とある兵士の目覚め 2
多分、過去最高に長いです。
嘘だ。何かの間違いだ。誇り高い将軍が、そうやすやすと敵に下るはずはない。
皆、同じ気持ちだったのだろう。悲痛な声が次々に上がった。
「そんなっ! 嘘だと言って下さい、将軍」
「撤回して下さい、将軍!!」
「敵に屈するぐらいなら、死んだ方がましです!」
口々に詰め寄る我々を前に、将軍は動じなかった。
「皆の気持ちはわかる。彼等の言葉を聞くまでは、私も同じ気持ちだった」
「彼等とは!?」
「勿論、魔物達だ。彼等は戦争を望んでおらず、我々に和平を提案してきた」
「魔物の言う事を信じるというのですか!?」
「今、我々が生きているのは何故だと思う? 自分が石になった事を覚えている者もいるだろう。君達を治療したのは魔物達だ。我々は彼等の慈悲によって生かされているのだ」
その言葉に何人かがハッと息を飲んだ。
「…もしかして我々の命を盾にされたのですか?」
「我々が不甲斐ないばかりに…申し訳ありません」
だが将軍は首を振った。
「いや、そうではない。彼等が君達を無事に返してくれたのは、私が彼等の提示した終戦条件を飲んだからだ。私は両種族の平和の為に、この戦争を引き起こした張本人である国王を討つ事に決めた。君達には私と共に戦ってほしい」
思いもよらぬ発言に皆がざわめいた。
「馬鹿なっ!魔物を信じて革命を起こすつもりですか!?」
「そうだ。魔物達は我々が思っているような邪悪な存在ではない。此度の戦争は我々が仕掛けたもので、彼等は己や家族の命を守る為に戦ったにすぎないのだ。彼等はここにいる諸君だけでなく、他の兵士達の治療にもあたっている。約1万の兵士達を健康な状態で帰してくれると約束してくれたのだ。彼等は初めから我々の命をとるつもりはなかったのだ。多くの魔物が我々人間と同じように、平和に暮らす事を願っている」
「…到底、信じられん」
「騙されているのでは?」
「何か企みがあるに違いありません。目を覚まして下さい、将軍!」
「あなた程の人が我々を裏切るなんて、夢にも思わなかった!!」
我々がそんなやり取りをしていると、筒状の紙を小脇に抱えた賢者様が将軍の横に立った。
「皆さん、お気持ちはわかりますが、クリフォード将軍を責めないで下さい。将軍の高潔さは皆さんの方がよくご存知でしょう。将軍は心から国を思い、一番良いと思われる決断をしたにすぎません。そしてそれを薦めたのは自分です。魔物と手を取るのが裏切りだというのならば、自分こそが裏切り者です」
きっぱりとした賢者様の言葉に、誰もが口をつぐんだ。
「皆さんが魔物を信じられないのは当然です。あれほどの戦いの後ですから、尚更でしょう。ですが、将軍の言う通り、魔物達は決して邪悪な存在ではありません。むしろ手を取り合って協力して行くべき隣人です。彼等もまた、女神様が創りたもうた尊い存在なのです」
賢者様はそう言うと、手に持っていた筒状の紙を広げた。
「これは彼等が出した終戦の条件です。彼等は戦争の責任として国王の首を差し出せと言っていますが、それ以外の民の命や土地を寄越せなどとは言っていません。むしろ戦争で犠牲になった遺族の方達の補償を十分にしろと言及しています。戦争を決めた我が国の議会では、話題にも登りませんでした。恥ずべき事です」
賢者様は残念そうに首を振った。
「先代国王陛下は民を第一に思う立派な方でした。しかし残念ながら現国王陛下はそうではない。気にされておられるのはご自身の評判だけです。そんなくだらない事の為に、数多の民の命を犠牲にするような人物は、王座にふさわしくない。王の為に国があるわけではありません。国、すなわち民の為に王がいるのです。このまま現国王が王座についていれば、国は間違いなく荒れるでしょう。犠牲になるのは民です。将軍が国王を討つのは偏に民のためです。私はクリフォード将軍を支持します」
