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勇者の母ですが、魔王軍の幹部になりました。  作者: 野山 歩


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とある兵士の目覚め 1

 次々と地面に倒れ臥す仲間。

 むせ返るような血の匂いと魔物の咆哮。 

 焼け付くような痛みと、己の血で赤く染まった手。

 死にたくない、助けてくれと哀願しながら石になっていく戦友。 

 魔物達の圧倒的な力を前に己の無力さを自覚し、地面にガックリと膝をついた。 

 薄れ行く意識の中で最後に見たのは、果敢に敵に挑んで行く将軍の姿だった。


 あれは全て夢だったんだろうか?

 

 目が覚めると、目に飛び込んできたのは白い布の天井だった。己が横たわっているのは柔らかい草の上だったので、恐らく野外に設けられた簡易テントだろう。上半身を起こして周りを見ると、仲間が等間隔で寝かせられていた。その内の何人かが既に起きていたので声をかける。


「なあ、俺達さっきまで戦ってたよな?」

「ああ。そのはずだ」

「もうダメだと思ったが、助かったのか……応援が来たのか?」

「わからない。俺も今さっき気がついたばかりだ」


 ふと体に目を向けると、服のあちこちに血の染みがあり、穴の空いている箇所もある。だが。


「…不思議だ。どこも痛くない。傷も塞がってる」

「俺もだ。魔物の爪でバッサリやられたはずなのに、痛くも痒くもない」

「多分、治癒魔法…だよな? こんなに綺麗に治るものなのか」


 そんな会話をしている間に次々と仲間が目覚め、同じように不思議そうに周りを見渡したり自分の体を見下ろしている。

 ガヤガヤとした話し声が聞こえたのだろう。外から布をめくって、一人の男が顔をのぞかせた。


「おー、ようやく全員気がついたみたいだな。腹空いてるだろう? 飯の用意ができてるから外に出てきてくれ」


 戦場にそぐわない明るく間延びした男の声に、思わず隣の奴と顔を見合わせる。

 

「…飯だとさ。行くか」

「そうだな」


 天幕をでると、我々を待つ堂々たるクリフォード将軍の姿があった。


(生きておられた!!)


「将軍!よくぞご無事で…」

「うむ。皆、気がついたようで何よりだ。恐らくこの状況に戸惑っている事だろう。後ほど詳しい説明をする。だがまずは英気を養ってほしい」


 そう言って指し示された方向にタープテントがあり、先程の男が大きく手を振っていた。


「ちゃんと人数分用意してるから、一列に並んでくれ」


 テントに近づくと、帰らずの森に入ってからは嗅ぐ事のなかった、香ばしい焼きたてのパンの匂いで肺が満たされた。テーブルにはこんがりと焼かれたパンが山のように積まれ、先程の男がトレーにパンを乗せて渡してくれた。

 食欲を刺激する匂いはそれだけではなかった。男の横に置かれている大きな鍋から、ふわりとシチューの香りがして、口の中に涎が溢れた。

 その鍋の後ろからひょっこりと綺麗な女性が顔をのぞかせたので物凄く驚いた。勿論、後方支援部隊には少数ながら女性も所属していたが、前線に送られる予定はなかったはずだ。

「どうぞ」と、にこやかに差し出されたシチューは湯気が立っており、野菜と肉がゴロゴロと入っていて実に美味そうだ。その横のテーブルは色鮮やかな果物で溢れていた。


「果物をたくさん用意しています。お好きな物をどれか一つ選んで下さい」


 ひょろりと背の高くて、物腰の柔らかい男が果物をすすめてきた。


(どこかで見た事のある顔だな。はて、誰だったか?)


