勇者の葛藤〜エルマー視点
地下牢に入れられてからレンの様子がおかしい。
膝を抱えて座り込み、ぼんやりと壁を見つめるだけで話しかけてもあまり反応しない。
多分、国王陛下から言われた言葉が原因だと思う。
レンは賢者様の死に、誰よりもショックを受けているから。
きっと自分の所為だと罪悪感に苛まされているに違いない。
あの時、少々気が緩んでいたのは否めないが、レンの隣にいたエルマーも殺気なんてこれっぽっちも感じなかった。
巨大植物を見上げて観察していた賢者様だったからこそ気付けたのだ。
レンだけの所為じゃない。
だけど、下手に慰めても今のレンには届かない。
だからせめて隣にいてやろう。
エルマーは黙ってレンの横に座り、先輩達の話に耳を傾けた。
◆◇◆◇◆◇
地下牢に入れられて3日目。
「皆さん、遅くなってすみません。迎えにきましたよ」
静かだが凛とした声が響き渡り、皆一斉にその方向を見て驚いた。祭服を纏ったリアム神官が地下牢の廊下に立っていたのだ。
「神官様!?」
「我々の為に自ら足を運んで下さったのですか!?」
恐らく自分達の現状を知った神官は、国王を説得する為に祭服を纏ってきたのだろう。絢爛豪華な祭服は、暗く陰気な地下牢において全く場違いだったが、それ故に神々しくもあった。
アルヴィン隊長は牢から出ると、迷わずリアム神官の前に跪いた。
「神官様、我々を信じて下さってありがとうございます」
「お立ちなさい。あなたがたが冤罪だという事は分かりきっていました。国王は思いもよらぬ事態に焦り、責任をあなた方に押し付けたのです。先程、御自分の過ちを認め、謝罪されました。あなた方は晴れて自由の身です。さあ、帰りましょう」
「それは有り難いですが、本当に良いのでしょうか?まだ戦争は終わっていませんが…」
アルヴィンの言葉に、リアムは頷いた。
「あなた方は3日も不当に拘束されたのです。しばらく休養をとっても誰も文句は言わないでしょう。戦争の過酷さは聞きました。…本当に大変でしたね。さぞ辛かったでしょう。皆さんが無事で本当に良かった。これも女神様のご加護の賜物です。神殿に帰ったら感謝の祈りを捧げましょう」
その言葉が隣を歩くレンの足を止めた。
「…んで…?」
「レン?何か言ったか?」
3日ぶりに発された声は小さくて掠れていた為、すぐ側にいたエルマーにも聞きとれなかった。エルマーは聞き取ろうとして俯いているレンの顔を覗き込み、次の瞬間驚いて声をあげた。
「お、おい、レン、どうした!? 大丈夫か!?」
焦ったエルマーの声に皆が何事かと振り向くと、そこには大粒の涙をボタボタとこぼし、唇を血が出る程噛み締めて神官を睨みつけるレンの姿が合った。
「…女神様のご加護!? それがもし本当にあるんなら、なんで先生を守ってくれなかったの!? 先生はあんな所であんな風に死んでいい人じゃなかった!! なのに俺を庇った所為で先生は化け物に喰われたんだ! 俺…ヒックッ…俺っ、の…ヒック…所為…で……うっ、ううっ」
「…レン、お前の気持ちは良く分かりますが、女神様を否定する事は許しません。お前がここにいるという事が、女神様が我々に恵みを与えて下さった何よりの証拠です」
リアムが静かに嗜めると、レンは涙で顔をグシャグシャにしながら悔しげに呻いた。納得がいかないのだろう。
「人の生き死にというのは、我々の思い通りにはなりません。女神様を恨むのは筋違いというものです。…とはいえ、勇者の責務は子供のお前が背負うには過酷すぎるのも事実です」
リアムは聖騎士達を見渡し、静かに切り出した。
「実のところ、国王陛下があなた達を拘束したのはもう一つ理由があります。あなた方の自由と引き換えに、私に勇者召喚の儀式をさせるおつもりだったのです」
「なっ!? 一体国王は何を考えておられるんだ!?」
「レンのこれまでの努力を無駄にするおつもりか!?」
アルヴィン隊長やフィリップが顔を真っ赤にして怒った。エルマーがそっと隣を窺うと、レンは目を見開いて呆然としていた。
「レン、誤解しないで下さいね。お前は紛れもなく女神様が遣わされた勇者です。もしも国王の命令通り召喚の儀式をしても、成功する見込みは低いでしょう。これまで勇者が2人いたという例はありませんからね。ただ、勇者が子供だったという例がないため、国王陛下は一縷の望みにかけたいとおっしゃる」
「…俺が、役立たずだから…?」
