交渉の勝者
誤字修正しました。
「本物の勇者…? レンが偽物だとおっしゃるのですか?」
「そ、そうだ。…おかしいと思ったんだ。成人もしていない子供が勇者だなんて。それに母親までいた。優秀な召喚師はこちらで用意する。だから、もう一度…」
突然、ダンッ!と激しい音が部屋中に響き渡り、国王は思わず口をつぐんだ。
それは、リアムが手に持った杖を思い切り床に打ち付けた音だった。
「レンは間違いなく女神様の祝福を授かった勇者です。彼の実力は陛下もお認めになったではありませんか!」
「あの時は、そうだと思った。だが実際はどうだ!? 魔王の首どころか砦一つ落せん。それに賢者が死んだのは、あの小僧を庇った為だ。まるで使い物にならん!」
「何と言う言い草だ。もともと魔王討伐はレンが成人後という計画だったはず。あと1年修行すれば、今よりも強くなっていたでしょう。それを待つ事が出来ず、全面戦争を仕掛けたのはどなたです?陛下ご自身の判断が間違っていたのでは?」
「なっ…、無礼な!」
「無礼を承知で申し上げます。そもそも此度の戦争は、クリフォード将軍も賢者ショーン殿も反対しておられた。敵の情報もなく、十分な準備もできていないのを知りつつ出立命令を出されたのは何故です!?」
リアムはまなじりを上げて国王を見据えた。
「魔石の流通量が減って、日に日に民から不満が出ていたからだ」
「それはどこの国も同じです。夜の時代になって魔物の力が増したのですから。魔石を使わずにすむ生活道具の開発を先代国王が進めていたはずですが?」
「…進捗は芳しくない。前回の夜の時代の生活道具には問題点が多かった。改良した試作品はいくつか出来ているが、材料が高価な上に手に入りにくいから流通する程作れないし、庶民には到底手が出せぬ価格だ」
「新しい物を作るには時間と金がかかります。人とて同じ事。むしろ僅か2年で魔法や武術を修得したレンは、よくやったと言えるでしょう。厳しい訓練に泣き言一つ言わず、必死で食らいついていた…」
リアムは目を閉じた。
「レンは賢く心優しい少年です。本来なら戦いを好む性格ではありません。そんな彼がたった2年で驚きの成長を遂げたのは、母親の仇を討つという目的の為です。しかしそう仕向けたのは他ならぬ私達だ。あの子が母親と暮らす権利を無理矢理奪ってまで戦わせているのです。たった一度の失敗で見捨てるのは早計というもの」
リアムはもう一度杖で床を叩いた。
「国王陛下。あなたは全てにおいて結果をすぐに求めすぎです。そもそも勇者の降臨は女神様がお決めになるもの。本来なら何十年も後になるはずでした。それを無理矢理早めたのです。レンが遣わされたのは本当に奇跡と言って良いでしょう。女神様の祝福を授かる者は、100年に1度と言われているのですから」
静かに諭すように言っても、国王は納得せず血走った目を向けた。
「やってみなければ分からぬではないか。勇者の召喚は初めての試みだったが、一応は成功した。ならば2度目があってもおかしくはあるまい!?」
(リアム神官がここまであの小僧に肩入れしているとは…。母親を死に追いやった罪悪感も手伝って情が移ったのかもしれぬ。どうにかして説得できないか…)
そう思った国王は、ふと閃いた。
「そなたの言う通り、成人もしていない子供を戦場に送るなど間違っていた。功を焦った私が愚かだった。だが私も国王として民を守る為に出来る事は全て試してみたい。もう一度勇者召喚の儀を行ってくれ。ダメで元々だ。失敗しても責めはしない。それに…」
(この一言でリアムは頷いてくれるはずだ)
「もしも成功すれば、レンを危険な目に曝さずにすむ。女神様の祝福を受けた勇者は滅多な事で死ぬ事はないだろうが、戦いが長引けば再び仲間の死を見る事になるかもしれない。その時、果たしてレンの心は耐えられるか?」
そう言うと、リアムは口元に手をやって考え込んだ。
(もう一押しだ)
「レンは賢者の死に責任を感じて深く落ち込んでいる。我が娘アンジェリカも同様だ。これ以上辛く悲しい思いをさせるのは心苦しい」
しばらく考え込んでいたリアムは、やがて小さく溜息をついた。
「…分かりました。そこまで言うなら、もう一度だけ儀式を行いましょう。ただしレンと話をさせて下さい。個人的には私も陛下と同様に彼に辛く悲しい思いをしてほしくありません。しかし先程言った通り、レンは母親の仇を討つという目的がある。その目的を勝手に取りあげるのはどうかと思うのです」
「よかろう。レンの意思を尊重するとしよう」
(思った通り上手くいった)
リアムは切れ者だが政治家ではない。彼は神官として女神様に仕え、人々の救済の為に身を捧げている。だからこうした善意につけ込まれると弱い。
それに対し、国王は長く政に携わっていたおかげで交渉術には長けていた。リアムの怒りをすべて受け流し、最終的には自分の思い通りに事を進めたのだ。
先代と比べると凡庸で器量が小さいと評される国王だが、ずる賢さは一枚上手だった。
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