話し合い〜その後
話し合いを終えた私達は、ベルガーとディランに無事に終戦条件が承諾された事を報告した。
「ベルガー殿、敵である我々に対し情けをかけて下さった事、深く感謝する。この恩は決して忘れない」
クリフォード将軍から深々と頭を下げられたベルガーは、居心地悪そうに顔をしかめた。
「別に俺は作戦命令に従っただけで情けをかけた訳じゃない。あんたが我々の要求を飲まなきゃ兵士達は死んでいた。俺はそれでも構わなかったんだが、こいつらがうるせぇから」
そう言ってシヴァと私をじとっとした目で見てきた。
「さすがはベルガーだ。相手を殺さずに仕留めるなんて器用な真似、私には到底出来ない」
「大将を生け捕りにしろっつたのは、お前らだろう。こっちの苦労知らずに勝手な事ばかり言いやがって。下っ端の中にはうまく手加減できずに怪我した奴もいる。全力でやればこちらの被害はもっと少なかったはずだ。シヴァ、一つ貸しだからな」
ベルガーはシヴァの賞賛を無視して渋い顔をした。
「それに、心が折れて戦闘意欲がなくなった奴を石化したのはナーダだ。礼ならあいつに言ってくれ」
「わかった。ナーダ殿はどちらに?」
「今は私達の代わりに第一砦を守っている。これから一緒に移動して、その時に話すといい。あなたの身柄はそのままこちらで預かろう」
シヴァの言葉にクリフォード将軍は頷きつつも、心配そうに言った。
「わかった。しかし私の部下達は…?」
「心配しなくとも、約束通り責任もって治療を行う。ただし治療を終えても、混乱を防ぐ為にしばらくは仮死状態にさせてもらうが構わないだろうか?」
ディランの言葉に、クリフォード将軍は頷いた。
「ああ。あなた方のやり方に文句を付けるつもりはない。全員が無事に蘇生した後は、私が責任を持って説得し、魔物を誰一人傷付ける事なく森から撤退すると約束しよう。信じていただけるだろうか?」
「勿論だ。あなたの勇猛な戦いぶりはベルガーとナーダから聞き及んでいる。絶望の中にあっても信念を曲げぬ強き心を持つ者よ。こうして相見えた事を光栄に思う」
ディランの紳士的な言動にクリフォード将軍は多少面食らった様子だったが、背筋を伸ばして真っ直ぐにディランを見つめ直した。
「こちらこそ、貴殿らと話せて光栄だ。私達人間は、長い間あなた方を誤解していたようだ。では、部下達を頼む」
◆◇◆◇◆◇
第一砦に戻った私達を、ナーダとオリヴィアが迎えてくれた。
親しい間柄のナーダが側にいてくれたおかげで、オリヴィアも少し元気が出たようだ。
クリフォード将軍がナーダにも誠心誠意感謝を伝えると、彼女は快く受け取った。
「お前達が信頼するだけあって、なかなかの人物だな。作戦がうまくいくよう、我々も喜んで協力しよう」
第二砦に帰るナーダを見送る際、彼女は私とシヴァにそう言って機嫌良く去って行った。
ナーダが言うには、クリフォード将軍は敗北したとはいえ心まで屈したわけではなく、どこまでも誇り高かったという。
そしてその強さは、第二砦の幹部を認めさせるのに十分だったという事だ。
「どうやらクリフォード将軍を味方につけるという、お前の作戦は成功のようだな」
「いいえ、まだスタートラインに立ったばかりよ。真の目的は国王を玉座から引き摺り下ろす事なんだもの。これからクリフォード将軍に頑張ってもらわなきゃ。一番辛い役目を押し付ける形になって申し訳ないけど、長い目で見れば多くの国民にとっていい事だと思う」
個人的には下克上、上等だと思っている。世襲制に反対なわけじゃない。が、いくら祖先が優れていようとも子孫が優れているとは限らないのも事実だ。民の上に立つ者に必要なのは、血統よりも優れた能力だと思う。
しかし、血統こそが重要だと主張する者も大勢いるだろう。そういう人間を黙らせるにも、クリフォード将軍はうってつけの人物なのだ。
クリフォード将軍のもう一つの顔は公爵である。他国からの略奪が横行していた国境付近の領土を治めるべく、豪傑で名を轟かせていた3代前の王弟が臣籍降下して公爵位を賜ったのが始まりらしい。つまり立派に王族の血筋である。
