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バレッタと決意〜アルヴィン視点

「勇者様がお目覚めになりました」


 少年の世話をしていた侍女が報告にやってきた。


「やっと目覚めましたか。様子はどうです?」


「意識はハッキリしており、落ち着いておられます。先程お水をお飲みになられました。空腹のご様子なので、これからお食事をお持ち致します」


「よろしい。引き続き彼のお世話を頼みます。

 彼に何か聞かれても、何も話さないように。詳しい事は後ほど私から説明します。

 彼の食事が終わったら知らせて下さい」


「かしこまりました。では、失礼致します」


 侍女を下がらせると、神官様は呟いた。


「ようやく勇者が目覚めたようですね。さて、どのような人物なのか・・・

 女神様のご判断に間違いはないと思いますが、あの母親の息子ですからね」


 しばらくすると、勇者の食事が終わったと侍女から報告があった。

 下がろうとする侍女を神官様が呼び止めた。


「彼から何か質問を受けましたか?」


「はい。ここがどこなのかと、母親が一緒じゃなかったかをお尋ねになられました」


「何も答えてないでしょうね?」


「はい。後ほど神官様から詳しい説明があるとお答えしております」


「よろしい。あなたは彼にどのような印象を受けましたか?」


 そう問われて侍女は少し考えた後、こう言った。


「お育ちの良い方だと思いました」


「ほう、どうしてそう感じたのですか?」


「お水を渡したときに、私に感謝の言葉をかけられました。

 また、お食事の前と後に短い祈りの言葉を呟いておられました。

 食べ方も落ち着いていて上品でした。市中にいる同じ年頃の子供とは比べ物にならないでしょう」


「そうですか。ありがとう。もう下がっても良いですよ」


 神官様の言葉に、侍女は一礼して去って言った。


「どうやら勇者として申し分のない人物のようですね。

 彼の母親と話して分かりましたが、異世界の住人は高い教養を持つようです。

 ただ、それ故に我々の思うように事は運ばないかもしれない」


 神官様は我々に向かっていった。


「彼が自ら勇者となるよう私が話をします。皆さんは何も言わず話を合わせて下さい。

 それから、念のため彼が勇者である確認を行いたいと思います。司祭は宝珠を持って私の後に控えて下さい。

 アルヴィン、あなたは私が呼ぶまで部屋の外で待機して下さい。

 では、参りましょう」


◇◆◇◆◇◆◇◆


 部屋の外で待機していると、神官様の声が聞こえた。


「世界は今、魔王の復活により魔物の脅威にさらされています。

 我々は最近、『異世界から世界を救う力を持つ勇者が降臨する』との神託を受けました。そこで人を使って探索していたところ、森の中であなたを見つけ、保護したのです。

 あなたのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」


 なんて事だ。

 神官様は、我々が彼ら親子を召喚した事を隠してしまうおつもりだ。

 森の中で保護した事にして、あの少年に恩を売って利用しようとしている。


 あまりの事に愕然としていると、部屋からまばゆい青い光が溢れた。


「おおっ!間違いない!!」


「この光は、女神様の祝福を受けた何よりの証拠。

 あなた様には、世界を救う力が秘められております」


 司祭達の興奮した声に続き、少年の声がした。


「あの、お母さんは一緒じゃなかったでしょうか?

 もし一緒じゃなかったら、俺一回帰りたいんですけど」


 ああ、とアルヴィンは目を瞑り天を仰いだ。

 今から彼は絶望に落とされるのだ。


「残念ながら、あなたのお母様は魔物に襲われてお亡くなりになりました。

 あなたを助けるだけで精一杯だったと聞いております。お気の毒に」


「そんな・・・嘘でしょう?嘘って言って下さい!」


 少年の悲痛な叫びが聞こえた。


 そうだ。嘘だ。全て嘘だ。助けたなんてとんでもない。

 我々は彼女を魔物に襲わせる為に、手傷を負わせて危険な森へ置き去りにしたのだ。


「あなたを森の中で見つけた者をここに呼びましょう。アルヴィン、こちらへ」


 神官様に呼ばれた。

 意を決して部屋に入ると、不安そうな少年と目が合った。


「初めまして。アルヴィンと申します。

 私の力が及ばず、母上を助けられませんでした。申し訳ありません」


「そんな!なんでっ!?なんでお母さんを助けてくれなかったの?」


 詰め寄る少年に、何も答えられなかった。


(そうだ、なぜ私は彼女を助けるという選択をしなかったんだろう)


 チャンスはあった。森の奥に行く前にどこかに保護する事もできた。

 なのに、世界を救うという大義を掲げて神官様の言う通り彼女に犠牲を強いたのは、結局は自分の保身の為だ。


「どうか彼を責めないでやって下さい。

 彼があなたを見つけた時、既に魔物に襲われていたそうです。

 彼と一緒に探索に出ていた者が二人いたのですが、救出の際に命を落としました。

 生き残ったのは、あなたとアルヴィンの二人だけです」


 神官様の言葉に顔が歪む。


 ああ、神官様。なぜあなたはこんなにも上手に嘘を言えるのか。

 我々は自分たちの目的の為に、この少年の母親の命を故意に奪ったというのに。

 あなたの言葉は女神様のお言葉、我々の行いは正義だと信じて疑わなかったのに。

 それとも始めから嘘だったのだろうか。

 せめて自分の言葉には嘘をつきたくない。


「あなたの母上は立派でした。

 死を前にして、自分の事よりもあなたを心配していた。

 私は彼女から、あなたを託されたのです。これをあなたにお返しします。」


 そう言って彼女の髪留めを差し出すと、少年は震える手で受け取り、その場に崩れ落ちた。


「本当に・・・本当に死んじゃったの?」


 そう言って泣き崩れる少年の震える肩が小さすぎて、思わず抱きしめた。


「私は彼女に、命を懸けてあなたを守ると誓った。あなたをきっと立派な勇者に育ててみせる」


 どんなに神官様に不信感を抱こうとも、もう後戻りはできないのだ。

 すでに私も共犯者なのだ。

 私の腕の中で涙を流す少年に、さらに神官様が促す。


「あなたが一人前の勇者となれるよう、魔王を討伐するその時まで、我々も喜んで支援を致します」


「魔王を討伐するその時まで」少年はあらゆる便宜を図ってもらえるだろう。

 その言葉に嘘はあるまい。だが、その後は?

 彼の母親が懸念した通り、神官様はこの少年を魔王討伐の為の都合のいい駒にするおつもりだ。

 その後の事は責任を取らなくてよいと考えているのか、それとも何か隠している事があるのか。


 そう思っていた時、少年が私の腕の中から顔を上げて言った。


「勇者になります。どうか、色々教えて下さい」


 涙に濡れた目に、強い決意が宿っていた。

 神官様のもくろみ通り、彼は自ら勇者になる事を決断したのだ。

 複雑な気持ちだった。

 勇者の誕生は喜ばしい。だが、それは嘘で塗り固められている。

 今となっては、何を信じてよいのかわからない。

 ただ、魔物の脅威から世界を救うために、そして犠牲となった彼女の為にも。


(約束通り、あなたの息子は私が命をかけて守ります)


 アルヴィンは再び誓いを立てたのだった。

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