謁見の間にて4
(えええええ!?
私ってガロンの中ではまだ非常食って扱いだったの?仲良くなれたと思っていたのに・・・)
「・・・非常食?」
魔王の戸惑った声が聞こえた。呆然としながら、ふと前を見るとシヴァが頭を抱えていた。
そうだ、他の魔物に私の事を聞かれたら、非常食と答えろと言ったのはシヴァだ。ガロンは素直にその指示に従っただけだ。きっとそうだ。そうに違いない。
ガロンの本心ではないとわかっていても、実際に彼の口から聞かされたのはショックだった。自分でも驚きだが、ガロンを家族として可愛く思っているのだ。私はシヴァの後頭部を思い切り殴りたい衝動に駆られた。
「ふっ・・・はははっ、非常食か。それで武器が調味料だったのか?傑作だな!」
クックックッとおかしそうに笑う魔王の声が広間に響く。
「ベルガーよ、非常食の味はどうだった?」
「いや、お恥ずかしい。少しシヴァをからかうつもりが、ひどい目に遭いました」
魔王の問いに答えたのは、先程の虎だった。いつの間にか私の横に並んで座っており、全く気配を感じなかった私はぎょっとした。
「これまで、剣や魔法で歯向かって来た輩は数えきれないほど始末してきましたが、まさか調味料であんな目に遭うとは・・・油断していたとはいえ、完全にしてやられました。私もまだまだです」
「確かに、あんな戦い方があるとは思わなかった。実に面白い。ミホといったな。顔を見せよ」
魔王に命令されて私は顔を上げ、初めて魔王の顔を見た。
・・・驚いた。玉座に座っていたのは、20代前半と思われる青年だった。その黒髪に王冠のように存在する角がなければ、普通のイケメンだった。青い瞳が私を興味深そうに見つめている。
「お前は何者だ?なぜ森にいた?」
魔王の質問に答えようとした時、こちらを振り返ったシヴァの目が『余計なことを言うな』と言っているように見えた。彼なりに、心配してくれているのかもしれない。
(こちらに召喚されたばかりの時、あの神官にも同じ質問をされたっけ)
あの時は蓮がまだこの腕の中にいた。私が何者かだなんて、証明してくれるのは蓮しかいない。
嘘もごまかしもいらない。私は私だ。
私はまっすぐに魔王を見つめて言った。
「初めまして、魔王様。私の名は一宮美穂と言います。37歳の日本人です。
3ヶ月程前、13歳の息子と共に、こちらの世界へ召喚されました。
私の息子を、自分たちの都合の良い勇者に仕立てようとする神官達に歯向かった為、邪魔者と見なされ、怪我を負わされて森に置き去りにされました。
彼らは魔物に私を殺させて、息子の復讐心を利用しようとしたのでしょう。
ですが、このガロンに助けられて、今日に至ります」
「勇者だと?」
「3ヶ月前に召喚された?」
私の答えに、周りの魔物達がざわつき始める。ベルガーと呼ばれた虎が、隣で私を凝視している。シヴァはこちらを見ない。
・・・私は間違えただろうか。正直に言った事で、シヴァの立場を悪くしたかもしれない。そこまで考えが及ばなかった自分の浅はかさを後悔した。
「静まれ」
魔王の一声で、広間に静寂が戻った。
「シヴァ、お前は知っていたのか?」
「はい。存じておりました」
「なぜ報告しなかった?」
「この者の傷が癒えた後に、こちらから報告するつもりでおりました。しばらく様子を見てみたかったので」
「なぜ様子を見ようと思った?」
「・・・ガロンがこの人間を気に入ったからです」
最後の発言に、私とガロン以外の広間にいる全員が呆れたのが分かった。
「ガロンの為と申すか」
「はい。私がガロンを養子にした経緯は、このような姿にしてしまった負い目があるからですが、この子は私を慕ってくれて、聞き分けの良い子でした。
しかし、この人間に関しては、私の言う事を聞かなかった。初めての事でした。私はそれでこの人間に興味を持ったんです。会ったばかりで、どうやってガロンの心を掴んだのか。なぜ、生き残ったのか」
シヴァは私を見た。
「一緒に暮らしてみて分かりました。この人間はガロンを恐れていないんです。それどころか、今では子供のように可愛がってさえいます」
(なんだ、バレてたのか。まあ、食事もガロンが育ち盛りだからという理由で優先してるしね)
「ガロンよ、なぜこの人間を食べなかった?」
魔王に問われて、ガロンはきっぱりと言った。
「初めて会った時、竜みたいでカッコいいって言ってくれたからです。それに、怖がらずに普通に話してくれたし、果物あげたら、笑顔でありがとうってお礼を言われました。じいちゃん以外では初めてでした」
(なんか、涙でそう)
この子はどれだけ寂しい日々を送ってきたんだろう。そんな普通のやり取りを、シヴァ以外にしてくれる人がいなかったなんて。
「ミホよ、お前はなぜガロンを恐れなかった?」
魔王が興味深げに問う。
「怖くなかったと言えば嘘になりますが、それよりも大きくて綺麗な生き物に会った感動が勝りました。
私は怪我の為に動けなかったし、死ぬ覚悟もできていたので。
あの時ガロンが果物をくれて、生き返った気がしたんです。おかしな話ですが、その時、ガロンになら食べられてもいいな、と思いました」
正直にそう言って、ガロンを見た。ガロンは私を見て、首を傾げてこう言った。
「でも俺、ミホよりも、ミホの作ったプリンを毎日食べたい」
プロポーズのような言葉に思わず笑って、私はガロンに抱きついた。