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森の洗礼

昨日投稿できなかったので、少し長めになりました。

「魔王様に謁見? なんで私まで行かなきゃならないの?」


 できる事なら関わりたくない、そんな恐ろしげな存在。


「いずれお前の事は報告するつもりだったんだがな。向こうからお前の件で呼び出しがあった」


「え? 何で私の存在を知ってるの?」


 驚いてそう尋ねると、シヴァは呆れた顔で見返した。


「この間、お前がやらかした事を忘れたのか? 昼間とはいえ、森の中であれだけ騒いだんだ。

 この森で、人間のお前がうちで暮らしてるのを知らない魔物はいないと思え」


そう言われて、私は自分の記憶から閉め出していた出来事を思い出した。

……正直思い出したくなかった。あの日受けた、忌まわしい森の洗礼の事は。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆ 


「ミホ、これで何か作れるか?」


 あの日、ガロンが持って帰った果実は、緑色のぶどうの粒だった。味も香りもぶどうそのもの。

 だが、驚く程大きい。一粒がテニスボールぐらいの大きさだ。


「あー、幸せ。こんなに大きなぶどうを食べられるなんて……夢みたい」


 私はぶどうが大好きだ。毎年、ぶどう狩りに行くのを楽しみにしていた。

 ぶどうを頬張っている時、ふと、あるモザイク画が頭に浮かんだ。


 棒を使って巨大なブドウの房を運ぶ2人の男が描かれているもので、確か1500年程前の物だ。旧約聖書の話を指す絵だったと思う。


(まさか、あれが実在するの? 見たい! 超見たいっ!!)


「ガロン、お願い! 明日私をこの実がなってるところに連れてって!!」


 猛烈に巨大なぶどう狩りをしたくなった私は、ガロンに頼み込んだ。


「ミホ、お前はまだ歩くのがやっとだろう? 何かあった時、逃げられないぞ?」


 シヴァがそういって外出を止めさせたがったが、私の決意は固かった。


「大丈夫! ガロンにずっと乗ってるから!!」


「えっ! そうなの!?」


「お弁当を作るから、外で食べよう。ガロンの好きな卵焼きと唐揚げもいれるよ」


「本当か! よし、任せとけ!」


「やれやれ、しょうがないな、私もついて行ってやるとするか」


(いや、シヴァには頼んでないけど? こいつ、弁当につられやがったな)


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌日、私は朝から張り切って3人分のお弁当を作り、リュックに入れた。

 シヴァは護衛と狩猟を兼ねるからと、弓矢を装備していた。

 準備が整うと、ガロンは初めて会った時のように、左腕に私を乗せた。


「よし! 行くか。しっかり捕まってろよ」


 ガロンはそう言って、元気いっぱい走り出した。


 家の周りから出た事はなかったので、外の世界は全てが新鮮だった。

 森に置き去りにされた時はだんだん暗くなって夜になったし、周りを見る余裕もなかった。

 森の中は木漏れ日が差し込んで明るく、見た事のない美しい草花で溢れていた。

 とても魔物が潜む危険な場所には思えない程、昼間の森は平和で美しく豊かだった。


 シヴァがガロンのスピードに追いついて来れるか心配して振り返ると、時折見えなくなる事もあったが、しばらくして追いついたかと思うと、鳥や小動物など仕留めた獲物を自慢げに見せてきた。


 しばらくすると、小川が見えてきた。休憩するにはいい感じだ。


「そろそろ休憩しようか? ずっと私を運んでるから疲れたでしょ?」


 ガロンにそう言って降ろしてもらい、お弁当を広げた。

 甘さを控えたパンケーキで野菜とチーズと薄くスライスした塩漬け肉を挟んだサンドイッチ。鳥(鶏ではない何か)の唐揚げ。甘めの卵焼き。ぶどうジュース。

 完全にピクニックだ。


「それにしても、昼間の森って綺麗ね。魔獣とか他の魔物にも出会わないし、思ったより平和でビックリした」

 

 ちょっと拍子抜けしちゃったな、と言うと、


「たぶん、じいちゃんが一緒にいるからだよ」


 ガロンが唐揚げをつまみながら言った。


「自分より強いやつに、わざわざ喧嘩吹っかけたりする馬鹿はいないさ」


「え? そうなの!? シヴァってそんなに強いの?」


 驚いてシヴァを見ると、ハムスターのように頬をパンパンに膨らませてパンケーキサンドを食べていた。


 つくづく残念なイケメンだと思う。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「うわあ、神々しい」


 目の前の景色に、私は感嘆の声を上げた。


 息をのむ程太い幹から左右に枝が伸びており、豊かな葉の茂みの陰からキラキラと輝くぶどうの房がのぞいている。


 一房の全長は、一メートル以上はあるんじゃないだろうか。


(あの一房で、ワイン何本分できるんだろう?)


