母と娘
時は、国王と聖騎士達の謁見の少し前に遡る。
戦争にいった愛娘が無事に戻ってくるよう、毎日祈りを欠かさなかった王妃は、アンジェリカ王女の帰還の知らせを受け、嬉々として娘に会いに行った。
娘の部屋に行くと、謁見する為に身支度を整えたアンジェリカがソファにぼんやりと座っていたが、自分の顔を見ると立ち上がってボロボロと涙を零した。
「…お母様」
「ああ、アンジェリカ。こんなにやつれて可哀想に。随分怖い思いもしたのではなくて?怪我はない?あなたが出立してからというもの、毎日心配で生きた心地がしなかったわ」
そう言って娘を抱きしめて額にキスをすると、小さい頃のように泣きながらギュッとしがみついてきた。
「ごめんなさい、お母様。ごめんなさい…」
「いいのよ、謝らなくて。こうして無事に帰ってきただけで十分だわ」
娘を抱きしめながら髪を撫でてやっても、王女は泣き止む事はなかった。
「安心して。もう怖がる事はないのよ?」
「いいえ、そうじゃないの。…私は、こんな風に優しくされる資格はないのです。賢者様の言う事を聞いておけば、こんな事にはならなかったのに。私は本当に愚かでした」
「どういう事?」
落ち着いて話せるよう、そっとソファに座らせると、アンジェリカはすすり泣きながら懺悔を始めた。
幼稚で身勝手な参戦理由を聞いた時は流石に呆れ、甘やかしすぎたと後悔した。
しかし娘を叱る事は出来なかった。その後に語られた事が想像以上に衝撃的だったからだ。
「空が黒くなる程の虫の大群に襲われて、兵士達は成す術もなかったです。その混乱に乗じて、私は異国人に攫われました。…怖かった。見知らぬ男に口を塞がれて、森の中に連れ込まれて…。あの者達の目的は、私を他国に連れ去る事でした。でも私を運んでいる途中で、男の一人が欲情して押し倒してきたんです…」
王妃は思わず息を飲んだ。
「何て恐ろしい!酷い目に合ったわね。…何もされなかったのでしょう!?」
傷物になったのではない事を確かめる為に問うと、王女は弱々しく頷いた。
「怖くて、夢中で抵抗しました。…でも力では叶わなくて、男の手が服の中に入ってきた時、おぞましさと怒りで目の前が真っ暗になったんです」
アンジェリカは自分自身を抱きしめるように腕を交差させたが、震えを押さえる事は出来なかった。
「…下賎な者が無遠慮に私の肌に触れた事が許せなくて。…こ、殺してやるって…思ったんです。跡形もなく消してやるっ…て…」
アンジェリカはギュッと目を瞑った。
「怒りのままに魔力を暴走させ、私は巨大な竜巻を呼びました。その結果、男達はあっという間に竜巻に飲み込まれて行きました。…でもそれで終わりじゃなかった。竜巻は周りの全てを飲み込んで移動し…多くの味方の兵士達を襲ったんです。怪我で動けなかった人や、虫に襲われたせいで気付くのが遅れた人達……。百人以上の味方の兵士達が犠牲になりました」
アンジェリカが涙で濡れた目で王妃を見た。
「私、人を、こ、殺してしまいました。たくさんの民の命を、奪ってしまったんです…。私は罪人です」
「そんな…嘘でしょう?」
そう呟いた後、王妃の体がぐらりと傾いた。
控えていた侍女が慌てて駆け寄り支えた為、幸いにして頭を床に打ち付ける事は免れたが、王妃はあまりのショックに意識を失ってしまった。
「王妃様っ!ああ、大変。誰か、早くお医者様をお呼びしてっ!!」
「…ごめんなさい、お母様」
アンジェリカ王女は床に跪き、王妃の手を握って己の額に当て、涙ながらに詫びた。
◆◇◆◇◆◇
気がつくと、自室のベッドに寝かされていた。
僅かに顔を横に傾けると、もう一人の娘、グレース王女が手を握って座っていた。
「お母様、良かった。気がつかれたのですね。御気分はいかがですか?」
ホッとしたように微笑んだグレースだが、その表情は悲しげだった。
「あまり良いとは言えないわね。…なんだか悪夢を見ていたようだわ」
心無しか体が重い。気怠げに上半身を起こそうとすると、グレースがそっと背中を支えてくれた。
「ありがとう。…アンジェリカは?」
グレースは悲しげに目を伏せた。
「戦争によるショックで心神喪失している為、回復するまで北の塔で療養するよう、父上が命を下されました」
「何ですって!?陛下は実の娘を幽閉したというの!?」
王妃の問いに、グレースは頷いた。
「アンジェリカは謁見の間で懺悔して、罰を与えてほしいと懇願したそうです」
「ああ、何て事…」
気を失っている場合じゃなかった。
「…本当に、馬鹿な子。自分の罪を認めて反省するのは悪い事ではないけれど、真実を話せば良いという訳ではないのに」
「グレース、そんな言い方しないで。わざとじゃないの…不幸な事故だわ。あの子も被害者なのよ」
「お母様…」
「あの子は味方の兵士達を傷付けるつもりはなかったの。十分に反省しているわ。減刑してもらえるよう、陛下に頼まなくては」
急いでベッドから降りようとすると、グレースから押しとどめられた。
「無駄です。幽閉はアンジェリカ自身も納得している事です。それよりももっと大事なお話があります」
「…どういう事?」
「事故とは言え、王女が数多の兵士を殺したと民に知られれば、当然怒りはアンジェリカと王家へと向うでしょう。父はこの件について箝口令をしきました」
グレースの言葉に、王妃は安堵の溜息をついた。だがグレースは眉根を寄せたままだ。
「今の我が国の状況を考えれば、政治的な判断だと言えるでしょう。半数もの兵士が不在ですから、反乱等が起きれば厄介です。…ああ、でもアンジェリカは、どうしてあんなに愚かなのかしら?」
グレースは悔しげにうっすらと涙を浮かべた。
「懺悔ならお父様と2人だけの時にすれば良かったのに!結局あの子は自分自身の事ばかりで周りが見えていないのよ。お父様は聖騎士達から情報が漏れるのを恐れて、彼等にあらぬ罪を着せ、地下牢に入れてしまいました。……本当にもう!親子揃って馬鹿なんだからっ!!…あっ、お母様っ!?」
王妃が再びショックで気を失ってしまい、グレース王女は溜息をついた。
「一緒にお父様を止めてほしかったのに…。仕方ないわ、神官様に手紙を書く事にしましょう」
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