「「「断じてそんな事はない!!」」」
「「「そんなわけあるか!!」」」
レンの言葉を聖騎士達全員が即座に否定し、リアムも、そうじゃないと首を振った。
「お前が勇者として立派に成長した事は、ここにいる皆が認めている事です。たった2年で私達の予想を上回る成長を遂げた。その為、功を焦った国王陛下は魔王討伐の時期を見誤ったのです。そもそも魔王討伐は、お前が成人してからという話だった。此度の大敗の責任は、約束を反古にし、敵の情報が足りないという将軍の言葉に耳を貸さなかった国王陛下にあります。決してお前の所為ではありません。…ただ私としても、お前が戦い続ける事で、これ以上傷つくのは見たくありません」
「怪我なんて…平気です」
「薬や医術、治癒魔法は体の傷を治せても、心の傷をふさぐ事は出来ません。お前の心は今、血を流しているでしょう?」
その言葉に思わずハッと顔を上げると、リアム神官が深い憂いを湛えた瞳でレンを見つめていた。
「レン。お前の矜恃を傷付けるのを承知で聞きます。勇者召喚の儀式をしてもいいですか?」
「…俺が決めていいの?」
「ええ。返事は今すぐでなくてもいいです。よく考えて下さい。さあ、それよりも早くここから出ましょう」
神官に促され、レンは静かに歩き始めたけれど、隣にいるエルマーには、レンが葛藤している様子がよくわかった。
(レン、辛いだろうな…)
こんな時、何て言えばいいのか分からなくて、だけど一人じゃないと安心させたくて、エルマーは黙ったままレンの背中を軽く叩いてやった。
外に出ると、美しい夕焼け空が広がっていた。太陽に照らされた雲が金色に輝くそのすぐ上には、美しい紫色の空が広がっている。だがそれは日が落ちるまでの、束の間の情景だ。やがて、夜がやってくる。
帰らずの森の夜は、恐怖と屈辱、悲哀と憎悪、飢えと渇き…ありとあらゆる負の連鎖で塗り固められていた。
アンデッドと成り果てた兵士達を切った時の感覚。
泥と汗と血の混じり合った匂い。
暗い森に響く魔物達の咆哮と兵士達の悲痛な叫び声。
轟々と燃え盛り、天を焦がす炎の熱気。
(どれだけの兵士が犠牲になっただろう…?)
戦争なのだから生きて無事に帰れる保証はない。
兵士達もその家族も、ある程度は覚悟はしてたはずだ。
だけど、現実は想像よりももっと酷かった。
見習いから正式に聖騎士となって民を守るという夢が叶ったけど、己の不甲斐なさを痛感した。
敵味方が入り乱れる激しい戦いの中では、自分自身を守るだけでも精一杯だった。
エルマーでさえ、そう思うのだ。
勇者であるレンは、もっと責任を感じているだろう。
「神官様、勇者召喚の儀式をして下さい」
レンの言葉に周りの皆がざわめいた。
「…本当にいいんですか?」
神官様が確認するように問うと、レンは「はい」と頷いた。
「俺は勇者の称号なんてどうでもいいです。もっとふさわしい人を……皆を守る事の出来る強い勇者を呼べるなら、その方が絶対いい。強力な助っ人が来てくれるなら、敵に勝つ可能性が高くなる。ただ…」
レンがぐっと拳を固めた。
「俺はこのまま皆と一緒に戦いたい。先生に教えてもらった事を無駄にしたくないんです。神官様。勇者としてまだ未熟だけど、俺の力は少しは役に立つでしょう!? どうか子供だからという理由で、俺から仇を討つ機会を取りあげないで下さい」
その言葉を聞いて、神官様はレンに向って頭を下げた。
「レン、女神様に選ばれし子よ。たとえ召喚の儀式が成功して新たな勇者が降臨したとしても、お前が勇者である事に変わりはありません。心の思うままに進みなさい。ただ、どうか無理はしないでおくれ。お前が健やかに生きて大人になる事、それが母君と師の一番の願いだと思いますよ」
「…はい、ありがとうございます」
レンの瞳に光が戻ったので、エルマーはホッとした。
(よかった。少し元気が出たみたいだ。…だけど国王様は勝手過ぎる。とてもじゃないけど忠誠を誓う気にならないな。王宮勤めじゃなくて本当に良かった)
「さて、皆、お腹はすいていませんか? もう遅いですから近くの街で食事をとって帰るとしましょう。何でも好きな物を頼みなさい」
リアム神官からの労いに聖騎士たちは喜び、束の間の休息を楽しんだ。
エルマーもレンと一緒に温かい食事に舌鼓を打った。
自分達と入れ違いに、大勢の手練が城を包囲していたなど夢にも思わずに。
読んで下さってありがとうございます。




