謁見の間にて6
「ミホが森で暮らす事は認めたが、まだ問題が残っている。シヴァ、分かっているな?」
魔王がそう言うと、シヴァが緊張した面持ちで答えた。
「はい。いかなる処分も覚悟しております」
(え?何?シヴァは何か罰せられることがあるの?)
私とガロンは顔を見合わせた。
「勇者降臨の件については、ミホの事を伏せてでも、いち早くお知らせすべきでした。ただ、降臨の時期があまりにも早すぎる為、ありえないと思ったのです」
シヴァがそう言うと魔王は口に手を当てて考え込んだ。
「確かに。私が目覚めてから半月ですぐに降臨するとは・・・お前がありえないと思うのも仕方ないか」
魔王は私を見た。
「ミホよ。お前がこちらに召喚された時の事を詳しく聞かせよ」
なんだか深刻そうだ。出来るだけ簡潔に分かりやすく説明しなければ。
「はい。
息子と二人で歩いていた時、突然目の前に現れた黒い穴に息子が引っ張られるように落ちたので、息子の腕を掴みました。それで私も一緒に穴に落ちたんです。
音も匂いも何も感じない空間の中で気絶するまいと耐えていたら、いつの間にか神殿の丸い石盤の上に座っていました。息子は気を失っていましたが、私は意識がありました。
その時、私達と入れ替わるように召喚士が2名亡くなったのですが、神官がそれは私の所為だと言いました。勇者である息子だけを召喚したはずなのに、私が一緒に来た事で負荷がかかった所為だと」
神官の顔と言葉を思い出したら、ムカムカしてきた。
「神官が言うには、魔王の復活により世界の調和が乱れる為、勇者として女神様に選ばれた者を召喚して長年かけて育成する計画らしいです。
私が神官達から説明を受けている間も息子は眠っていましたが、女神様の祝福を受けている影響だろうと言われました」
広間にいた幹部達が再びざわついた。
「勇者以外の者が神殿の石盤に降臨したというのか」
「女神の祝福を受けたというなら、勇者に間違いない」
「しかし、あまりにも時期尚早すぎないか?」
「静まれ」
魔王の一言で再び静寂が戻った。
「今の話で、今回の勇者降臨が女神の意思ではない事が分かった。
神殿の愚か者どもは、自分たちで無理矢理に勇者の召喚を行ったらしいな。
女神の意思を無視しておきながら、世界の調和を保つ為とは、聞いて呆れる」
魔王が冷たい目をして鼻で笑った。
「昼の時代の50年、人間達は好きにしていたはずだ。
次は夜の時代だというのに、なぜたった50年が待てないのだ?
どうやら女神の意思を自分たちの都合の良いように誤解しているらしいな。
目覚めたばかりで魔力が漲っている今の私に喧嘩を売ろうとは、馬鹿な奴らだ」
魔王は再びシヴァを見た。
「シヴァよ。おまえの処分については不問とする。お前の戦闘能力を失うのは惜しいからな。
その代わり、戦争の際は砦にて人間どもの侵攻を止める事を命じる。幹部としてその名に恥じない働きをせよ」
「かしこまりました」
(え?シヴァって幹部だったんだ。全然働いてる気配なかったけど。
それにしても、神殿が女神の意思を無視してるって、どういう意味だろう。
昼の時代とか夜の時代とか・・・わけがわからない)
話について行けずに考え込んでると、魔王が声をかけてきた。
「ミホ。お前の説明はなかなか良かったぞ。おかげで勇者降臨が女神の意思ではない事が分かった」
「あの、恐れながら質問してもよろしいでしょうか」
「許す」
「私は神官に、勇者による魔王討伐が世界の調和を保つ為に必要と言われたんですが、それは嘘なのですか?」
私の質問に、魔王は笑って答えた。
「嘘ではないな。私が勇者によって封じられるのは、世界の調和に組み込まれている」
「組み込まれている?」
ーこれまでに、勇者が魔王に負けたという記録はございません。
あの時の司祭の言葉が頭をよぎった。
「異世界から来たお前が理解できないのは無理ないな。シヴァ、説明してやれ」
シヴァが私に向き直った。
「この世界は一人の女神によって作られた。遠い昔、我々魔物と人間は共存していたのだ。
しかしある時、人間は徒党を組み、人間だけの国を興して我々魔物を国の外に追いやった。
女神はそれを悲しみ、それぞれに50年の時を与えて力の均衡を保つ事にした。
しかし人間は我々魔物と比べると脆弱で寿命も短い。そこで女神は種族の力の均衡が交代する時期になると、自ら選んだ勇者を降臨させて魔王様を封じるようにしたんだ。
現在のように魔王様がいらっしゃる50年は「夜の時代」で、我々魔物の力が強くなる期間。
魔王様が勇者に封じられ、復活されるまでの50年が「昼の時代」で、我々の力が弱まり人間が幅をきかせることになる」
魔王が話を引き取った。
「人間はどうやらそのことを忘れてしまったらしい。
女神に選ばれた勇者が降臨する事で、女神の加護があるのは自分たちだけと思い上がったのだ」
魔王が広間の皆を見渡しながら言った。
「現在は夜の時代だ。女神の加護は我々にも等しく降り注ぐ。
人間どもに思い出させてやろう。我々魔物もまた、女神の子供であると」