モリスの家
モリスの家を訪ねる日、私は約束通りつまみを沢山用意した。
野菜のマリネ、豆とゆで卵のサラダ、鳥の唐揚げ。
どうせ揚げ物をするならと、唐揚げの前にサーターアンダギーを作って食べさせたら、予想通りシヴァとガロンは大喜びだった。カリッとした表面の食感が気に入ったらしい。
私は揚げ物を作る時に、ついつい大量に作ってしまう癖がある。
今日も作りすぎてしまったので、モリスへのお土産に追加する事にした。
瓶に入れた野菜のマリネと蓋つきボールに入れたサラダを持ち手のついた籠の中に入れ、布をかぶせてシヴァに持ってもらった。
唐揚げとサーターアンダギーはそれぞれ深皿に入れてからアルミホイルで蓋をし、布で包んでリュックに詰めて私が持つ事にした。
リュックに匂いが染み付かないか気になるが、ガロンのつまみ食い防止の為だ。
「俺が持つよ」
思った通り、ガロンがニコニコしながらリュックに手を伸ばしたので、私はそれを笑顔で制した。
「ううん。これは私が持つわ。その代わりガロンは私を持って。そしたら同じ事でしょ?」
「・・・?そうだっけ?じゃあいいか」
ガロンは首を傾げて考えていたが、素直に私を運んでくれた。
もはやガロンの左腕は、私の外出の際の移動手段になりつつある。
◇◆◇◆◇◆◇◆
モリスは、山の中の巨大な鍾乳洞の中に住んでいた。
彼は私達が着くのを出口で待っており、手を振って温かく迎えてくれた。
私はガロンから降りて、モリスに挨拶した。
「こんにちは、モリス。お招きありがとうございます」
「やあ、遠いところ良く来たね。ゆっくりして行ってくれ」
鍾乳洞の中は広く、美しかった。
天井や壁は自然が作った神秘的な造形そのままだが、通路や階段などはモリスの一族が改造して、住みやすくしているらしい。
所々に緑色に光る植物やキノコが生えており、足元を照らしている。
通路には高さ2メートル位の位置に、等間隔で白く淡い光を放つ花が咲いており、明かりの役目をしていた。
しばらく進むと、木で出来た扉がいくつかある広い空間にでた。
「まずは広間に案内しよう。兄弟を紹介するよ」
そう言って扉の一つを開くと、中は居心地の良さそうな広い部屋だった。
中央に大きな木のテーブルがあり、モリスに良く似たドワーフが2人座っていた。
「弟のニルスとラーソンだ。二人ともシヴァのことは知ってるな?
こちらのリザードマンがガロンで、こちらがミホだ」
「こんにちは。今日は大勢でお邪魔してすみません」
挨拶すると、ニルスとラーソンの二人は立ち上がって挨拶を返してくれた。
「ご丁寧にどうも。ニルスです。ようこそ我が家へ」
「ラーソンだ。兄貴からあんたの事を聞いて会うのが楽しみだった。あのベルガーに一泡吹かせたらしいな」
あちゃー、と私は思った。
どうやらあの日の事は魔物の間で有名になっているようだ。
ベルガーは恥をかかされたと私を恨んでいるかもしれない。
(次に会った時、無事でいられるかしら・・・どうしよう、怖いな)
「さあ、客人の3人は座ってくれ。我が家の自慢のエールで乾杯しよう」
モリスのかけ声でニルスとラーソンは宴の準備を始めた。
ニルスが持ってきたのは、ガレットだった。モリスがレシピを伝えて、早速作ってみたらしい。
「あ、約束通りおつまみ作ってきましたよ。良かったらこれも一緒に食べて下さい」
私はシヴァから籠を受け取り、マリネとサラダをテーブルに並べた。
次にリュックから唐揚げとサーターアンダギーを出してテーブルに置くと、アルミホイルにニルスが反応した。
「おお!これか!兄貴の言っていた鉱物で出来た紙というのは。
確かに凄いな。どうやったらこんな薄さに出来るんだ?我らにも出来るだろうか?」
「人間に出来たんだ。我らに出来ない訳が無かろう。時間をかければきっと可能だ」
モリスとニルスは研究熱心らしい。
