希望の種
「グレゴリーからの報告によると、生き残った敵兵はおよそ5千人。現在は第六エリアに巡らされた迷路を彷徨っているようだ」
「ふうん。指揮系統も乱れているし、食料などの補給物資もないから、ボロボロみたいね。万が一遭遇しても、余裕で返り討ちに出来そう」
「そうだな。だが念のため邪魔されないよう、第五エリアとの境界線に結界を張っておこう」
敵からの攻撃はしばらくないだろうと判断したシヴァとオリヴィアは、森の修復にかかることに決めた。
「一度に多くの人間が足を踏み入れたせいで、予想以上に森が荒れてるな」
「そうね。すぐに種や苗木を用意するわ」
「勇者に破壊された箇所は私が請け負う。オリヴィアはそれ以外の場所を頼む。範囲は広いが、それぞれの場所に何が適しているか、君以上に知っている者はいないからな」
「任せて。その代わりと言っては何だけど、種や苗に成長促進の魔法をかけてくれる?」
「お安いご用だ」
そんな2人にショーンが手伝いを申し出た。
「弟子が森の一部を破壊したお詫びに、自分にも何か手伝わせて下さい」
「そういえば君は土の精霊の加護も持っていたな」
「はい。少しはお役に立てるかと」
「では遠慮なくお願いするとしよう」
私も植林の手伝いがしたかったが、砦から幹部全員が出払うわけにはいかない。2人が出かけている間は留守番する事になった。
「私にも少しは森の為に貢献したいんだけど、何か手伝える事はない?」
そう言うとオリヴィアは少し考えてから、クルミ程の大きさの黒い種を1個取り出して私の手の平に乗せた。コロンとした丸い種の表面はツヤツヤとした光沢があり、美しかった。
「綺麗ね。これは何の種?」
「’希望の木’という魔法植物よ」
「まあ!これって魔法植物の種なの。どんな不思議な力があるの?」
「ご期待に添えず申し訳ないんだけど、この子の魔法はこの子自身にかかってるの。発芽するには持ち主の愛情が不可欠で、愛情をかけた分だけ生命力が強くなるわ。そして、どんな環境だろうと持ち主が望んだ場所で成長するの。とても美しい花が咲くし、栄養豊富な実もたくさんつけるわ」
「砂漠とか厳しい環境でも育つの?」
「そう。この木の成長に必要なのは、種の時に与えられる愛情なの。発芽させるには最低でも7日は肌身離さず持って世話をする必要があるわ。定期的に表面を濡れた布で拭いてあげたり、時々話しかけたりして愛情を注いでやるの」
「まるで赤ん坊の世話みたいね」
「そうよ。気難しい子でね、本当に愛情を持って接しないと発芽しないの。でも上手くいけば持ち主の心を汲んで、希望通りに育つわ。貴重な木だからぜひとも発芽させたいんだけど、私は森の再生でしばらく忙しいから、代わりにこの子の面倒を見てくれる?」
「わかったわ。大切にお世話させていただきます」
私は巾着袋ネックレスを作ってその中に種を入れ、ずっと身につけて世話する事にした。
おはよう。
あなたはどんな花を咲かせるの?
いつか私の身長よりも大きくなるのかしら?
甘くて美味しい実をたくさんつけてね。ジャムやお菓子にしたいから。
こんな風に話しかけながら種を世話する様子は、端から見ると奇妙だっただろう。
(蓮が赤ん坊の時も、こんな風に話しながら世話をしたっけ)
あの頃は、毎日がいっぱいいっぱいだった。
旦那が仕事でいない間、家の中で蓮と二人きりで話し相手もいなくて、一方的に語りかけながら世話をした。
おっぱいを飲みながら真っ黒な瞳でじっと見つめてくる我が子に「美味しい?」と聞いてみたり。
どうやっても泣き止まない時は「どうして泣いてるの?分かんないよ〜、お母さんも泣きたい」なんて泣き言言ってみたり。
どんな声で話すんだろう?初めての言葉は何だろう?
日に日に大きくなる我が子に、色んな期待を込めていた。
「大きくなったら何になりたい?」
そんな問いかけをしたのも、一度や二度ではない。
3歳の時は「ひこうき」だった。
旦那の海外出張の見送りにいった時、初めて見る飛行機の大きさにすっかり夢中になっていた。
5歳の時は「サッカー選手」だった。旦那と行ったサッカー観戦がとても楽しかったらしい。
小学生になったら「ゲームを作る人」になった。
成長して世界が広がるたびに、将来なりたいものが変わっていった。
(だけどまさか勇者になるとは、思ってもみなかったでしょうね)
なりたくてなった訳じゃないだろう。
それでも2年間、厳しい訓練に耐えて勇者と認められるようになったのだ。
親としてその努力を手放しで褒めてあげたい。
けれど魔王軍幹部として、勇者の使命である魔王討伐は全力で阻止させてもらう。
戦争を終結させた後、不可侵条約を締結して和平を結べば、蓮は勇者でいる必要はない。
あの子の人生はまだまだ続く。
次こそ、あの子が本当になりたいものになればいいのだ。
(蓮。あなたがこの世界で楽しかった事は何?好きになったものはある?大人になったら何になりたい?)
あの子に再会したら聞いてみよう。
何を選んでも構わない。あの子が自分自身で決めたことなら応援しよう。
ただ健やかに育ち、たくさんの人に囲まれて幸せになってほしい。
笑顔を絶やさずにいられれば、それでいい。
欲を言えば、シヴァやガロンを家族として受け入れて仲良くしてもらいたい。
この種が芽吹いて立派な木になる頃、皆で一緒に花を見れたらいいな。
◆◇◆◇◆◇
この時の私は、本気でそう思ってた。
蓮に課せられた「勇者」の運命の過酷さを、全く知らなかったから。