「酸っぱいのは苦手なんだ。甘い物はあるかな?」

「それじゃあ、イチジクはいかがでしょう。栄養豊富なのでおすすめです。こちらの桃はシャキシャキした食感が楽しめます」

「へ〜」


 丁寧な説明に感心していると、隣でシチューをよそっている女性が声をかけてきた。


「ショーンさん、後がつかえてますから説明は程々に…」

「あっ、すみません」

「おっと、悪いな。じゃあこれを貰うよ」


 イチジクの中からよく熟れてそうなものを選び、テントから少し離れた場所に移動して座ると、すぐ後に並んでいた奴がやって来て興奮気味に話しかけて来た。


「なあ、今そこで果物を配っている人って、賢者様だよな?」

「えっ!? 賢者様!? そういやショーンさんって呼ばれてたな」


 男の顔をもう一度マジマジと見て驚いた。そこに立っているのは紛れもなく賢者ショーン・クラークその人だった。


「本当だ。でも賢者様は確か後軍だったよな? それに何で給仕の手伝いをしてるんだ?」

「多分、後軍の応援が間に合ったんだ。もうダメかと思ったが、運が良かったな」


 そうか、それなら辻褄が合う。後軍には勇者もいたから、あの恐ろしい魔物達とも互角に渡り合えたのだろう。そして魔王軍を蹴散らした後で、我々全軍の治療を行ってくれたに違いない。怪我人が多いから、人手不足で賢者様も手伝いに駆り出されているのかもしれない。

 気分よく最初の一口を頬張った俺は、思わずカッと目を開いた。

 

「…美味い」


 シチューの肉は舌の上でホロホロとほどける程に柔らかく煮込まれており、噛み締める程に野菜とミルクの甘みが口の中に広がった。一口飲む度に、胃がじんわりと温かくなる。パンは柔らかくてシチューに浸す必要はなかったが、汁の一滴も残したくなくて、最後の一切れで器を拭って食べた。薦められたイチジクは香りも良く、優しい甘さだった。

 周りを見渡すと、ほとんどがガツガツと頬張っていたが、中には涙ぐみながら食べる者もいた。感動してるのは当然だ。森に入ってからは顎が痛くなるような堅いパンや干し肉とチーズ、あとはドライフルーツやナッツといった保存食ばかりで、新鮮な野菜や肉、果物なんて手に入らなかったのだ。久々の温かい食事は本当に美味しくて、胃袋だけでなく心をも満たしてくれた。


「何だか、生きてるって感じがするな」

「…俺もだ」


 全員に配り終えたのだろう。パンを配っていた男が声をあげた。


「食べ終わった方は器の返却をお願いしまーす」


 器を帰しに行くと賢者様はもうそこには居らず、女性が空になった器を受け取っていた。


「美味かったよ、ごちそうさま」

「今まで食べた中で一番美味いシチューだった」


 仲間達の賛辞に、女性は「お口にあって良かったです」と、嬉しそうに微笑んだ。


(美人だな。結構タイプかも)

(後で声をかけてみるか)


 呆れた事に、そんな事をコソコソと話している奴もいた。まあ、気持ちがわからないでもないが。


「皆、食事は終わったようだな。話があるので、集まって座ってくれ」


 将軍の声に隊列を組んで、この場にいるのが120人だと知った。

 しばらく黙って我々一人一人の顔を見渡していた将軍が、意を決したように話しだした。


「単刀直入に言おう。我が軍は魔王軍に大敗した。ほぼ、全滅と言っていい」


 将軍の言葉に、皆がざわついた。やはりあれは夢ではなかったのか。しかしでは何故我々は生きている?


「皆も魔物の強さを目の当りにしてわかっただろう。情けないが我らの実力は魔物には到底敵わない。これ以上無駄な犠牲を増やさないため、私は魔王軍に投降した」


 将軍の口から信じられない言葉が飛び出し、頭を殴られたような衝撃を受けた。


(俺はきっと夢を見てるんだ。これはあの悪夢の続きに違いない。くそっ、最悪だ!)


 早く目覚めろと念じてみたけれど、この夢から覚める事はなかった。

最後まで読んで下さってありがとうございます。

長くなったので2回にわけました。

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