神殿
神殿は首都を一望できる小高い丘の上に建っている。
丘のほとんどが牧草地になっているらしく、遠くには放牧された羊がのんびりと草を食んでいるのが見えた。所々に樹々が生い茂っており、小川も流れている。
丘の反対側は畑や果樹園が広がっていて、そちらの景色も綺麗だとダンが教えてくれた。
道の両脇には開放感溢れる牧歌的な風景が広がっているけれど、私には景色を楽しむ余裕はなかった。
(誰だ、丘って言ったの。こんなの山じゃない!!)
遠目から見ると何て事なかったのに、実際に歩いてみるとかなりキツい。
(体が重い…太った? それとも歳のせいかしら?)
ちょっと前まではこんな風に坂道歩いても、ここまで息が上がる事はなかったのに。
ゼイゼイハァハァと息を荒くしている私に、ダンが心配そうに声をかけた。
「ミホ、随分辛そうだが大丈夫か? まだ中腹ぐらいだぞ」
「大丈夫じゃない。明日絶対に筋肉痛になってると思う」
「山に比べれば傾斜がなだらかとは言え、頂上までは距離がありますからね。もう少し行くと泉がありますから、そこで少し休憩しましょう」
その泉は、道を外れて少し歩いた先にある林の中にあった。
樹々に囲まれた小さな泉を見た瞬間、その神秘的な美しさに息を飲んだ。
こんこんと沸き上がる水は限りなく透き通って、底にある石もくっきりと見える。少し深くなっている箇所は美しいエメラルドグリーンだ。
「ここの泉の水には癒しの効果があります。飲んだら体力が回復しますよ」
ショーンさんの言った通り、その冷たい水を掬って一口飲むと、嘘みたいに体が軽くなった。
「凄い!本当に疲れがとれたわ」
「ここは大昔、神殿を訪れる人達の為に女神様が作られた泉だと言われています」
「成る程。パワースポットって訳ね。せっかくだから水筒に汲んでいこうっと」
元いた世界にも病が治ると言われる水は数あるけれど、少なくともこんなに即効性はないだろう。
こんな風に女神様の痕跡が残っていて、今でも恩恵を授かる事が出来るのだから、巡礼者が後を絶たないのも頷ける。
だからこそ神殿の力はとても強く、世界に対して多大な影響力があるのだ。
「よし、ミホも元気が出たようだし、そろそろ出発するか」
ダンの言葉を合図に、私達は再び神殿を目指して歩いた。
◆◇◆◇◆◇
「は〜っ、凄い綺麗…」
目の前にそびえ立つ荘厳な神殿の入り口で、私はため息をついた。
神殿の外観は、古代ギリシャのパルテノン神殿に似ていた。
白い石で出来た神殿は、陽の光を反射してか、真珠のような柔らかい光に包まれている様に見える。
こちらに召喚された時は、こんな風に神殿の外観をゆっくりと見る余裕もなく袋に詰め込まれて捨てられたから、とても新鮮だった。
神殿の中に入った私は、圧倒的な美を前にして、束の間ここに来た目的を忘れた。
中は神々しいまでに白一色の世界だった。鏡のごとく磨き上げられた床は、歩くのを躊躇う程だ。
広い空間の中に等間隔に並んだ柱には派手な装飾など施されておらず、落ち着いた雰囲気を醸し出している。それは、神殿の奥に祭られている女神像の威厳を際立たせる為の計算かもしれなかった。
女神像は巨大で、神殿のどこからでもその美しい姿を見る事が出来るようになっていた。
腰まである長い髪はゆるくウェーブがかかっており、あちこちから花が咲き乱れている。
神殿を訪れた信者は、女神像に触れて祈ることを許されているので、私も他の巡礼者に混じって女神像に近づいた。
何百年、何千年と撫でられた女神像の裸足の爪先は、ピカピカに光っていた。
こちらを見下ろす女神像は慈愛に満ちた表情で、まるで我が子を慈しむ母の表情のようだった。
神殿の女神像を一目見たいと願う巡礼者の気持ちが、ほんの少し分かる気がする。
この神聖な場所にいると、女神様の愛に包まれている気になるのだ。
「本当に綺麗…」
ステンドグラスだったり、天井画だったり、絢爛豪華な金の装飾だったりと、宗教や地域によって形は違えど、神様を尊ぶ人の思いが形になった物というのは本当に美しいと思う。
私の番が回って来たので、女神像の爪先に触れて頭を垂れ、真摯に祈った。
(女神様、私は蓮を次代の魔王にさせたくありません。その為にも人間と魔物の戦争を終わらせたいと思っています。どうかお力をお貸し下さい)
祈りを終え、巡礼者用の宿泊施設へと移動しながら、私は思った。
私の願いは、もしかすると女神様のご意志に反するかもしれない、と。
もちろん人間と魔物が争う事は望んでいないはずだけど、蓮は女神様が選んだ勇者=次代の魔王なのだ。
私はそれを阻止しようとしている。つまり、世界の理を曲げようとしているのだ。
(だけど、これだけは譲れない。蓮を忘れるなんて絶対に嫌よ。私は欲張りなの)
この願いは、絶対に叶えてみせる!!
読んでいただきありがとうございます。
最近Wi-Fiの調子が悪く、更新できずにいました。




