テント
有り難い事に、こちらの世界にも小麦やミルク(牛乳ではないようだ)があった。
どうやら多少の違いはあるが、元の世界に近い動植物が存在しているらしい。
シヴァに必要な物を告げると、油や酢、砂糖など手に入るとの事だった。
「小麦粉、卵、ミルク、油、砂糖、塩、胡椒、酢、これらがあれば、色んな料理が作れます」
そういうと、シヴァとガロンはいそいそと出かける準備を始めた。
「早速買ってこよう。一応結界は張っておくが、外には出るなよ。昼間とはいえ、安全とはいえんからな」
「俺、たくさん卵集めてくる!」
そうして私は一人で家でお留守番する事になった。
「とりあえず、荷物の整理をするか」
蓮と自分のリュックから全ての荷物を出して、ひとまず床に並べる。
テント、寝袋、寝袋マット、ダッチオーブン、スキレット、ケトル、調理器具、カトラリー、食器、ナイフ、ファイアースターター、ランタン、携帯用浄水器、アメニティ、アルミホイル、ゴミ袋、ロープ、防寒着、軍手、タオル類、着替え。
どれもこちらでの生活に使えそうな物ばかりだ。
防災グッズもかねて、太陽光で充電できるソーラーランタンを買っていたのは正解だった。
テントは軽量でワンタッチ式のものだから一人で設置できるし、部屋の中に置けば着替えもできる。
でも、部屋のインテリアにはあわないし、場所もとるから反対されるかもしれない。
折りたたみ式のテーブルと椅子、クーラーボックスは、キャリーカートに乗せて運んでいた為、向こうに置いてきてしまったのが少し残念だった。
調理器具などはキッチンに移動させ、すぐに使わない物は自分のリュックに収納する事にした。
「今のうちに洗濯するか」
水を入れた桶に洗濯物を入れて、押し洗いをした。
(石鹸とか洗剤は、こちらにあるのかしら?)
蓮が小学生の頃、親子の体験教室で廃油で石鹸を作った経験ならある。
(あの時は苛性ソーダを使ったっけ)
結構楽しくて、一時期は石鹸作りにはまって本を読んで勉強した。
確か、草木灰から作った灰汁と獣脂を大鍋に入れて火にかけ、何時間も混ぜながら煮込んで作る方法があったはずだ。
それだったら材料も手に入るし、自分で作れるかもしれない。
つくづく、自分の住んでいた世界が便利で豊かだった事を痛感する。
スーパーやコンビニに行けば、欲しい物がすぐに手に入る。
石鹸や洗剤だけでも種類がたくさんあって、好きな物を選べる。
毎日、何気なく使っていた日用品や消耗品。
誰がどうやって作ったのか知らないまま使っていた。
当たり前だが、食べ物や道具の一つ一つ、作ってくれた誰かがいるのだ。
直接的ではなくとも、たくさんの人に助けられ生きていたのだ。
(あの子は、この事に気づくかしら?)
学校での勉強は勿論大事だけど、受験の為じゃなく生きる為の知識として学んでほしい事がたくさんある。色んな事を経験して、大人になって欲しい。
蓮のTシャツを絞って、目の前に広げる。
「今度あった時、蓮にこのTシャツが着れるかしら」
子供の成長は早い。きっとすぐに私の背も追い越す。
それを間近で見守れないのが悲しくて悔しい。
「……だめだ、一人でいると、どうしても蓮を思い出してネガティブになっちゃう。
そうだ、今のうちにお風呂に入ろう!」
といっても、風呂はない。
洗濯に使った桶にお湯をためて、体を拭く事にした。
部屋にロープをはって洗濯物を干した後、ケトルで湧かしたお湯を注いで水を足す。
「うーん、順番間違えたな。お風呂入ってから洗濯した方が水の節約になった」
パンツ一丁になって、タオルでごしごしと体を拭いた。それだけでも十分さっぱりする。
「あ〜、さっぱりした。頭洗いたいなあ。温泉とかないのかしら?」
あとで聞いてみよ〜っと思いながらブラをつけていた時、扉が開いた。
「今帰ったぞ、変わりなかった……か?」
……
下着姿の私を見て、シヴァが固まった。
「きゃあああああ」
「うわああああ、すまん! わざとじゃない!」
それは分かってる。これは事故だ。悪いのは私だ。
彼はどっちかというと被害者だ。見たくもない物を見せられたのだ。
だが、子供もいるアラフォーのおばさんにも羞恥心は残っているのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな訳で、私は部屋の一角にテントを張り、ガロンが帰ってくるまで籠っていた。
卵を抱えて戻ってきたガロンは、部屋が見慣れぬ物で溢れてる事に驚き、シヴァが落ち込んでる姿を見てさらに驚いていた。
こうして私は、テントというプライベート空間を部屋の中に設置することに成功したのである。
後日談
ガロン「ミホ、これなんだ?」
ミホ「テントよ。今日からこの中で寝ることにするね」
ガロン「え?せっかく寝床作ったのに・・・」