愚痴
(レンの心のケアをしてあげなければ…)
次期勇者を召喚したいという身勝手な申し出を快諾しただけでなく、勇者の肩書きを失っても仇を討つ為に戦う事を選んだレンは、2年前と比べると背も伸び、顔つきも体つきも随分と精悍になっていた。
レンが短期間でここまで成長したのは、アルヴィンを初めとした聖騎士達による厳しい訓練はもちろんだが、何よりも賢者ショーンの影響だろう。
レンは勇者を解任されるかもしれないということより、ショーンの死にショックを受けているのは、リアムの目から見ても明らかだった。アルヴィンからの報告を受けて知ってはいたが、レンが誰よりも心を開いていたのはショーンだったから当然だろう。
リアムは神殿に帰る前にアルヴィンの家に寄り、レンの胸の内を明かすように言った。
「レン、お前が苦しんでいる事は皆分かっています。一人で抱えずに、思ってる事を全部言いなさい。恨み言でも泣き言でも、何でもいいです。気持ちを口に出して、その痛みや苦しみを私に分けて下さい。そうしたらその分だけ心が少し軽くなりますよ」
「神官様…」
レンは一瞬だけ無防備な顔をしたけれど、すぐに表情を引き締めた。
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です」
「レン、無理しなくていい。お前に勝手な事を押し付けている自覚はある。国王様や私に対する不満があったら、遠慮なくいいなさい。不敬だなどと咎めはしないから」
「地下牢でも言いましたが、俺は別に勇者じゃなくていいんです。実際に戦ってみて、今の自分じゃ魔王に歯が立たないって分かりました。もっともっと修行して強くならなくちゃ、到底敵わない。だから味方は一人でも多い方がいい。可能性が低くても、それにかけてみるのはありだと思います」
リアムを真っ直ぐに見つめる瞳に嘘は感じられなかった。
「…さすがはショーン殿の弟子ですね。肩書きや権力に対する欲がない所なんか、そっくりだ」
そう言うと、レンはくしゃっと顔をしかめて笑った。
「ええ〜?神官様、それ褒めてるんですか?先生の事は大好きだけど、似てるって言われると微妙だな〜」
思っても見ない反応に、リアムとアルヴィンは目を丸くした。
「先生って凄いけど全然賢者って言う自覚なかったし、むしろ重荷だって思ってたみたいだった。ここだけの話だけど、戦争なんか嫌だ〜、行きたくない〜って、ず〜っと駄々こねてたんですよ。朝だって弱いし、寝癖頭で平気で出歩くし、体力なさすぎて歩くだけで筋肉痛になってたし。おまけにすっごい人見知りで、聖騎士の訓練所に連れて行った時なんか、こんなエリート集団の所に入ったら心が死ぬ〜って言って、ちょっと注目集めただけで本当に気分悪くなっちゃって。本当に手のかかる人だったなぁ」
「…まあ確かに、想像していた賢者様とは大分違ったな」
「でしょう!? 時々情けない事言うから、本当に隊長と同じ歳?って聞いたら『あんなエリートと比べないでくれ』って。あの時の情けない顔、2人にも見せたかったなぁ」
レンは当時を思い出したのか、小さく笑った。
「本当に変な人だった。普通なら弟子に尊敬されるように振る舞うものなのに、全然そんな事なくて、いつも情けない姿曝してた。…なのに最後の最後であんな風に俺を庇って死ぬなんて…狡いよね。格好良すぎ」
「レン…」
「あ〜、もうっ!俺もっともっと先生に教えてもらいたい事あったのに、まだまだ強くならなきゃいけないのに、何で一人でさっさと死んじゃうかな〜。先生の馬鹿!!」
レンは椅子から立ち上がると、すうっと大きく息を吸い込み、大声で叫んだ。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、先生の大馬鹿野郎!!俺を置いて逝くなんて酷いよ!格好つけるなんて慣れない事するからだよ!絶対に許さないから!凄い事だけじゃなくて、格好悪い事も全部全部忘れずに覚えておくからな〜!!」
