攫われたミホ ラーソン視点
「きゃあ!」
突然聞こえた叫び声に振り向くと、ミホが小さな小鬼に襲われていた。
最近、この辺に住むドワーフの食料を荒らして回る輩がいて問題になっていたのだが、あいつらに違いない。
とうとう我が家にも現れた上、こともあろうに客人を襲っている。
3匹の小鬼はうずくまるミホに纏わり付き、足に噛み付いたり、髪の毛を引っ張ったり、頭を庇っている手を噛んだりしている。
「ネズミどもが!許さんぞ!!」
フライパンを掴んで振り回しながら突進すると、小鬼達はミホの体からパッと離れ、それぞれ違う方向に逃げた。
小さな体ですばしこく逃げ回るため、なかなか捕まえる事が出来ない。
視界の端で、ミホが食料庫の壁に寄りかかってグッタリと座っているのが見えた。
(いかんな、早く手当てしてやらねば)
そう、頭では思っていたのだが、小鬼を一匹だけでも捕まえたいという気持ちが勝ってしまった。
食料荒らしの犯人は今まで分かっていなかったが、まさか小鬼とは思わなかった。
小鬼は魔物内のヒエラルキーでいえば、ドワーフよりも格下で、住んでいる場所も違う。
一匹一匹の戦闘力も低く、捕まえさえすれば、素手で叩き潰す事も出来る。
知能は低いが、危険を回避する本能はある。わざわざ我々に喧嘩を売るような真似はすまい。
(何か、裏があるはずだ。一匹だけでも捕まえて、情報を引き出さなければ)
ようやく一匹の小鬼を壁際に追いつめた。
しばらく追いかけ回したおかげで行動パターンが読めるようになった。
個体差もあるかもしれないが、こいつは逃げる時、俺から見て右下の方向に逃げる癖がある。
逃げようとしたタイミングを見計らって、右下から掬い上げるようにフライパンを振ると、小鬼はガンッ!と気持ちいい音を立てて頭をぶつけ、床にのびた。
小鬼の両足を片手で掴んで逆さ吊りにし、食料庫の方を振り返った。
「待たせたな、今すぐ手当を・・・」
しかし、振り返った先にミホはいなかった。さっきまで、そこに座っていたはずだ。
「ミホ!?」
食料庫に走って行くと、床はこぼれた小麦粉が散乱して真っ白になっていたが、一部分だけ床が見えており、何かを引きずったような跡があった。
跡を辿ると、小麦粉を積んでいる袋の奥の壁に、小さな横穴が開いて、よく見れば、穴の横の壁には血の筋が着いていてた。
恐らくミホが穴に引きずられまいと抵抗した時の、指の跡だろう。
「くそっ!やられた!」
穴の幅は小さく、俺じゃあ入れない。
自分で追うのはあきらめて、広間へと助けを呼びに走った。
「兄貴!来てくれ!ミホが攫われた!!」
「何だと!?ラーソン、どういう事だ」
全員が血相を変えて立ち上がった。
「コイツらの仕業だ!」
小鬼を逆さ吊りのまま突き出す。
「食料を荒らしてたのはコイツらだ。何匹がいた。食料庫に穴を開けてやがった。
ミホは小麦粉を取ろうとして襲われて、穴に引きずり込まれたらしい。穴が小さくて俺じゃ追えんかった、すまん」
「どこだ!?」
シヴァがいち早く飛び出した。
「こっちだ」
食料庫の惨状をみて、シヴァがギリッと歯ぎしりした。
モリスが穴を覗き込んでから、首を振りながら立ち上がった。
「駄目だ。穴が小さすぎて、我々じゃ追えん。鍾乳洞内のどこかの空間につながってるとは思うが、まっすぐ掘り進められてるとは限らんからな。しらみつぶしに周辺を探すほか無い」
「地図を持ってこよう」
ニルスが走って行った。
「おい!この穴はどこに繋がってる!?さっさと言え!」
小鬼の顔を自分の目の高さに合わせて尋問したが、小鬼はニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべるだけで答えない。
「そいつを寄越せ」
シヴァがギラギラと怒りに満ちた目で片腕を差し出してきたので、素直に渡した。
「殺すなよ。聞きたい事はまだあるんだ」
シヴァが左手で小鬼の細い両足を掴むと、そこから足が凍り始めた。
ニヤニヤと笑っていた小鬼の顔が恐怖で引きつった。
「この穴はどこに繋がっている?」
パキパキと音を立てて、霜が体を浸食して行く恐怖に小鬼はパニックになった。
「お前らだけの仕業じゃないな?誰の差し金だ?」
小鬼は逃げようともがくが、下半身が凍り付いていて動けない。
「・・・答えたくなければ、直接視るまでだ」
シヴァは小鬼の頭に右手を置いた。
みるみるうちに小鬼の体が痙攣し、白目を剥いて口から泡を吹き出した。
シヴァは気絶した小鬼を完全に氷に閉じ込めてから、そのへんに投げ捨てた。
「場所が分かった。地下水路を利用して移動したようだ。
・・・どうやら中途半端に力を持った混血児が糸を引いているらしいな」