 幹に寄りかかりながらぶどうを見上げ、そんな妄想にとらわれていた時、左腕に違和感を感じた。


「ん? なんだろう?」


 見てみると、左腕に木の幹からしみ出した樹液がべっとりとついていた。ふわりと甘い匂いがした。

 何か拭くもの、と思ってた時、先程とは違う感触があった。

 もう一度見ると、樹液がついた部分にびっしりと小さな羽虫が集っており、黒いシミを作っていた。


「いやあああああああああああああっ!!」


 私の絶叫が森中に響いた。


 「どうしたっ!?」


 駆け寄ってきたシヴァとガロンに左腕を突き出す。


「ととと、とって、っむ、虫が、うう腕に〜、早くとって〜!」


 ガロンが突き出した私の左腕をべろりと舐めた。

 虫はいなくなったが、次の瞬間、猛烈な痒みに襲われた。


「きゃあああ! 痒い、痒い、痒い〜〜〜、何これ痒い! 痒くて堪らない!助けて〜」


 腕をかきむしる私の手をシヴァが止めた。


「少し我慢しろ。小川まで戻るぞ。洗い流せば少しはましになる」


 ガロンに再び抱えられ、私達は小川まで戻った。

 腹這いになって左腕を小川に突っ込んだ。しばらくすると痒みが少し治まってきた。


「はあ、気持ち悪かった〜、こんなに痒いのって刺されたからかな? 毒がある?」


「毒はないはずだが。あの虫は樹液を舐めただけで刺してはいないはずだ。痛くはなかっただろう?」


「そう言えば、そうかも。でも猛烈に痒いよ」


 蚊に刺されたときの何倍も痒くて辛い。


「まあ、死ぬ事はないから安心しろ」


「ええ〜!? 薬とかないの?」


「帰るまで辛抱しろ」


 なんて事だ。さっきまでの楽しかった気分がすっかり萎んでしまった。ぶどう狩りどころではない。


「そろそろ帰るか。近道するぞ」


 シヴァが先頭に立って走り出した。ガロンは私を左腕に抱えて後を追う。

 ぐんぐんとスピードを上げて走っていたガロンが、ある地点でピタリと止まった。

 そこは、少し開けた場所で、膝丈くらいの下草が広がる野原だった。


「ガロン? どうしたの?」


 不思議に思ってみると、ガロンの目が爛々と輝いている。

 そしてガロンが野原に向かって一歩踏み出したとたん、黒い影が一斉に勢い良く飛び出した。

 ガロンが素早く走り、一番近くにいた影に、ぱくりと噛み付いた。

 一体何?と見ると、ガロンの口から、巨大なコオロギの足がのぞいていた……


「いやああああああ、おーろーしーてえええええ」


 私の叫びを無視して、ガロンは右手と口でどんどんコオロギを捕まえては、背中のリュックにつめてくる。


「ちょっと! 私のリュックにそんな物詰めないで!!」

 

 私はガロンの後頭部にチョップを御見舞いしたが、痛くも痒くもないらしい。


「いやあああ、背中がワサワサする〜〜〜生きてる〜〜〜〜」


 虫はだめだ。虫だけは……


「お願い! 何でも好きな物作ってあげるから、もうこれ以上捕まえないで〜」


 涙目でガロンに頼み込むと、ガロンは手のひら程に大きなコオロギを掴んでこういった。


「帰ったらこれで唐揚げ作って!」


「できるか〜〜〜〜っ!!」


 私は力の限りガロンの後頭部にチョップした。


 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 「あの騒ぎで、夜には森中にお前の事が知れ渡ったんだ。近所に迷惑をかけた自覚を持て。普通の魔物は寝ている時間だぞ」


 ……近所迷惑……


「すみませんでした」


 こうして私はお詫びの心を込めてプリンを作り、魔王様に謁見する事になったのである。

お疲れさまでした。

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