賢者様の言葉に、皆が顔を見合わせた。そんな中、一人がおずおずと手を挙げた。
「あの、賢者様は聖騎士や勇者殿と一緒に後軍にいらっしゃいましたよね? 彼等も魔王軍に下ったというのですか?」
「いいえ。我々も砦を落す事が出来ず、大敗しました。自分は退却している途中で脱落し、死んだと思われています。ですが魔王軍に保護され、ご覧のように怪我一つしてません。終戦を望む彼等に共感し、協力する事を了承しました」
「後軍も破れたのか…」
「勇者もいたのに?」
「しかし先程の話通りなら、後軍の兵士達も無事なのだろう」
その言葉に、賢者様が痛ましい顔をした。
「…残念ながら後軍の兵士は皆さんと違い、蘇生する事が出来ません。兵士に紛れ込んだ異国人に攫われそうになった王女が身を守る為に魔力を暴走させ、その結果200人以上の兵士達が命を落としました。亡くなった兵士達は魔物の術によってアンデッド化し、次々と仲間を襲いました。後軍は自滅したのです」
「何と言う事だ!」
「何と惨い。そんな真似をする魔物など、やはり信用できん!!」
「確かに惨いやり方です。…しかし後でわかった事ですが、砦にいた魔物の数は500人程。取り囲んだ我々の兵力は5千人を越え、10倍以上の差がありました。砦の向こうには彼等の子供や女性などの非戦闘員達が暮らしています。彼等は家族と己の命を守る為に、出来る事をしたにすぎません。彼等にとって、我々は恐るべき侵略者なのです」
賢者様の言葉に愕然とする。
それでは、まるで我々が悪のようではないか。
「…賢者様まで洗脳されているのか」
「何と恐ろしい」
賢者様は悲しげに首を振った。
「そうじゃない、そうじゃないんです。見た目や能力が違うだけで、彼等も我々と同じ血の通った存在です。食べ物だって我々と同じ物を食べている。先程提供された食事は、魔王軍が用意してくれた物です。
魔物と人間の共通点は多い。家族や仲間を大事に思う気持ちもある。他人を思いやる心を持っているんです。皆さん、治癒魔法がどれだけ魔力を消耗するかご存知ですか? 魔力を多く持っている魔物とて、これだけ多くの人間を完全に治療すれば、回復する為に丸一日は寝込むんですよ。彼等は将軍を信用し、約束を守るべく自身を犠牲にしているんです。そんな相手を信じられないわけがない」
賢者様の言葉に将軍が重々しく頷いた。
「その通りだ。考えてみてくれ、もしも立場が逆だったら? ある日突然、魔物から一方的に宣戦布告され、首都に魔物の軍が攻めて来たら? 魔物の大群に畑を踏み荒らされ、建物を破壊され、人間だという理由だけで、女子供も容赦なく攻撃されたら? 普通の生活を、家族を、命を無理矢理奪われてしまったら? …戦争とは、そう言うものだ。そして此度の戦争は、我が国から仕掛けた」
「戦争でなくとも、魔物達は常日頃から冒険者によって命を狙われています。我々の便利な生活を支える魔石は、殺された魔物の成れの果てです。ですが冒険者だけが悪いわけではない。魔石を欲しているのは全ての人間なのですから」
「それでも、これまで魔物が人間の国を襲う事はなかった。もう一度言う。我々は魔物の慈悲によって生かされていたのだ。彼等はどれだけ理不尽を被ろうとも、両種族の平和の為に戦争を起こそうとはしなかった。これは紛れもない事実だ」
言われてみれば、確かにその通りだ。
子供の頃から魔物は人間を襲って食べる邪悪な存在だと教えられ、それが常識だと思っていたけれど、実際に魔物を見たのはこの森に入って初めてだった。
魔道具の燃料として日々消費している魔石は、冒険者達が魔物を狩って得た物だ。
我々は、どれだけ多くの魔物の命を犠牲にしていたのだろう?
