救出
ニルスが地図をテーブルに広げた。
「シヴァの話からすると、ミホが連れ去られた先は、この地底湖で間違いないと思う」
モリスは、ニルスが持ってきた地図の一点を指して言った。
「食料庫がここ、地底湖はここだから、穴がまっすぐ伸びていたとしても、しばらく時間はかかる。
この地底湖に続く水路は一つだけだから、そこを塞げば捕まえられる。
ラーソン、船を二隻用意しろ。二手に分かれて先回りするぞ」
「わかった。シヴァ、あんたはニルスの船に乗ってくれ。こいつが一番漕ぐのが早い。もう一隻には俺と兄貴が乗る」
「俺も行く!」
ガロンは自分もミホの救出に行きたがったが、それをニルスが制した。
「すまん、ガロン。船は我々用に作ってあるから、お前さんが乗るには小さすぎる。悪いが遠慮してくれ」
「ガロン、気持ちは分かるが、私達に任せてくれ。今は一刻を争うんだ。わかるね?」
シヴァに諭されてガロンはうなだれた。
「じいちゃん、ミホは・・・」
「必ず助ける。3人で一緒に帰ろう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
水路を進んで目的の地底湖に着くと、思いがけない光景が広がっていた。
中央付近で一層の小舟が勢い良く燃え盛り、周囲を明々と照らしている。
船に人影は見えなかった。
「一体、何が起こったんだ?」
ニルスが思わず、といったふうに呟いた。
「それよりミホを探せ。きっと水の中だ。早く見つけないと危ない」
シヴァが両手を開き、無数の光球を解き放った。
その白い光をたよりに周囲を見渡すと、船に近い一本のつららの柱に人影が見えた。
ぐったりとした様子のミホが、男に髪を掴まれていた。
ミホは柱にしがみついていたが、その手が力なく外れ、水に沈んだ。
「ミホ!」
ニルスは力の限りオールを漕ぎ、船を柱の近くに寄せた。
男に髪を掴まれているので、ミホはかろうじて顔を水面に出しているが、白い顔には生気が感じられなかった。
「ミホ!」
シヴァの声に反応したのは、男の方だった。
「誰だ?」
その赤黒く焼けただれた顔を見て、ニルスはぎょっとした。
「まあいい、助かったぜ。船に乗せてくれよ。もちろん礼は弾むぜ」
「彼女をこちらへ渡せ」
シヴァの声に男はせせら笑った。
「この女はダメだ。俺の獲物だ。もう血の味も覚えた。
あんたらには別の女をくれてやる。エルフでも獣人でも好きな奴を抱かせてやるからよ」
「・・・どういう意味だ?」
「言った通りだ。うちは色んな種族の見目の良い若い女を揃えている。
あんた程の色男なら選り取り見取りだぜ。
確かに人間の女は珍しいかもしれんが、別に執着しなくてもいいだろう?」
「それは興味深いな。後で詳しく聞かせてもらおうか」
シヴァが男に腕をのばした。
「話の分かる奴で助かったぜ」
男がシヴァの手を取ると、そこから男の体は凍り始めた。
パキパキと音を立て霜に浸食される自分の腕を、男が信じられないという風に目を剥いて凝視した。
「畜生!騙しやがったな!」
「助けるとは一言も言っていない」
シヴァがにべもなく言った。
「望み通り船には乗せてやる。ただの食料泥棒なら、少し灸を据えるだけでも良かったが、そうもいかなくなった。お前には魔王様の裁きを受けてもらおう」
魔王という響きに男は焦った。
「・・・魔王だと?なんでいきなり魔王がでてくるんだよ」
「お前が盗みに入ったのは、魔王様の側近でもあるドワーフ長の家だ」
「糞ったれ!」
男は反省する様子もなく毒づき、激しくもがいた。
抵抗むなしく全身が氷漬けにされる頃、ようやくモリスとラーソンが追いついてきた。
「モリス、どうやらこいつは食料泥棒以外にも余罪があるらしい。
魔王様に引き渡すまで逃げられないように氷漬けにした。そちらで引き受けてくれ」
「わかった。ラーソン、その汚い氷の塊を引き上げろ」
男の始末が終わり、シヴァはようやくミホに手を伸ばした。
「ミホ、待たせたな。すまない」
しかしミホは反応しない。
シヴァが両腕をのばし、脇の下に手を入れて船に引き上げたが、ミホはグッタリと目を閉じたまま動かなかった。
ニルスは引き上げられたミホの背中を見て、思わず口に手をやった。
「なんてこった、こんな状態で水の中に浸かってたのか」
その背中は無惨としか言いようがなかった。
ゴツゴツとした岩肌を引きずられたせいで服はボロボロに裂け、背中の無数の傷跡からは血が滲み、赤く染まっていた。
シヴァは自分と抱き合う形で意識のないミホを座らせ、肩に頭をあずけさせ後頭部と腰を支えた。
「ニルス、急いで戻ってくれ。体温が低すぎる。このままじゃ危ない」
「わかった。兄貴、先に行く」
ニルスは力の限りオールを漕いだ。
「ミホ、ミホ、気をしっかり持て。必ず助けてやる。3人で一緒に帰るぞ」
シヴァは自分の体温を分け与えるようにしっかりとミホを抱きしめ、励まし続けた。
その声にミホが応えることはなかった。