一方のラーソンはエールの入った酒樽を担いで持ってきた。かなりの力持ちだ。
「おい、そんな話は後にしろ。客人に自慢のエールを飲んでもらわなきゃ始まらんぞ」
そして、テーブルに並べた料理の数々を見て、目を丸くした。
「何だ、この御馳走の山は。これじゃどっちが持て成されてるかわからんな」
そう言いながら、自慢のエールをゴブレットに注いで手渡してくれた。
美しい琥珀色と芳醇な香りに期待が高まる。
モリスがゴブレットを掲げて乾杯の音頭をとった。
「我らの新しい友人の健康と幸運に!乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
のどを潤そうと一口飲むと、フルーティーで華やかな味わいと奥深い後味が広がった。
「・・・美味しい」
ビールと言えば、キンキンに冷やして、喉ごしと苦みを楽しみつつゴクゴク飲む物と思っていたが、これは全く別物だ。
一口飲むごとに味が微妙に変化するようで、香りや口当たりを楽しみながら、ゆっくりと飲む事が出来る。
「モリスが自慢するだけあるな。確かに美味いエールだ」
シヴァがそう言ってお代わりすると、ラーソンが喜んだ。
「あんたにそう言ってもらえると嬉しいな。今日は存分に飲んでくれよ。
ミホ、あんたの料理も美味いな。どれも美味いが、俺はこれが気に入ったよ」
そう言うと、サーターアンダギーを頬張った。
大量に作ってきて良かった。
「お口にあって良かったです。このエールもとっても美味しいです。売ってもらいたいくらい」
そう言うと、ドワーフ3兄弟は笑った。
「気に入ってもらって良かった。うちのエールはこの鍾乳洞の中にある湖の水を使ってるから、他のよりも味わい深いんだ。あとで見せてやろう」
モリスの兄弟は、彼と同じく気さくで話しやすかったので、宴は和やかに進んだ。
皆おおいに飲み、おおいに食べたおかげで、持ってきたつまみはすっかり無くなってしまった。
「おっと、つまみが無くなってしまったな。何か作って持ってくるか」
そう言ってラーソンが立ち上がったので、私も席を立った。
「良かったらお手伝いします。二人でやれば早いですよ」
「おお、助かる。ついでにさっきの丸いやつの作り方を教えてくれ」
「いいですよ。小麦粉と砂糖と卵と油があれば出来ます」
二人でキッチンにいって、早速料理に取りかかる事にした。
「俺はガレットを作ろう。小麦粉は食料庫に置いてある。その扉の奥だ。それ以外はこちらにあるから、用意しておく。小麦粉は好きなだけとって持ってきてくれ」
ラーソンに教えられた扉を開けると、そこには先客がいた。
膝丈程の背の高さのやせた小鬼のような魔物が5匹程おり、小麦粉の入った袋を抱えて盗もうとしていた。
いきなり扉が開いた事で、小鬼はぎくりと動きを止めたが、入ってきたのが私だと分かったとたん、3匹が牙を剥いて同時に飛びかかってきた。
「きゃあ」
思わず顔を庇ったが、腕と足を噛まれ、痛みにガクリと膝をついた。
「痛い!痛い!やめて」
小鬼達は私の髪を引っ張ったり、手を噛んだりと容赦がない。
「どうした!?」
ラーソンが私の異変に気づいて走ってきたおかげで、小鬼達はぱっと私の体から離れ逃げ出した。
「ネズミどもが!許さんぞ!!」
ラーソンがフライパンを振り回して小鬼達を追いかけたが、四方に逃げて捕まえる事が出来ない。
私は食料庫の壁に寄りかかり、噛まれて血がにじんだ腕をおさえた。
ようやく神官につけられた傷が治りかけていたのに、今度は両足を噛まれてしまった。
またしばらく家の中で過ごさなきゃいけないな、とぼんやり思っていると、足元に影が差した。
見ると、2匹の小鬼がそれぞれの私の足首を掴んでいた。
そうして私は、小鬼が食料庫の壁に開けたであろう横穴に、ズルズルと引きずり込まれた。