てっきり自責の念にとらわれていると思ったのに、レンの口から出て来たのはショーンに対する不満だった。最もそれは、ショーンに対する最後の甘えだと分かっているが、リアムもアルヴィンも呆気にとられてしまった。
「あ〜、スッキリした。やっぱり愚痴を聞いてもらって良かったかも。神官様、ありがとうございます」
「いや、構わないよ。てっきり私達に文句があると思ってたけど、予想が外れてしまったな」
「レン、無理してないか?お前この3日間ほとんど喋らずにいただろう?皆、心配してたんだぞ」
アルヴィンの言葉に、レンは眉を下げた。
「心配かけてすみません。牢屋の中でずっと考えてたんです。先生ならこんな時どうするかって。でもずっと罪悪感に苛まれて、答えが出ないままでした」
「ああ、お前が苦しんでるのは皆分かってたよ。でもなんて声をかけていいか分からず、そっとする事にしたんだ」
「はい。お気遣い感謝します」
さっきとはうって変わって大人びた受け答えをするレンに、リアムは首を傾げた。
「どうやら大丈夫だという先程の言葉は嘘ではないようですね。どういう心境の変化です?」
地下牢ではショーンの死に納得できずに女神様を否定するような事を言っていたのに。
リアムの問いに、レンは恥ずかしそうに頬をかいた。
「え〜っと、さっき皆で食べたご飯が美味しかったから…」
「…それだけですか?」
「はい。地下牢で出された食事は、味がしなかったんです。お父さんが死んだ直後も、そうでした。悲しすぎて何を食べても味がしないから食欲がわかなくて。お母さんがそれに気付いて、俺の好きな物をたくさん作って言ったんです。『いつまでも泣いてたらお父さんが心配して天国に行けないわ。私達はお父さんの分まで生きなくちゃ!だからしっかり食べて!悲しい事があっても、ご飯が美味しく食べられるなら大丈夫!きっと乗り越えられるから頑張ろう!』って」
リアムもアルヴィンも何と言っていいか分からなかった。レンは両親に次いでこれで3度目の死別を経験した事になる。15歳で経験するには多すぎる数だ。だからといって立ち直るのも早い、という事はないだろうに。
「正直な所、完全に立ち直るのは時間がかかると思います。でもクヨクヨ悩んでも、何も解決しない。今自分に出来る事をやらないと。お母さんもそうやってお父さんの死から立ち直っていったんです。俺も見習わなきゃ」
アルヴィンがギュッと拳を握りしめているのにリアムは気付いた。彼はレンの母親を森に置き去りにした事をずっと後悔していた。
「隊長、俺、もう少しここでお世話になってもいいですか?」
「当たり前だ。何故そんな事を聞く?」
「だって新しい勇者が来たら、俺がここにいる理由がなくなっちゃう」
「馬鹿なことを言うな。例え新しい勇者が来ても、お前を追い出したりなんかするものか」
「ありがとうございます。お金貯めて出来るだけ早く出て行きますから」
「待て待て、どうして出て行く事が前提なんだ。寂しい事を言うな」
「だって隊長だってそろそろ結婚してもいい頃でしょう?」
「子供はそんな事気にしなくていい!」
「あはは、隊長の照れた顔、初めて見ました」
真っ赤になったアルヴィンを見て、レンはクスクス笑った。
(強い子だ。流石は女神様がお選びになっただけある)
やはりこの子が真の勇者なのだろう、とリアムは確信した。
このような絶望的な中で、彼は未来を信じている。
(ショーン殿、あなたは立派に勇者を育て上げたのですね)
魔法だけでなく、その心まで。
(本当にあなたの死が惜しまれます)
神殿に帰ったら、女神様へ彼とレンの母親の冥福を祈り、レンを遣わして下さった事への感謝を捧げよう。
レンとアルヴィンに別れを告げ、リアムは神殿へと馬車を走らせた。
読んで下さってありがとうございます。




