昔話2
家族と別れた後、ソレイユは青や緑に輝く光に覆われた状態で、何もない不思議な空間を漂っていた。
そう、何もない。地面すらも。
真っ白な世界にたった独りでフワフワと浮かんでいると、頭の中に女神様の声が響いた。
『これからあなたを私の作った世界へ送ります。あなたが元いた世界に似ているから、すぐに慣れるでしょう』
真っ白な世界が色づき、色々な風景が現れては消えた。
青く美しい海原。山頂に雪が残る山々。草原を駈ける獣の群れ。周りの風景を鏡のように映す湖面を優雅に泳ぐ水鳥。広大な川が流れる肥沃な大地。色鮮やかで美しい世界が眼下に広がっている。
(世界を作る手伝いをしなさいと言われたが、十分完成しているように思えるな。私に何ができるのだろう?)
不思議に思っていると、やがて人々の集落が見えた。
建物は全て不揃いの木を組んで作った祖末な小屋だ。
胸から下を木綿の布で巻いた若い娘達が小屋の外で集まり、輪になって糸を紡いでいるのが見えた。小屋の中からは機織りの音も聞こえる。一方男達は腰布を巻いただけの格好で、川で魚を捕ったり、森で狩りをしていた。子供達は母親と一緒に木の実を拾ったり、果実を摘んだりしている。
彼等の生活様式は実に単純だった。
食べ物を探すか、衣服を作るかで1日を過ごしている。収穫された物は集落で分かち合っているので産業と呼べる物はなく、当然貨幣も存在しない。
どうやら衣食住全てに置いて、この世界の文明は元いた世界よりも随分と遅れているようだ。だが、お互いに協力し合い、平和に暮らしている。
(それにしても…)
ある疑問が生じてソレイユは首を傾げた。
原始的な生活をしている彼等だが、生活に使う道具は、やや古い型ではあるが自分達が使っていた物とそう変わらない。それに弓矢や網、機織り機を作るには知識と技術、そしてこれらを作る道具が必要だ。しかしこれらの道具を作る様子も使う様子もない。
その疑問はすぐに解けた。
小高い丘の上に大きな真円の石盤があった。石盤には奇妙な図形が描かれていた。石盤いっぱいに正六角形が描かれており、その角にはそれぞれ色の違う丸い美しい石が嵌め込んであった。そしてそれぞれの石から全ての石に繋がる直線が放射状に伸びており、外側の余白に見慣れない文字が刻まれていた。
やがて石盤の前に使い古されて壊れた機織り機を抱えた人々がやってきた。彼等はそれを石盤の上に置き、跪いて女神様に祈りを捧げ始めた。すると石が光り輝き、石盤全体がまばゆい白い光に包まれた。そして光が消えると、石盤の上に真新しい機織り機が置かれていた。人々は女神様へ感謝しながら機織り機を抱えて帰っていった。
ソレイユは驚いて声をあげた。
「まさかあれらの道具は全て女神様が与えられたのですか?」
『そうです。あなたのいた場所は、私の兄と姉達が共同で作った世界です。とても良く出来た世界なので、それを参考にしてこの世界を作りました。でもこちらの人間はご覧の通りあなた達程発展していません。初めに暮らしに必要な道具と知識を授けましたが、彼等はただそれを使うだけ。もう何百年も変わらぬ生活をしています。残念ながら自分達で新しい物を創造する事が出来ないようなのです。ですが私も神として修行中の身。いつまでも彼等の面倒を見ているわけにはいかないのです。あなたは彼等よりも遥かに優れた知識があります。どうか彼等を指導し、導いて下さい』
この世界の人間達の文明を発展させろ、という女神様の無茶ぶりにソレイユは慌てた。
「そんな大役、私一人では到底無理です。私が教えられる事といったら建築の知識と技術、あとは女神様に授けていただいた流行病の薬の作り方くらいです。もちろん、自分の知っている事は全て教えるつもりですが、だからといって道具を一から作れるわけじゃありません」
『では、あなたの補佐として精霊をつけましょう』
「精霊?」
『ええ。彼等は万物の根源が具現化した者。私の力をそれぞれ引き出す事が出来ます』
女神様の言葉の後、突然目の前に不思議な存在が複数現れた。彼等が‘精霊’だと女神様が教えて下さった。
精霊の体はそれぞれの根源から出来ていた。水の精霊には魚のような尾びれがあり、風の精霊は蜉蝣のように透き通った羽を持っていた。火の精霊は炎を纏ったトカゲのような姿で、土の精霊は土と岩で出来た頑丈な体を持っていた。その他にも樹や氷、雷や光など様々な自然現象に精霊は宿っていた。
『ソレイユ。精霊達に愛されるよう、あなたに祝福を与えましょう。彼等と一つになり、新しい存在へと生まれ変わるのです』
女神様がそういうと、美しい声で歌いだした。
その旋律に誘われるように、精霊達はソレイユを覆う光の中に一斉に飛び込んできた。
咄嗟に身構えて目を瞑ったものの、一向に痛みも衝撃も起きなかった。恐る恐る目を開けると精霊達は小さくなって、青と緑の光の中でソレイユを中心にクルクルと泳ぐように漂っていた。
その美しさに見とれているうちに、ふと水の精霊と目が合った。すると水の精霊は嬉しそうにソレイユの胸へ飛び込んできて姿を消した。
次の瞬間、体の中に不思議な感覚が沸き起こった。冷たくて心地よい力が体中を巡っている。
一人、また一人と精霊がソレイユの胸に飛び込んでは消え、その度に異なる力の感覚が体中を駆け巡った。
女神様の歌に応えるように、海も空も大地も歓喜の歌を奏でる。
世界中が、新しい存在の誕生を喜んだ。
◆◇◆◇◆◇
「あの時、ソレイユの体に起こった変化をどう言い表せばいいのか…。
精霊達と融合した事で自分達を取り巻く根源の力を視ることができるようになり、そして自分の意志で自由にその力を使えるようになった」
「それはつまり魔力を得て魔法が使えるようになったという事ですよね?しかも根源の力を視るなんて凄いですね。一体どんな風に見えるんでしょうか?私も多少は魔法を使えますが、一度たりとも見た事がありません」
ショーンさんの言葉に、魔王様は頷いた。
「それはそうだろう。君の使う魔法は精霊との契約で借りているものだ。しかしソレイユは女神様の祝福を受け、精霊と融合した。つまり万物の根源と融合したんだ。この意味が分かるかね?」
「なんだか特別で凄いという事だけは分かります」
私の間抜けな応えに、魔王様は軽く笑った。
「簡単なことだ。ソレイユは人間ではなくなってしまった。だがそれまでと変わらず人の形と心を保っていた為に、自分自身はその事に気付いていなかった」
魔王様は一口お茶を飲むと、深く息を吐き出した。
「そしてそれが、悲劇の原因だ」
読んで下さってありがとうございます。
なかなか執筆できず、久々の更新になりました。
次回こそ、勇者との因縁を書きたいと思います。




