静かなる攻防戦
昼食後、城壁に置いてあるプランターの世話をしていたシヴァは、こちらに近づいてくる黒塗りの馬車に気付いて眉をひそめた。
「また来たのか。あきらめの悪い奴だ」
氷の魔鉱石の一件以来、ヘキサドマーケットへの勧誘はなくなり、小麦粉も以前のように手に入るようになったが、エドガー個人からの依頼が来るようになった。
主にパーティ用の菓子を作って欲しいとの注文で、週に一度は使いを寄越してくる。
ミホはエドガーの注文を自分への挑戦と受け取ったらしく、闘志を燃やして腕を振るっている。
貴族のパーティー用という事で、屋台とはまた別の華やかな菓子を焼いて好評を得ているが、それ故にまた注文が来るのだ。
それだけならまだしも、エドガーは菓子の感想を書いた手紙と共に、最近は花やパーティの招待状も一緒に贈ってくるので、鬱陶しいことこの上ない。どうやらミホを懐柔する作戦に変更したらしい。
仕事を理由に今まで一度も応じた事はないが、相手はプライドが高い貴族だ。いつまでも断り続けていると、また何か仕掛けてくる可能性はある。
このままエドガーの専属になるつもりはさらさらないから、何かしら対策が必要だ。
(そろそろ落としどころを見つける必要があるな)
馬車が扉の前に止まったので、シヴァはゆっくりと階段を下りていった。
◆◇◆◇◆◇
(さて今回は誰の誕生日だ?それともチャリティーか?仮装パーティーか?いずれにせよ毎週のようにパーティーを開くなんて、よく飽きないものだ)
そんな事を思いながら使者を迎えたシヴァは、思いがけない注文に驚いた。
「王宮で振る舞う成人の儀の菓子を、うちに依頼するというのですか?」
「左様。ここ最近のお茶会でお出しした菓子が、貴族のご令嬢の間で評判になりましてな。噂を聞いた王女様がぜひ食べてみたいとおっしゃったそうで」
「それは大変光栄ですが、そのような格式高い式典では伝統菓子が振る舞われるはずです。それに王宮専属の菓子職人がいらっしゃるのでは?」
「ええ。参加者全員に振る舞う伝統菓子は、これまで通り専属の菓子職人に任せます。ですがエドガー様はこちらの職人の腕にそうとう惚れ込まれたようですな。王女様を含めた、成人を迎える20人の若者の門出を祝う特別な菓子を作ってもらいたいとのことです。これは大変名誉な事ですよ」
「はあ・・・」
「ドルチェに依頼したいのは、20人分の菓子です。これくらいであれば、通常の商売に響く事もないでしょう?」
「確かに。しかし責任重大ですので私の一存では決められません。妻とも相談させて下さい」
「ええ、もちろんですとも。二日後にまた伺います。ぜひとも良い返事をお待ちしてますよ」
去っていく使者を見送りながら、シヴァは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
◆◇◆◇◆◇
「成人の儀?」
「ああ。王侯貴族は16歳になると大人として認められ、社交界デビューするそうだ。今年デビューするのが王女様を含めた20名。彼らを祝う為の特別な菓子を用意して欲しいとの依頼なんだが・・・」
「まあ、それくらいなら何とかなりそうだけど。・・・何か心配事?」
「既に何度かエドガーの個人注文を受けていただろう。貴族の間で評判になって王女の耳にも届いたらしい。
うちの菓子を食べてみたいとエドガーに依頼してきたそうだ」
「は?何それ?エドガーの専属になってるって思われてるの?」
「はっきりと明言はしてないだろうが、それに近い事は仄めかしてるだろうな。どうやら我々は気付かぬうちに囲い込みにあってたようだ。今回の依頼を受けたら、こっちがどれだけ否定しても貴族社会はそうは思ってくれないだろう」
「うわ、何かやだ」
「ああ。だが無下に断る事も出来ん。何しろ王女様がご所望だ」
「ええ〜、どうしたらいいの?」
「まあ返事をするまでに2日ある。どうするかはゆっくり考えよう」
(それにしても、嫌な奴に気に入られたもんだ)
使者の持ってきた花束を見ながら、シヴァは小さくため息をついた。




