出さないように周知してくれ」
ルイスはシヴァの顔をじっと見た。
「よくわからんが、貴方は我々の知らない事情を知っているようだ。この間の借りもあるし、信用しよう。馬は後日、南エリアの警備隊の駐屯所に返しにきてくれればいい」
「恩にきる」
シヴァはひらりと馬に跨がると、もう一頭の手綱をダンに投げて寄越した。
「行くぞ!」
「お、おお」
「頼んだぞ〜! 気をつけてな〜!」
その場を後にした2人の背中に、ルイスの応援の声がかかった。
ダンはシヴァと並走しながら叫んだ。
「おい!…ガロンは!…そんなに!…ヤベェのか!?」
「あの子に!…何かあったら!…許さない!!」
「お前かよ!!」
シヴァは身内には優しいが、敵に容赦ないのは学習済みだ。さっきの言葉は大げさではなく、事実なのだろう。
(ガロン、頼むから無事でいろよ)
ダンは冷や汗をかきながら、必死で馬を操った。
読んで下さってありがとうございます。