「本当に、奥様には感謝だわ。茶飲み話でこんな有益な情報を教えて下さったんだもの」
「そうだな。彼が君主となれば、少なくとも戦争などという馬鹿げた事はするまい」
「ただ心配なのは国王の娘達ね。確かアンジェリカ姫には姉姫がいたはずよ。彼女達はどうなるかしら?」
「それはクリフォード将軍の仕事だ。我々はそこまで人間社会に介入するべきではない。魔物が国を滅ぼしたなどと後世に語り継がれてはたまらんからな。アビラス王国は人の手によって滅亡してもらう」
「…そうね。将軍なら非道な事はなさらないだろうし、任せましょう」
魔王軍幹部を認めさせる程の信念と心の強さを持つクリフォード将軍ならば、きっと良い君主になるだろう。
でも将軍の事だから、きっと国王と姫君達に負い目を持つに違いない。
彼の心のケアの為にも、出来るだけ早く奥様の元に帰して差し上げたいが、まだその時ではない。
兵士達の治療には数日かかるし、説得するにも時間を要するだろう。
将軍が砦に滞在している間、もっと魔物に対して好意を持ってもらえるようにしておく事にしよう。
◆◇◆◇◆◇
私達は翌日の朝、ラーソンとダンを将軍に紹介する事にした。
ドルチェの従業員に会わせると言うと、将軍も興味を示した。
少しでもリラックスして過ごしてもらう為、食堂ではなく幹部の部屋に特別に席を設けた。
将軍を真ん中にして私とショーンさんが座り、向かい側にはダンを真ん中にシヴァとラーソンが座った。
「クリフォード将軍、うちの従業員を紹介します。まずあちらにいるのが酒の製造担当者のラーソンです」
「ドワーフのラーソンだ。あんたが顧客第1号の将軍様か。俺の造った酒を気に入ってくれて嬉しいぜ」
ニカッと笑って挨拶するラーソンに毒気を抜かれたのか、将軍の目も穏やかだった。
「おお、あの美酒はあなたが作られてたのか。私も妻もすっかりファンになってしまったよ。ドルチェの酒は特別な時に大切に飲んでいる」
「そりゃあ良かった。自信はあったが、味の好みは人それぞれだからな。やっぱり俺様は天才だな、わはははは」
「ラーソン、あんまり調子に乗らないで。将軍、こちらは販売担当のダンです」
いつもの調子のラーソンを注意しつつダンを紹介すると、将軍は彼を見て不思議そうな顔をした。
「彼が着ているのは我が軍の支給している服に似ているな?」
将軍の小さな呟きに、ダンは真っ赤になり、ガッチガチに緊張した様子で自己紹介をした。
「後方支援部隊所属のダンと申します。しょ、将軍にこんなに近くでお目通りする日が来るとは夢にも思いませんでした。か、感激です」
「後方支援部隊?すると君は…」
「ダンは人間です。首都で菓子販売をするにあたって、土地勘があり、人当たりの良い人間が必要だったので雇ったんですよ。ちなみに彼には、戦争が始まって保護するまで、我々が魔物だという事を知らせていませんでした。彼は裏切り者ではありませんから誤解なきようお願いします」
「自分も時々、屋台に菓子を買いにいってましたから、ダンさんとは顔見知りだったんです。世間って狭いですね」
そんなシヴァとショーンさんのフォローも聞こえない様子で、ダンは将軍を前に舞い上がっていた。
「うわーっ、うわーっ、ほ、本物だ。将軍の武勇伝はガキの頃からたくさん聞いてて、ずっと憧れてました。一緒に食事したって皆に自慢出来ます」
ダンは朝食に手を付けず、キラキラと少年のように瞳を輝かせて正面に座る将軍を見つめていた。
彼が我に返ったのは、ラーソンが彼の皿からおかずを搔っ攫った後だ。
「食べないなら貰うぞ」
「あっ、こら!誰も食べないなんて言ってないだろう!俺の卵焼きを返せ!」
ダンが隣に座るラーソンの髭を引っ張ってる隙に、シヴァがしれっと残りの卵焼きを取った。
「油断してる方が悪い」
「くっそ、相変わらず食い意地の張った奴だな。ミホ!シヴァの躾がなってねぇぞ!」
そう言いながらダンはシヴァの皿に手を伸ばし、手つかずだったパンケーキを一枚さっと掴んで口に放り込んだ。
