変化
種を預かってから5日たった。
まだ戦争は終わっていないけれど、あれ以来敵が攻めて来る事もなく、森の修復は着々と進んだ。
土の精霊の加護を持ち、尚且つ神官見習いであったショーンさんは、小規模ではあるものの大地に祝福を授ける事が出来たので、シヴァとオリヴィアから絶賛されていた。
ショーンさんが「女神様の愛し子」である事はまだ内密にしていたので、多くの兵士達は突然現れて私の直属の部下になったショーンさんを胡散臭そうに見ていた。けれど、真摯に森の修復に協力する様子を見て、だんだんと態度を和らげ、顔を見れば挨拶をするようになっていた。
「森から帰ってきた時、見張りの兵士達から『お疲れ様』って声をかけてもらいました」
食事の時、嬉しそうに報告してきたショーンさんに、私達の口元も綻んだ。
彼は肩書きなどではなく、自分自身の力で魔物達から信頼を得つつある。
種族間の憎しみを完全に消し去る事は出来ないけれど、人間の中にも話が分かる奴がいるんだな、という空気が徐々に兵士達の中に生まれていた。
多分、ショーンさんだけでなく、ダンの存在も大きい。
ダンは気が利くし、野菜の皮むきや皿洗いといった地味な作業にも文句を言わずに働いてくれるから、キッチンスタッフからの評判がいい。それにラーソンとの息のあった掛け合いは面白く、すっかり食堂名物となっている。
先入観を失くしてお互いを知れば、いつかきっと分かり合える。
お互いに必要なのは対話だ。
過去の出来事を覚えておく事は大事だけれど、怒りや憎しみといった先祖の負の遺産を子孫が受け継ぐ事はないと思う。
同じ悲劇を繰り返さない為にどうすればいいかを過去から学び、より良い未来へと道を切り開く方がずっといい。
過去は変えられないけれど、未来は自分達の手で選べるのだから。
◆◇◆◇◆◇
「ショーン・クラーク、森の修復に多大な貢献をした褒美として、魔王様より謁見の許可が降りた。明日の日の入りの時刻に、ミホと共に登城するよう命ずる」
「かしこまりました」
恭しく頭を垂れるショーンさんを、兵士達が羨望の眼差しで見つめた。
一般兵士が魔王様に謁見できる機会なんて、そうそうないからだ。
そして褒美が与えられるということは、魔王様が彼を魔王軍として認めた事に他ならない。
砦にいる全ての兵士の彼に対する認識が、「人間」という種族から「ショーン・クラーク」という個人に変わるのに十分だった。
「とうとう魔王様にお会いできるのですね。流石に緊張します。ミホさんから見てどんな方ですか?」
お茶の時間、ショーンさんが少々興奮した様子で尋ねてきた。
「外見は若く見えるけど落ち着いてて威厳のある方よ。だけどとても気さくで寛大な方だわ。時々、笑うのを我慢して肩をプルプル震わせてる事もあるわね」
「それはお前が突拍子もない言動をするからだろう。だが、言われてみれば以前と少し変わられた印象はあるな。…ミホという例外な存在のせいか?」
シヴァがどこか考え込むように言った。
「失礼ね! でもきっと悪い方に変わった訳じゃないでしょう? 私が知る限り、民の事を思う素敵な王様だと思うけど」
「当たり前だ。以前も今も変わりなく民を思って下さる偉大な方だ」
私とシヴァの会話を聞いて、ショーンさんは微笑んだ。
「お会いできるのが楽しみです。魔王様に色々とお聞きしたい事があるんですが、質問するのは不敬でしょうか?」
「いいや、魔王様がお許しになれば構わないだろう。ただし謁見の間では許可が出るまで頭を下げて待機しておくように。あと、発言の許可が出るまでは口を噤んでおく事だ」
「分かりました」
シヴァの助言にショーンさんが真面目に頷いた。
「私もそうしたほうがいい?」
「馬鹿者。お前は魔王様に彼を紹介する役目があるだろうが。間に立って、彼の簡単な経歴とお前の部下になった経緯を話すんだ」
「…やっぱり怒られるかな?」
「さあな。お前の言う通り寛大な魔王様なら、許して下さるんじゃないか?」
シヴァの意地の悪い笑顔にムカついた私は、クッキーの載った皿をシヴァの手の届かない場所へと移動させた。




