地底湖の戦い
小鬼はその小さな体と細い腕にも関わらず力が強かった。
ぐいぐいと私の足を引っ張り、問答無用で横穴の中に引きずり込もうとする。
私は引き込まれまいと、必死で壁に手をかけた。
穴は嫌だ。この世界に来たときも暗い穴に引っ張られた。
穴から抜け出た先には、碌なことが待っていない。
しかし、血に濡れた指は白い壁をすべり、抵抗むなしく私は横穴に引きずられた。
それはもう最悪だった。
小鬼達が爪を立てている足首はもちろん痛むが、背中や後頭部もごつごつした地面に延々と擦られるのだ。背中から受けるダメージは相当な物だった。
なんとか頭だけでも守ろうと、万歳状態だった手を折り曲げて頭を抱えた。
首を傾け、ヘソを見るような形で頭を浮かせる。
頭へのダメージは防げたが、私の腹筋が悲鳴を上げた。
狭く暗い穴の中を、ずるっずるっとまるで何かに吞み込まれるように引っ張られていくのは恐ろしかった。
時間にして10分位だったろうか。
私の足から小鬼の爪の感覚が消えた。
「お前達、随分と遅かったな。・・・何だそれは?」
暗闇の中、男の声がして、自分たちが穴から抜け出した事を知った。
目を凝らすと、ぼんやりと男の輪郭が見えた。
手をついて、なんとか上半身を起こした。
「・・・誰か、そこにいるの?」
思わず声を掛けると、相手のいぶかしげな声が聞こえた。
「女?」
しばらくして明かりがつき、周りが見えた。
私の周りには十匹程の小鬼達が小麦粉を担いでおり、目前には地底湖があった。
私はとても狭い地底湖の岸にいた。穴から水際まで3メートルくらいの幅しかない。
地底湖には小さな小舟が浮いており、赤い髪の男が松明を掲げていた。
「女?・・・しかも人間か?」
男は小舟を岸に着けると、こちらへ近づいてきた。
「なんで人間の女がこんな所に?」
そう言って、私の顎に手をかけ、じろじろと値踏みするように眺めた。
「ふ〜ん、なかなかの上玉じゃねえか。悪くねえな。とんだ拾い物だ」
明かりのせいではなく、男の髪は血のように赤かった。目は薄いグレーで、細長い瞳孔には温かな感情が感じられない。
その声も、仕草も何もかもが不快に感じた。なぜかは分からないけど、生理的に駄目だ。
「触らないで!」
そういって手を振り払うと男はニヤリと笑った。
「この状況でそういう態度を取れるとは、なかなか気が強えな。生きたままコイツらの餌にしてもいいんだぜ?ええ?」
そう言って、私の髪を乱暴に掴んだ。
「大人しく言う事聞いとけば、一時可愛がってやるぜ。まあ、俺が飽きるまでだけどな」
森で私をレイプしようとした奴らを思い出した。
どいつもこいつも、女なら誰でもいいのか?
女の扱いも知らないくせに、やることやろうなんざ、厚かましいにも程がある。
ギィギィと小鬼達が騒ぎだした。何やら男に対して抗議しているようだ。
「黙れ!言った通りだ。俺が飽きたらお前らの餌にくれてやる」
男は私を立たせ、乱暴に小舟に押しやった。
小舟が揺れ、私はすぐに座るしかなかった。
「予定より時間がかかりすぎた。とっととずらかるぞ。さっさと荷物を積み込め」
男は舳先に松明を点すと、船の中央に小麦粉の入った袋を積み込ませた。
私が小鬼に噛まれた腕を庇っていると、それに気づいた男が手を取った。
「ああ、コイツらに噛まれたのか?可哀想に、痛かったろう?後でたっぷりと慰めてやるからな」
そう言って、血の付いた私の手をベロリと舐めた。
全身の毛が逆立ち、鳥肌が立った。
(っぎゃ〜〜〜〜っ!!
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪〜〜〜〜い!!)
このままコイツに玩具にされた挙げ句、生きたまま小鬼の餌にされるくらいなら、いっそ、ここで死んだ方がましだ。だけど、このままやられっぱなしなのも癪だ。
(ただで死んでやるもんか。考えろ。今、私に出来る事)
小舟が地底湖を進むと、どんどんと天井が低くなってきて、腕を伸ばせば触れそうな高さになった。
所々に天井から大きな鍾乳石がつららのように垂れている部分もある為、男は小鬼に指示を出して慎重に船を進めさせていた。
男がそちらに気を取られている隙に、私は積まれている小麦粉の袋に手を伸ばした。
そして、天井やつららに思い切り小麦粉の袋をぶつけ、次々に中身をぶちまけた。
粉が舞い、辺りが真っ白になる。小鬼の体にも粉が降り積った。
「何をする!?」
怒って掴み掛かろうとする男の頭を、勢い良く小麦粉の詰まった袋で横殴りしてから中身を浴びせかけ、私は地底湖に身を投げた。
「馬鹿め!逃げられると思うか!?」
男が松明の火を掲げた瞬間、炎が勢い良く燃え広がり、船の上に絶叫が響き渡った。