選ばれし者9
子供達に笑顔で見送られ、二人は孤児院を後にした。
「お腹空いたね。ご飯食べにいこう。魚のフライがおすすめって言ってたっけ。エルマーは魚好き?」
あんなに凄い事をした後だというのに、レンはいつもの調子と変わらなかった。
「魔法を習ってるとは聞いてたけど、あんな事が出来るなんて驚いたよ。お前すごいな。他にどんな魔法が使えるんだ?」
「火・水・土・風の精霊と契約はしてるけど、まだほとんど使いこなせないよ。でも水の精霊とは相性がいいみたいで、少しだけならイメージ通りに動いてくれるんだ。反対に火の精霊はあまりコントロールが出来ない。炎の勢いが強すぎて、自分がビックリしちゃうんだ。まだまだだよ」
確かに先程レンが操った水は大した量ではなかったが、水を槍のように変化させるなんて、魔法を習い始めたばかりの初級者に出来る芸当ではない。
例えば相手の心臓を狙って同じ事をすれば、相手は即死だろう。
のほほんと隣を歩く友達が実はとんでもない戦闘力を秘めていると知って、エルマーは愕然とした。
(四大精霊全てと契約した?つまりレンはギフトを持ってるってことか)
ギフトとはいわゆる魔力の事だ。生まれつき魔力を持つ人間は、ごく稀にいる。ギフト=女神様から贈られた特別な力、と考えられており、ギフトを持つ人間は神殿から手厚い保護を受けている。
魔石や魔道具を使わずに、あれだけのことが出来るのだから、まず間違いないだろう。
(神殿がレンを保護したのは、この事を知ってたからかな。だとすれば、レンの特別扱いにも納得がいく。だけど、どうやってギフトを持ってるってわかったんだろう?それに、あんな殺傷能力が高そうな攻撃魔法を初心者に教えるか?)
エルマーは釈然としない気持ちでレンの横を歩いた。
◆◇◆◇◆◇
街のメインストリートに戻った二人は、遅めの昼食を食べて帰る事にした。
魚のフライはホクホクとした白身にチーズがたっぷりかけられていて、とても美味しかった。
料理を堪能して店を出た途端、二人は数人の大人達に囲まれた。みな貧しい身なりをしており、孤児達と同じように痩せこけていた。
「聖騎士様、どうか私達にもご加護を!」
「お願いします。私達にも奇跡の力をお貸し下さい!」
突然の事に戸惑っていると、一人の女性が進み出た。
「さっき孤児院の子供達から聖騎士様の事をお聞きしました。私達も普段あの水を使っています。私達の子供にも綺麗な水を飲ませてあげたいんです。どうか奇跡のお力をお貸しください」
孤児院の子供達は興奮のあまり、近所の人々に聖騎士が奇跡を起こしたと話してまわったらしい。
レンは苦笑した。
「奇跡じゃないです。濾過装置といって水を綺麗にする道具を作っただけです。今から皆さんにもお教えします。その辺にある材料ですぐに出来ますよ。ただし、水が透明になっても安全じゃありません。必ず一度湧かしてから飲むようにして下さい」
レンは必要な材料や作り方を説明した後、地面に絵を描いて器に入れる順番をわかりやすく教えていった。近くを通っていた人達も興味津々で話を聞き、いつしか二人は大勢の人達に囲まれていた。
レンが質問に答えながら説明していた時、3人の屈強な男達が集まった人々をかき分けてやってきた。
「いたいた。奇跡を起こす聖騎士様ってのはあんたらのことだな。孤児院のガキ共や働きもしない怠け者を相手にするなんて力の無駄遣いだ。どうせなら毎日汗だくで働いてる俺達にも奇跡を起こして下さいよ。ちょっとこの小石を金か宝石に変えてもらえませんかね」
男達は手に持った石を差し出してきた。どうやら錬金術が出来ると勘違いされてるらしい。
「奇跡なんて起こしていません。水を綺麗にする方法を知っていたから教えただけです。彼らや孤児達は汚れた水が原因で体調を崩して働く事が出来ないんです。怠けているわけじゃない」