「私のパンケーキ!!」
「おふぁへひだ(お返しだ)」
ムグムグとパンケーキを頬張りながら悪びれる様子のないダンの皿から、今度はシヴァがソーセージを奪い、2人はバチバチと睨み合った。
ドルチェで度々起きていた朝の喧噪が再び目の前で繰り広げられ、私は呆れた。
「もう、3人とも食事中は静かにっていつも言ってるでしょう!?罰として皿洗いを命じます」
「いや、何で俺まで怒られるんだよ。悪いのはこいつらだろうが」
「食事の時は私が法律です。逆らう事は許しません。あ、でもシヴァは部下の目もあるから免除します」
「なんだそれ、不公平じゃねぇか」
「その代わり、シヴァは今日のおやつ抜き!」
「えっ!?」
ショックで固まるシヴァを見て、ようやくダンの気持ちは収まったらしい。
「いや〜、流石にミホはわかってるな。安心しろ。お前の分まで味わって食べてやるから」
「ダン、それ以上煽らないで!面倒だから」
テーブルに沈んだシヴァの肩を叩きながら機嫌良く話しかけるダンを一喝した後、隣でクリフォード将軍が静かにカトラリーを置いた音で私は我に返った。
(しまった!将軍がいる事忘れて、ついいつもの調子で怒っちゃった…)
「あの、失礼しました…食事中に騒がしくて申し訳ありません」
「ふっ、くくくくっ」
しかし将軍は気分を害しておらず、愉快そうに笑いながらダンに話しかけた。
「ダン、と言ったかな。君は随分と度胸が据わっているんだな。彼等を魔物と知ってその態度なのか」
将軍に話しかけられたダンは、また顔を真っ赤にしてガチガチに緊張した。
「は、はい。騙されてたと知った時は腹が立ったし、その…正直言って色々受け入れられない事もありますが、俺にとって大事な仕事仲間で友人です。たとえ正体が魔物だろうが、それは変わりません」
「そうか…」
将軍はテーブルの上で軽く手を組んでダンを見た。
「私はなかなか一般市民と話す機会がなくてね。いくつか君の意見を聞きたいんだが、いいかな?」
「俺でよければ喜んで」
「ありがとう。では単刀直入に聞こう。君は国王が戦争を起こした事についてどう思ってる?支持するか、しないかでいったらどちらだ?どんな意見を言おうと罪に問う事はしない。正直に答えてくれ」
いきなりディープな事を聞かれたダンは驚きで目を丸くしていたけれど、少し逡巡してから答えた。
「戦争を起こした事については、迷惑極まりないです。税も増えたし、徴兵されたせいで俺は仕事を辞めざるを得なかった。下手すりゃおふくろ一人残して死んでた。いい事なんて一つもない。支持なんかしませんよ」
「成る程。では私がクーデターを起こすと言ったら、君はどう思う?」
「クーデター?」
「そう、私は戦争を終わらせる為に、国王を討つつもりだ」
将軍の重大発言を聞いたダンは、ヒュッと息を飲み込んだ。そして将軍が辛抱強くダンが落ち着くのを待っているのに気付くと、大きく息を吐いた。
「戦争が終わるなら、俺は将軍を支持します」
「私が行おうとしているのは反逆罪だ。それでも支持すると?」
「正直、下々の者を駒のように送り出す国王よりも、一緒に命をかけて戦ってくれた将軍の方が何倍も信頼できます」
「そうか…それを聞いて少し心が軽くなったよ」
将軍が微笑んだのを見て、ダンは力強く言った。
「さっきも言いましたが、俺は子供の頃から将軍の武勇伝をいくつも聞いてきました。あなたは何度も国の危機を救い、俺達民を守ってくれた英雄です。これまで平和だったのは、将軍のおかげだと皆知ってます。国王か将軍か、どちらか選べと言われたら、俺は迷いなく将軍を選びます」
「ありがとう。やはり支持者がいると心強いな」
先程よりも将軍は笑みを深くした。
多分、ダンの意見は私達の何倍も将軍の心に響き、彼の背中を押したのだろう。
(ダン!グッジョブ!!)
思わぬ好プレーに私は脳内でスタンディングオベーションをした。
(これに免じて皿洗いは勘弁してやるか。ラーソンに頑張ってもらいましょう)




