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神官の憂鬱

 この世界は、一人の女神様によって創られたといわれている。

 そして今もなお、女神様の加護により世界の調和が保ち続けていると信じられている。

 誰もそれを疑わないのは、アビラス王国の女神神殿にある「女神の書」の存在ゆえだ。

 「女神の書」は年に数回、女神様の神託が記されるが、魔法がかかっているため普通は開く事もできない。

 その書を開き、神託を読む事ができるのは、アビラス王国の神官ただ一人だ。


 神託=「女神様の言葉」をもつ神官は、時には王よりも権力を持ち、国を動かす力を有する。

 そのため、アビラス王国の神官は女神様から直接選ばれる。


 リアムは子供の頃から優秀で愛らしい容姿をしていたので、女神の愛し子と呼ばれた。

 しかし彼はそれを鼻にかける事はせず、常に謙虚な態度で人々に接していた。

 神殿から神職見習いとして召し上げられてからは、それまで以上に信仰と人々への奉仕に尽力を注いだ。


 その結果、彼は歴代最年少の30歳という若さで神官の座についた。

 別に彼が望んだ訳ではない。

 ある日、先代の神官がその職を辞すると宣言したのだ。

 多くの聖職者達が「女神の書」の審査に臨んだが、誰一人として書を開く事はできなかった。

 最後にリアムが「女神の書」を手に取ると、女神の書が紫色の光に包まれゆっくりと開いた。

 中に記されていたのは、意味をなさない言葉だった。

 何の事か分からずに先代の神官にその言葉を告げると、彼は深くうなずき神官の象徴である権杖をリアムに譲ったのだった。

 その意味をなさない言葉こそ、神官への道へと進むパスワードだったのだ。

 先代は「女神の書」の神託でそのパスワードを知り、次代の神官が現れたのを悟って職を辞する事にしたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 若く美しい神官の誕生に国は湧いた。

 リアムは変わる事なく女神様に仕えていた。

 女神様の神託を受けるたび、どうすれば良いか自分なりに考えた。

 時には国王に進言して干ばつに備えさせたり、疫病の発生を予知して薬を栽培させたりした。

 おかげでアビラス王国はますます発展し、人々から深く尊敬され信頼も厚かったのである。


 ある日「女神の書」が紫色の光を放ち、神託が授かった事を知らせた。

 書を開いた彼は、生まれて初めて戦慄した。

 そこには


「魔王が復活する。やがて多くの血が流れ、アビラス王国は滅亡する。そして新たな世界が始まる」


 と記されていた。



 この神託の内容を、そのまま国民に知らせる事はできない。

 人々は怯え、混乱し、国中がパニックに陥るだろう。


 リアムは神殿に祈りにくる人々を見た。

 母親に手を引かれ、見よう見まねで女神様に祈りを捧げる子供。

 毎日欠かさずやってきて、女神様に感謝の言葉をいう老婆。

 貧しくとも懸命に日々を生きる人々。


 リアムは国民を愛していた。

 この国を滅ぼすわけにはいかない。

 速やかに何らかの対策をとらなければ。


 しかし、一人で抱え込むには問題が大きすぎ、リアムは若すぎた。

 リアムは悩んだあげく、アビラス王へ神託の内容をそのまま告げてしまうという愚を犯した。

 その結果が「勇者の召喚」だったのだ。


 魔王の復活に伴い、世界の調和が崩れる時、女神様は勇者を遣わされる。

 勇者は女神様により選ばれ、その力を授かり、神殿の祭壇に降臨される。

 その降臨の時期は女神様にゆだねられているのが常だった。


 しかし、王国滅亡の危機を知らされた国王は、それを良しとしなかった。

 神殿に「勇者の召喚と育成」を命じたのだ。


 それは初めての試みだった。

 優秀な召喚師を複数雇い、神殿の祭壇にて勇者召喚の儀式を行ったのだ。

 結果は、成功でもあり、失敗でもあった。

 勇者以外の者が召喚されたうえ、貴重な召喚師が2名も命を落としたのだ。


 予期せぬ事態にリアムは警戒した。


(この女は何者だ。なぜ今ここに現れた?)


 勇者の母と言う女は、いきなり魔王の復活を言い当てた。


(もしかして、彼女も女神様より遣わされたものだろうか。

 もしそうでなければ、我々の勇者育成計画の邪魔になるかもしれない)


 そうならない事を祈りつつ、リアムは念のために部下を呼び、荒仕事を請け負う男を二人を手配させた。


 勇者の母が司祭と話している間、心眼を使って観察してみたが、何の反応もなかった。

 目の前にいる彼女は魔核を持っていない、普通の人間だ。

 ただ、我が子の心配をしている母親にすぎなかった。

 しかし非常に頭のいい女だ。後々、我々の計画の邪魔になりうる危険人物だ。


 リアムは非情な決断をすることにした。


「あなたには、勇者の第一の試練に協力していただきます」


 そうして、権杖をふりかざし、彼女の足を傷つけた。


「確かに、この世界の事情はあなた方には関係ない話かもしれません。

 ですが、母親が魔物に殺されたなら、勇者にとって関係ない話とは言えないでしょう」


 男達が彼女を運んで出て行った後、聖騎士のアルヴィンが問うてきた。


「はじめから彼女を殺すおつもりだったのですか?」


「いいえ。私としても、できる事なら避けたかった。

 しかし、残念な事に彼女の理解は得られなかった。

 彼女の言い分は正しい。

 我々は、身勝手な理由で一人の少年を犠牲にしようとしている。それは紛れもない事実です。

 しかし、世界の平和を保つ為に、仕方のない事なのです。

 私は、この国に住む人々を、女神様の創りたもうたこの世界を守りたい。

 アルヴィン、聖騎士であるあなたなら分かるでしょう?」


 嘘ではない。私は彼女を犠牲にしてでも、国民を守りたい。

 この国を滅亡させるわけにはいかないのだ。


 リアムは深くため息をついた。

 少年が目覚めるまでに、彼が自ら勇者の道を選ぶよう考えなければならない。


(大丈夫だ。我々には女神様がついて下さっている)


 彼は自分の行いが正義であると信じて疑わなかった。

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― 新着の感想 ―
自国が滅ぶ原因作ったのはこの神官の所為だろう!
[一言] 一神教の狂信者の考えそうな欺瞞に満ちた詭弁ですね。 コイツには特大の鉄槌、厳罰を望む。
[良い点] 神官の考えがわかった事。 コミックス読んで、気になってたのでありがたいです! [一言] 浅はかな決断をしたリアムですけど、これが原因で国が滅びる予言だったら笑っちゃいますね。 国王も考えな…
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