出会い
翌日の午後、お菓子を焼いている私の所に、ショーンさんがソワソワと落ち着かない様子でやってきた。
「あの、魔王城はここから近いのでしょうか?今から出発しても間に合うのですか?」
「え?ああ、大丈夫よ。登城する時間になったらシヴァが扉を繋いでくれるから、ゆっくりしてて」
そういうとショーンさんは目を丸くした。
「それって空間転移ですよね? すごいな。そんな高度な魔法まで修得されてるなんて」
「そうね。すごく便利よね。でも空間魔法は色々と制約があるから、どこでも行けるわけじゃないらしいけど」
「そうなんですか。自分の魔法は独学なので、誰かに師事した事はないんです。シヴァさんに弟子入りをお願いしてみようかな」
ここ数日間、森の修復の手伝いをしていたショーンさんは、シヴァの植物への造詣の深さと魔法の多様さに感銘を受けたらしい。
「独学で賢者になれる方が凄いと思うんだけど」
「自分は賢者になった覚えはありません。先代国王陛下が大げさだったんですよ」
「でも四大精霊と契約できたんでしょう?それって凄い事じゃないの?」
「そうですね。大抵の人は相性の良い精霊を一つだけ選んで、レベルアップする方を選びますね」
「ショーンさんはどうしてそうしなかったの?」
「冒険者を目指した時、どのパーティにも入れてもらえなかったので仕方なく。あらゆる場面を想定した結果、四大精霊全てと契約した方が身を守る確率が高かったんです」
「まさかの消去法」
凄いけれど、なんだか悲しい過去が垣間見えてしまった。
これまで蓮の事を聞いたりする中で、彼の事も少し知った。ショーンさんは少年期に家を出て以来、ずっと孤独だったようだ。彼自身はその事に対して気にしていないように見えるけど、それはきっと慣れてしまったからだろう。自己評価が極めて低いのは、近くに比較対象がいなかったからに違いない。
人は群れで生活する動物だ。お互いに足りない部分を補うため、助け合って生きている。
多分、長い間その環から外れた彼は、自分で出来る事を広げる必要があったのだ。
(私より年下なのに、若いうちに苦労したんだろうな)
そんな彼だからこそ、この世界で孤独になってしまった蓮に寄り添ってくれたんだろう。
蓮の側にショーンさんがいてくれて、本当に良かったと思う。
「ところで、魔王様に質問したい事って何ですか?」
私の質問にショーンさんは頬をかいた。
「歴代勇者のその後について、ご存知かどうか尋ねてみたくて。どの文献にも記載されてないんですよ」
「それは確かに気になるわね。でも魔王様は勇者に封印されてしまうから、ご存じないんじゃないかしら」
「自分を封印した勇者がその後どうしたか、気になって調べたりしないでしょうか?」
「う〜ん、どうだろう?魔王様は、勇者に封印されるのは世界の理に組み込まれているって言ってたから、個人的に恨みを晴らそうとか思ってないんじゃないかしら」
「そうですか。まあ、自分がこんな風に思いついたのも、レンの先行きが心配だったからなんですよ。あの時はミホさんが生きておられるとは知らなかったし、もし使命を果たした後で元の世界に帰るとしたらと思うと不安で。1人で生きるのは大変ですから」
ショーンさんの言葉に、私の胸がじーんと熱くなった。
「蓮の事を真剣に心配していただき、ありがとうございます。いい先生に巡り会えて、蓮は幸せ者です」
「いやいや、自分の方こそレンに救われました。レンがいなければ自分はずっと外の世界に関わる事はなく、城の片隅でつまらない一生を終えていたでしょう」
「あの子との出会いがショーンさんにとって良いものだったら嬉しいです」
自分達が普段気がつかないだけで、世界は様々な奇跡に溢れている。
‘出会い’も奇跡の一つだ。
出会いは人を成長させる。そして別れは人を強くする。
(この2年間、蓮にとっては辛い事の方が多かったはず。体も心もきっと強くなったでしょうね)
この間は離れた場所から姿を見ただけで、言葉を交わす事も私の存在を知らせる事も出来なかった。