そしてその事に何の疑問も罪悪感も抱く事はなかった。それが当然だと思ってた。
将軍の言う通り、もしも立場が逆だったらたまったものじゃない。
もしも砦に辿り着く前に魔物の姿を見たら、と想像してみる。
例え相手が武器を持たない女子供であろうとも、敵だと認定して容赦なく武器を振るっていただろう。そして手に入れた魔石の数をお互いに自慢していたに違いない。
恐るべき侵略者。その言葉が心に刺さった。
きっと、周りの皆も同じ考えなのだろう。反論するのを止めて、黙って考え込んでいる。
当然だ。今までの常識を覆されたのだから。
だが、次の将軍の言葉に再び衝撃を受ける事になる。
「私が国王を討つ理由はもう一つある。国王は王女の罪を有耶無耶にする為に、あろうことか聖騎士と勇者にあらぬ罪を着せて地下牢に捕らえたのだ。知っての通り聖騎士は神殿に属する者。国王の行為は神殿、ひいては女神様を侮辱するものである。諸君はこのような愚王に忠誠を誓えるというのか?」
「聖騎士に濡れ衣を…?」
「馬鹿な…神殿を敵に回すおつもりか?」
仲間内に国王に対する不信感が広がって行く。
これまで幾度となく国に貢献してきた将軍と賢者様がここまで仰るのだ。よくよく考えての事に違いない。
だったら、信じた人について行くのも悪くないだろう。
正義の定義は立場によって変わる。
ならば己が正しいと思った道を選び、責任を持って行動するのみだ。
「わかりました。将軍について行きます」
「俺もです。真に国の為を思うならば、戦争を終わらせたほうがいいに決まっている」
次々に協力を申し出る者が立ち上がった。顔を確認すると、共に将軍に鍛えられた戦友達だった。
しかし…
「お二人の言葉に一理あるが、だからといってクーデターを起こすのは…」
「そうだな。成功しても失敗しても、裏切り者のレッテルを貼られるってことだろう?」
まだ半数の者はグズグズと迷っている。
「そもそも聖騎士達が国王に捕らえられた事を、どうしてご存知なのですか?」
「魔王軍の監視の目は城の中にまで及んでいるからだ」
再び仲間達がざわついた。
「諸君。魔王軍は我々が思うよりも遥かに強い。これまで首都は結界で守られていると信じていたが、それは誤った認識だったようだ。高位の魔物に至っては何度も首都に出入りしている。私の言葉の意味が分かるか? 彼等はその気になればいつでも人間を襲う事が出来たのだ。だが、そうしなかった。なぜか? 彼等が両種族の平和を望んでいるからだ」
「…そんな。でも何故? 魔物は我々人間が憎くはないのか?」
「勿論、憎いでしょう。恨みもあるでしょう。ですが彼等はその怒りを全ての人間に理不尽にぶつける事はしない。彼等は我々人間よりもずっと広い心を持っているんです」
その時、怒濤のように押し寄せて来た感情をどう表現したらいいのだろう。
魔物達に対する恐れはまだある。だがしかし彼等の心のありように感動したのも確かだ。
同時に自分達の身勝手な行動を省みて、恥ずかしさと後悔の念が沸き上がった。
「平和の為に、将軍と共に戦います」
一人、又一人と賛同者が増えた。皆、目に決意を宿している。
しかしそれでもまだ全員ではなかった。
お二人の言葉は心に響いているはずなのに、何故。
その答えは思わぬ形で導かれた。
「なんだぁ? まだ全員を説得できてないのか? そんなんでこの先大丈夫かよ?」
「ベルガー殿…面目ない」
あの夜、我々を恐怖のどん底に陥れた虎の魔物がのっそりとやって来て、将軍の横に並び、その鋭い眼光で我々を見据えたのだ。
「あ、ああっ…」
あの惨劇がフラッシュバックして、血の気が下がっていくのがわかる。
手先が冷たくなり、歯の根が合わずガチガチと音を立てる。
震えているのは自分だけではない。他の皆も恐怖に引き攣った顔で固まっている。
将軍に賛同できない者達は、魔物に対する恐怖が拭えなかったのだ。
「部下の躾がなってねぇな。俺が手伝ってやろうか?」
そう言ってニヤリと笑った口元から、鋭い牙が覗いた。
「ひぃっ…」
その場にいた全員が虎の魔物に畏れおののいた、その時。
「このっ、馬鹿虎がぁ〜っ!」
怒りを含んだ大声が響き渡ったかと思うと、先程給仕をしていた女性が虎の顔に手に持っていた器を投げつけた。
