来客
それから数日後、掃除を終えて寛いでいると、ドアをノックする音がした。
(来客?珍しいわね。私がこっちに来て初めてじゃないかしら)
シヴァが出かけていたのでガロンと二人で出てみると、謁見の間で会ったドワーフが立っていた。
「あら、こんにちは。この間はどうも」
にこやかに挨拶するとドワーフは目を丸くして驚いた風だったが、すぐに気を取り直した。
「やあ、突然すまんな。シヴァはいるか?」
「あいにく今、狩りに出かけています」
このドワーフは、私が森で生きて行けるよう魔王に進言してくれた。
万が一の時はガロンもいるし、危険は無いだろう。
そう判断した私は、ドワーフを招き入れた。
「どうぞ中でお待ちください。すぐにお茶を用意します。
ガロン、準備ができるまでお客様の相手をお願いね」
ドワーフをテーブルに案内して、私はキッチンに立った。
まずは木の枝の先を細くナイフで削って火種をつくり、次に竃の横に常備しているファイアースターターで火をおこした。そして、ケトルに水をいれて竃にかけた。
ガスが使えないのは不便だが、キャンプで培った経験がこちらの世界で物凄く役立っている。毎日使うので、火をおこすのもすっかり板についてきた。
(インストラクターの石田さん、ありがとう。あなたの教えは忘れません)
お湯が湧く間に、朝焼いたパンケーキの残りをアルミホイルで包み、スキレットで軽く温めた。
ガロンのおやつが減ってしまうが、今日のところは我慢してもらおう。
香りの良いハーブをティーポットにいれてお湯を注ぎ、切り分けたパンケーキにカットした果物とジャムを添えて準備完了。
「お待たせしました。お口に合えばいいんですが」
ドワーフはパンケーキを珍しげに眺めていたが、ガロンが美味しそうに食べているのを見てフォークを手に取った。
「いただこう」
そして、一口食べて満足げに頷いた。
「この間のプリンというのも旨かったが、これも旨いな。シヴァやガロンが羨ましい」
「気に入っていただけて良かったです」
この間も思ったけれど、このドワーフは物腰が柔らかくてなかなか感じが良い。
「ここから準備しているところを見させてもらったが、あなたは魔石を使わずに料理をするんだな。火をおこす時、見た事の無い道具を使っていたようだが、見せてもらっても良いだろうか?」
「どうぞ」
私はファイアースターターを手渡した。
「ふむ。これも鉱物で出来ているようだが・・・」
「私のいた所では、マグネシウムとよんでいました。水に濡れても発火できる石です」
「ほう。あなたの世界では火をおこすのに、この道具を使っているのか?」
「いえ、これはアウトドア・・・山や森など野外で火をおこす時に使う道具の一つで、普段は使っていません」
「ではやはり魔法で?」
「いえ、私の世界には魔法はありません。その代わり、ガスや電気を使っています」
「ガスや電気とは?」
「ガスは、燃える性質のある気体です。こちらでも火山とかにありませんか?
電気というのは、え〜っと・・・雷と同じ性質のエネルギーです」
「雷を操るのか?」
「正確には雷ではないんですが、人工的に雷に似たエネルギーを作って利用しています」
「魔法ではないのか」
「私達の世界は、魔法の代わりに科学が発展してるんです」
「科学?」
「何と言えばいいか・・・火や水や風など色んな自然の現象を研究して、その法則を応用した物を使っています」
「難しくて想像がつかんな。例えばどんな物がある?」
(うーん、説明するのって難しい。テレビとか見せられたらいいんだけど。あ、そうだ)
私はソーラーランタンを持ってきてドワーフに見せた。
「これは太陽の光を利用して明かりをつける道具です。この部分で太陽の光を貯めているんです」
「太陽の光を集める事が出来るのか!?信じられん!」
「まあ私も詳しい構造は分からないんですけど。
私のいた世界では、人々の生活を豊かで便利にする為に、色々な分野の研究者が長い年月をかけて、新しい道具を開発しているんです」
製品開発プロジェクトのドキュメンタリー番組は、私と旦那のお気に入りだった。番組の終わり頃には、すっかり開発者の方々のファンになり、「ああ、○○さん、ありがとう」と感激していたものである。
「あなたがいた所は、私の想像もつかない程、高度な文明を持った素晴らしい世界らしいな」
ドワーフの言葉に、私は少し考えた。
「ありがとうございます。確かに、私の住んでいた国は豊かで平和でした。
もしあなたが向こうに行けたら、きっと目を回しちゃう程ビックリしますよ。興味を持つ物がたくさんあるはずです。
でも、残念ながら世界全体がそうではないんです。貧しい国も多いし、言語や肌の色、宗教の違いによる戦争が絶えません。ずっと、人間同士で争ってるんです」
戦争やテロが報道されても、一般の人にとってはテレビの向こう側の話だ。あまり関心を持たないでいられるのは、日本が平和だからだ。
・・・まあ、近海に時々ミサイルが落ちてるのが気になるけれども。
うちの場合、旦那が仕事で海外に行く事も多かった。だからその分、人種差別にあうこともあったし、発展途上国に出張の際は、テロに遭わないか心配していた。
「私はこの世界に来て日が浅いので、まだ良く知らないんです。でもきっと素晴らしいんでしょうね」
私がそう言うと、ドワーフは笑った。
「ああ。女神様の作ったこの世界は素晴らしいよ。
とても美しくて、そして残酷だ」