魔物はスイーツがお好き?
胃袋を掴む作戦は、大成功をおさめた。……おさめすぎた。
シヴァが買ってきてくれた小麦粉と新鮮なミルク、ガロンの持ち帰った卵を使って、手っ取り早くパンケーキを作ったのがまずかった。
(いや、まずくはない、美味しすぎたのだ。さすが私)
初めて食べる食感と優しい口当たりのスイーツにガロンがハマってしまい、作るそばから平らげては、
「おかわり」
と、いい笑顔で皿を出してくる。
料理を作る側としてはとても嬉しい反応をしてくれるので、木の実を入れてみたり、果物のソースをかけてみたりと、調子に乗ってアレンジまでしてしまった。
結果、延々と50枚近く焼くはめになったのである。
シヴァは顔を合わせづらいのか、自分の分を食べ終わると、どこかへ出かけてしまった。
それでも5枚は食べてたな……
「はい、これでおしまい」
「美味しかった。俺、これ好きだ。また作って」
……正直しばらくはパンケーキを焼きたくない。
「うん、でも他の料理も食べてもらいたいから、そのうちにね」
ガロンは肉食かと思いきや、意外にも何でも食べるようだ。
とりあえず、この世界にある材料で、自分が食べたい物を作って様子を見てみよう。
聞いたところ、バターやチーズなどの乳製品も手に入るらしい。
建物もそうだが、どうやら食文化もヨーロッパに似ているようだ。
バターが手に入れば、パンも焼けるし、クッキーやケーキなんかのスイーツも作れる。
洗い物をしながらそう思っていると、シヴァが右手にミルク瓶、左手に小麦粉と砂糖を抱えて帰ってきた。
その目が期待で輝いているのを見て、軽い目眩を覚えた。
(……うーん、二人とも甘党なのかな?)
手元のダッチオーブンを見て考えた。
(これを買った時についてたレシピの中で、試してみたいやつあるんだよな……)
材料は揃っている。レシピも頭に叩き込んである。
(分量と火加減が難しいかもしれないけど、いつか試してみるか)
◇◆◇◆◇◆◇◆
足の怪我のせいで家の中で過ごす事が多かった私は、料理作りに情熱を燃やした。
専業主婦だった頃、料理教室に通った事もあったので、鶏ガラスープやジャム、パンなどのレシピも頭に入っていた。
材料や調理道具が違うので、時には思う通りにならない場合もあったが、時間はたっぷりあったので、色々と実験ができた。
食卓に知らない食べ物が並ぶ度、ガロンとシヴァは目を輝かせた。
そうして、二人に料理の腕を認められた頃、私はとうとう禁断の扉を開いてしまった。
どうしても誘惑に勝てず、ダッチオーブンを丸ごと容器に見立てた巨大プリンを作ってしまったのだ。
卵と牛乳と砂糖を混ぜ合わせているのを見て、ガロンは美味しい物ができると思ったようだ。
食べたくて、うずうずしているガロンを制し、これは冷やして食べる物だと諭していたら、シヴァが魔法で氷の固まりを出した。
(……シヴァよ、お前もか。まあ、私も出来上がりが楽しみではあるんだけど)
程よく冷えた頃合いを見計らって蓋を開けると、つややかなプリンの表面が見えた。
バニラエッセンスを加えていないので、甘い香りがしないのは残念だった。
大きめの匙ですくって、3人で均等に分ける。
カロリーが凄い事になりそうだが、プリンだけはガロンに譲るわけにはいかない。
一口すくって食べると、滑らかな甘さで幸せな気分になった。
「ん〜〜〜、幸せ。どう? 二人とも、美味しい?」
見れば、ガロンとシヴァが目をつむって天を仰いでいる。
「うまい。うますぎる。感動して涙出てきた。口の中が幸せだ」
「おまえ、天才だな」
(そんなに!?)
「そんなに気に入ったんなら、たまには作ってあげる。でも毎日はだめよ。特別な時だけね」
そう言うと、ガロンは嬉しそうに目を細めた。
「特別な時か……」
シヴァは少し考え込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
それからしばらくたったある日の事、シヴァが神妙な顔をして言った。
「ミホ、悪いが明日プリンを作ってくれないか」
「別にいいけど、何かあったの?」
「ああ、魔王様に謁見する事になった。お前も一緒に来てくれ」
シヴァはさらっと爆弾発言するタイプ