男の一人が馬鹿にしたように鼻で笑った。
「フン、どちらにしろ孤児なんて俺達の税金で養われてるんだ。役立たずのただ飯喰らいなんて、いるだけで迷惑なんだよ。なあ、そうだろう?」
男の声に、周りの人々はうん、うんと頷いた。レンの瞳が暗くなった。
「俺も、半年前に母親を魔物に殺されて孤児になりました。ただ飯喰らいで申し訳ありません」
さすがに男達はばつが悪そうな顔をして黙りこんだ。
「だけど孤児院の子供達も望んであそこにいるわけじゃありません。みんな何らかの事情で親を失くしてるんです。もし皆さんが不慮の事故や病で亡くなった場合、あなた方の子供も孤児院で世話になるでしょう。それでも同じ事が言えますか?」
集まった人々の何人かがハッとした顔をした。
「神殿の仕事を手伝ってるので知っていますが、彼らは一度も金銭を要求してきたこともない。それどころか、医者を呼ぶのも遠慮しながら暮らしています。孤児院では毎年、何人かの子供が冬を越せずに亡くなってるそうです。彼らは助けを求める事さえも出来ずにいた。こんな風に追いつめられてるなんて、ここに来るまで知りませんでした。彼らには早急な支援が必要です。それにはもちろん税金が使われるでしょう。異論のある方はお名前と意見をどうぞ。市民の声として報告書に書かせていただきます」
誰も何も言わなかった。男達は逃げるようにその場を離れていき、集まった人々も気まずそうにその場を離れた。孤児院の近くに住んでいる人達はレンに丁寧にお礼を言って帰っていった。
エルマーはレンの肩を優しく叩いた。
「お疲れさま。ストーンマーケットに行って、クリスタルを受け取って帰ろう」
「うん」
レンは俯きがちに黙って歩いていたけれど、やがてポツリ、ポツリと話し始めた。
「あの男の人達もさ、根っから悪い人達じゃないと思うよ。一生懸命働いてるのに報われないから、ちょっと楽をしたいって思っただけだと思う。でもだからといって、孤児に対してあんな風に言う資格はないよね」
「うん、そうだな」
さっき大勢の大人を前に毅然とした態度で演説したとは思えないほど、レンはしょんぼりとしていた。男の言葉が、余程深く彼の心に刺さったのだろう。
「俺の国でもさ、税金で私腹を肥やす人がいたよ。まあ最終的にはバレて捕まっちゃってるけど。おかしいのはさ、大概そんな人は生活に困ってないお金持ちなんだ。でもそんな人達のせいで、本当に困ってる人がお金を受け取れずにいるってお母さんが怒ってた。本当に迷惑なのは孤児じゃなくて、そういう業突く張りだよね?」
「うん。その通りだと思う」
「あんな風に周りから思われてたら、生きづらいよね」
「心配するな。孤児院の生活はきっと良くなると思うよ。少なくともさっきレンの話を聞いた人は考えを改めると思う」
「そうかな。そうだといいな」
そう言って寂しそうに笑うレンの頭を、エルマーはくしゃくしゃと撫でた。
友達になって日は浅いから、まだレンの事をよく知ってるとは言えない。
でも今日一日でレンの色んなところを見る事が出来た。
世間知らずのくせに、大人顔負けの知識を持っている事。
好奇心が旺盛で子供らしくはしゃぐくせに、妙に冷静で観察力がある事。
自然に人に優しくできるくせに、内には激しい怒りを秘めている事。
なんてチグハグな奴なんだろう。
ギフトを持っているとか以前に、レンはやっぱりどこか俺達とは違うのだ。
(訓練所の奴らは、そんなところを敏感に感じ取ってるのかもしれないな)
子供の世界は時として残酷だ。異質な物は排除される。
凄い力を持っていたって、どんなに頭が良くったって、一人で平気なわけがない。
今まで、どんな思いで過ごしてきたんだろうか。
エルマーは何とも言えないモヤモヤとした気持ちになった。
(だから何だってんだ。レンはいい奴だ。俺だけでもずっと味方になってやる)