虎はひょいっとそれを軽く交わすと、女性を睨みつけた。女性は怯む事なくズンズンと虎に近づくと、持っていたレードルで虎の額を強かに叩いた。
「突然何しやがる!?」
「こっちの台詞よ。クリフォード将軍とショーンさんが説得してるのに、何、邪魔しに来てんのよ?」
「あんまり遅いから、心配になって様子を見に来ただけだろうが!」
「余計なお世話よ。皆に納得してもらうまで、人間同士で話しあってもらうと決定したじゃない。ようやく兵士の皆さんが賛同してくれそうになったってのに…」
「はっ、まどろっこしいこった」
「言われなくても分かってるわよ! だけど、自分達で納得してもらわなきゃ意味がないの。今だけじゃなく、未来の事も見据えなきゃ。彼等と、そして国の運命がかかってるんだもの。無理強いしたら、アビラス国王と何も変わらないじゃない」
レードルを握る女性の手がわなわなと震えていた。
「それなのに…もう少しで全員が納得してくれそうだったのに、よりによって恐怖を植え付けた元凶が顔を出すなんて! 何考えてるのよ、この馬鹿!」
そう言ってもう一度強かに虎の額を叩くと、木製のレードルがパッキリと折れた。
「痛って〜!! ミホ、てめぇ!」
「きゃ〜、折れちゃったじゃないの、どうしてくれるのよ!? この石頭!! 頭の中まで筋肉が詰まってるわけ!? ニルスが折角作ってくれたのに…後で謝らなきゃ」
「いや、まず俺に謝れよ。大体それが壊れたのは俺の所為じゃないだろ」
「うるさい! とにかく、これ以上邪魔したら承知しないわよ。ほら、こっち来て」
女性は虎の背中をグイグイと押しやりながら、クリフォード将軍とショーンさんに頭を下げた。
「お話の邪魔してすみません。どうぞ続けて下さい」
あまりの事に理解が追いつかず、ぽか〜んと見ているしかなかった。
タープテントまで連れて行かれた虎は、ムスッとした表情で女性に口答えしていた。
「何だよ、俺が戦意のない奴らを相手にする分けないだろうが」
「知ってるわよ、そんな事。だけど彼等はベルガーの事をよく知らないんだから。あんた黙ってても怖い顔してるって自覚ある?」
「…お前な、流石に俺でも傷つくぞ」
「あら、もしかして気にしてた?」
もはやこの場にいる全員の意識は、虎の魔物と女性に持っていかれていた。
2人はいがみ合ってはいたけれど、憎み合っているという感じはしない。その証拠に女性は悪態をつきながらもレードル(シチューを掬っていた)で汚れた虎の額を拭いてやり、虎もぶつぶつと文句を言いながら大人しくされるがままになっていた。
「とにかく、ここは私たちに任せて頂戴。ほら、行った行った」
「わかったよ、せいぜい頑張るこったな」
「ほんっと、あんたって口が悪いわね。ガロンが真似して困ってんのよ」
「知るかよ、そんな事」
とても信じられない光景だった。
どう見ても普通の人間の女性が、数多の魔物を率いていた恐ろしい虎の魔物と対等に渡り合っている。
「あっ、ベルガー、ちょっと待って。戻るついでにこれ持ってって」
(いや、対等じゃなかった。これ絶対女性の方が優勢だ)
器の入った鍋を虎にちゃっかり押し付けた姿を見て考えを改める。
「あの女性は一体…?」
誰かの呆然とした呟きに、賢者様がどこか誇らしげに答えた。
「彼女の名はミホ・イチミヤ。勇者レン・イチミヤの母親です」
「ええっ!? しかし彼女は魔物に殺されたはずでは?」
「俺もそう聞いた。勇者は母親の仇を討つ為に修行したと…」
彼女の正体を知り、兵士達は動揺した。
一体、何がどうなっているのか? 勇者の母でありながら、なぜ魔王軍と一緒にいるのか?
「これからあなた方に、ミホさんの身の上に起こった事をお話ししましょう」
賢者様の話に、誰もが黙って耳を傾け、聞き終わる頃には彼女に対して尊敬の念が生まれていた。
それと同時に、国王とリアム神官に幻滅した。
「諸君、先程ミホさんとベルガー殿のやり取りを見て分かっただろう。人と魔物は対等だ。協力し合って生きていく事もきっと可能だ。この2年でミホさんがその道を証明してくれた。お互いの種族が平和に暮らしていく未来を一緒に作ろうではないか!」
「「「「「おおっ!!」」」」」
平和な未来の為に、兵士達の心が一つにまとまった。
偽りだらけの現実から、目が覚めた気がした。
最後まで読んで下さりありがとうございます。