会いたい。会ってたくさん話がしたい。
もう一度あの子を抱きしめたい。
◆◇◆◇◆◇
日の入りの時刻になり、私とショーンさんは登城した。
手土産の菓子を侍従の方に渡すと、謁見の間で控えるように言われた。
「モリスさんの姿が見えないようだけど」
「本日は魔王様の使いで外出なさっておられます」
「そう、わかったわ。ありがとう」
シヴァがいないのでモリスに側にいてもらおうと思ったのに当てが外れた。
仕方ない。腹を括るか。
「ショーンさん、ここで私と並んで跪いて下さい。私が魔王様に紹介した後、お声がかかると思います。それまで顔を上げずにいてください」
「わかりました」
(多分、これでいいのよね? そういえば初めて魔王様にお目にかかった時は、ベルガーに襲われたんだっけ)
あの時は他の幹部も揃っていたけれど、今はそれぞれ任務にあたっている為に誰もいない。
(いつもと違って何だか変な感じだな〜)
そんな事を思っていると、扉が開いて魔王様が謁見の間に入ってこられたので慌てて頭を下げた。
「両者とも面を上げよ」
魔王様から声をかけられ、私達2人は同時に顔を上げた。
魔王様は玉座に深く腰掛け、リラックスした様子でこちらを見ていた。
「シヴァから話は聞いている。その男がミホの新しい部下か。なかなか優秀なようだな。紹介してくれるか?」
魔王様が青い目を細めながら私を見た。
(絶対に面白がっている。もういい、ありのままを話そう)
「はい。この者はショーン・クラークです。アビラス王国の賢者であり、勇者の魔法の師を務めておりました。息子の蓮を取り戻す為に仕掛けた罠にかかり、第一砦の中庭に現れました。息子の恩人を捕虜にするには忍びなく、また戦争を終結させたいという目的が一致したため、私の部下となる誓いをたてさせ、その才覚を発揮してもらう事にしました」
「成る程。実にお前らしい。他には?」
「シヴァが言うには、彼は‘女神様の愛し子’だと。そうとは知らず、独断で勝手な振る舞いをした事、深くお詫び申し上げます」
頭を垂れた私に、魔王様の忍び笑いが聞こえた。
「そうだな。女神様の誓いで縛ったとは言え、実に浅はかで軽率な行動だ。本来ならば厳しく叱責する所だが、其の者の働きに免じて見逃してやろう」
「ありがとうございます」
(魔王様、優しい!機嫌がいいみたいで良かった〜)
ホッと胸を撫で下ろし、私は再び口を開いた。
「恐れながら、ショーンが魔王様にお尋ねしたい事があるようです。発言をお許しいただけますか?」
「よかろう。ショーン・クラーク、発言を許す。何なりと申してみよ」
しかしショーンさんは黙ったままだった。
(どうしたのかしら?)
そっと彼の顔を窺うと、青い顔をしたまま魔王様を見つめていた。緊張しているというよりも、驚愕しているという感じだ。
「ショーンさん、どうしたの? 魔王様から発言のお許しが出たわ。ご挨拶して」
私の声にショーンさんはハッと我に返り、再び頭を下げた。
「…失礼しました。ショーン・クラークと申します。ご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます」
「そう堅苦しくならずとも良い。私に尋ねたい事とは何だ?」
顔色を隠す為か、ショーンさんは顔を下げたまま発言を続けた。
「先程ご紹介いただいた通り、私は勇者レンの師です。弟子の行く末が心配で、歴代の勇者達のその後の事を調べましたが、どうしても分かりませんでした。長年生きておられる魔王様ならばご存知かと思った次第です」
「ほう? 勇者に封印された私には、その後の事はわからぬ。次に目覚めた時は勇者はいなくなっているのだからな」
(やっぱりそうよね)
納得しかけた私の横で、ショーンさんは首を振った。
「いいえ、誰よりもご存知のはずです。自分には答えが分かりました。分からないのは、何故そうなったかという理由です」
ショーンさんは真っ直ぐに魔王様を見た。
「どうかお答えください。先の勇者、アイザック・ヴィンチ様」




