バレッタと決意〜勇者視点
目が覚めたら、知らない場所にいた。
ベッドから起き上がり、周りを見渡す。
石造りの壁と小さなテーブルと椅子しかない、殺風景な部屋。
(ここ、どこだろう?キャンプ場の森の中を歩いてたはずなのに・・・)
「お母さん、ここどこ?」
掠れた声が出た。
喉がひどく渇いていた。なんだか、体もだるい。
「気がつかれましたか?」
知らない外人のお姉さんが部屋に入ってきた。
すごくビックリしたけど、日本語が通じてホッとした。
「こちらをどうぞ」
お姉さんは水差しから陶器のカップに水を注ぐと、やさしく手渡してくれた。
「ありがとうございます」
ゴクゴクと喉を鳴らして、一気に飲んだ。
こんなにも水を美味しいと思ったのは初めてだった。
飲み終わってカップを返そうと思ったとき、ぐうううっと盛大にお腹が鳴った。
「あっ」
思わず手をお腹にやるけど、全然音が鳴り止まない。
(何だこれ?かっこ悪い。スッゲー恥ずかしい)
「すぐにお食事をお持ちしますね。少々お待ちください」
お姉さんが部屋を出て行ったので、ベッドからおりて窓の外を見た。
やっぱり知らない場所だった。日本ではない、どこか外国を思わせる街が見えた。
(遠くに見えるのって、城壁ってやつかな?なんだか映画のセットの中にいるみたい)
しばらくして、さっきのお姉さんが木のトレイに野菜や豆が入ったスープを持ってきてくれた。
「いただきます」
凄くお腹がすいていたけど、お姉さんが見ていたので、ゆっくりと行儀よく食べた。
薄い塩だけの味付けで、申し訳ないけどあまり美味しいとは思えなかった。
(お母さんのお味噌汁飲みたいな〜。
ここどこだろう?お母さん、どこにいっちゃったんだろう?)
「ごちそうさまでした。あの、ここはどこですか?
俺のお母さんは一緒じゃなかったですか?」
俺の質問に、お姉さんは少し困った顔ような顔をした。
「私からは何もお話しできないんです。ただ、あなた様のお世話をするよう命じられましたので。
後ほど、神官様より詳しい説明があると思います」
そういうと、お姉さんはトレイを持って部屋から出て行ってしまった。
知らない街、外国人なのに日本語の通じるお姉さん、神官様。
(これって、もしかして、もしかすると・・・)
「おお、目覚められましたか。ご気分はいかがですか?」
しばらくして、いかにも聖職者って感じの服を着た男の人達が部屋に入ってきた。
みんな外国人で緊張した。
さらさらの金髪をおかっぱにした男の人がにこやかに声をかけてきた。
「はじめまして、私は神官のリアムです。
お体の具合は大丈夫ですか?あなたは丸二日眠っておられたのですよ」
「え?そんなに?」
どうりでお腹が空いていたはずだ。
「あの、ここはどこですか?俺のお母さんは一緒じゃなかったですか?」
神官様は、真面目な顔をしてまっすぐに俺を見た。
「ここはアビラス王国の首都グラードにある女神の神殿です」
「アビラス王国?」
「はい。見たところ、あなたのお召し物は我々と違い、異国の方とお見受けしますが、どちらの国より来られたのですか?」
「えっと、日本です。俺は日本人です」
「ニホン。そういう名前の国は、我々が知る限りありません。やはりあなたがそうなのか」
「どういうことですか?」
「世界は今、魔王の復活により魔物の脅威にさらされています。
我々は最近、『異世界から世界を救う力を持つ勇者が降臨する』との神託を受けました。
そこで人を使って探索していたところ、森の中であなたを見つけ、保護したのです。
あなたのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「一宮蓮です」
「イチミヤレン、あなたが勇者かどうか、確認させていただきたい。この宝珠に触れてみて下さい」
神官様の後ろで、水晶のように透き通った丸い玉を持って控えていた人が進み出てきた。
「あ、はい」
ドキドキしながら手を伸ばして宝珠に触れたとたん、眩しいばかりの美しい青い光が部屋に溢れた。
「おおっ!間違いない!!」
「この光は、女神様の祝福を受けた何よりの証拠。あなた様には、世界を救う力が秘められております」
(魔王、魔物、勇者、女神様、世界を救う力・・・
やっぱりこれって、漫画とかでよくある異世界転生ってやつ!?
それで、俺が勇者に選ばれたの!?すげーっ!夢じゃないよね!?
お母さんに自慢しなきゃ・・・
・・・そうだ、お母さん)
思わぬ展開に興奮したけど、お母さんの事を思い出して冷静になった。
「あの、お母さんは一緒じゃなかったでしょうか?もし一緒じゃなかったら、俺一回帰りたいんですけど」
勇者になって冒険するのはワクワクするけど、一度帰って事情を話さなきゃ。
俺が行方不明になって二日も経ってるんだから、お母さんは物凄く心配してるに違いない。
警察に捜索願とか出して、ニュースになってるかも。
(わー、どうしよう。クラスの奴らに色々言われちゃうなー)
お母さんに勇者になるって言ったら反対するかもしれない。どうやって説得しよう。
そんな事を考えていた僕に、神官様の静かな声が響いた。
「残念ながら、あなたのお母様は魔物に襲われてお亡くなりになりました。
あなたを助けるだけで精一杯だったと聞いております。お気の毒に」
(・・・嘘だ。どうして?そんなの信じられない)
「そんな・・・嘘でしょう?嘘って言って下さい!」
俺の叫びが部屋に響き渡った。
「あなたを森の中で見つけた者をここに呼びましょう。アルヴィン、こちらへ」
神官様が声を掛けると、焦げ茶色の髪をした、がっしりとした体格の男の人が入ってきた。
「初めまして。アルヴィンと申します。
私の力が及ばず、母上を助けられませんでした。申し訳ありません」
「そんな!なんでっ!?なんでお母さんを助けてくれなかったの?」
俺はアルヴィンに詰め寄った。
アルヴィンが言いよどんでいると、神官様が言った。
「どうか彼を責めないでやって下さい。
彼があなたを見つけた時、既に魔物に襲われていたそうです。
彼と一緒に探索に出ていた者が二人いたのですが、救出の際に命を落としました。
生き残ったのは、あなたとアルヴィンの二人だけです」
呆然とアルヴィンを見上げると、アルヴィンは悲痛な顔をしていた。
「あなたの母上は立派でした。死を前にして、自分の事よりもあなたを心配していた。
私は彼女から、あなたを託されたのです。これをあなたにお返しします」
そう言って彼が差し出したのは、お母さんがつけていたバレッタだった。
受け取る手が震えた。
去年のお母さんの誕生日にプレゼントした物に間違いなかった。
凄く喜んでくれて、いつもつけてくれていた。
「本当に・・・本当に死んじゃったの?」
俺を置いて、逝ってしまったの?
へなへなとその場に崩れ落ちた。涙が後から後から溢れて、床にいくつものシミを作った。
(お父さん、お父さん、ごめんなさい。
お父さんがいない間、お母さんを守るって約束したのに、守れなかった。
いつだって、守られてばっかりだった。
お母さん、お母さん、お母さん。
どうして逃げなかったの?
俺が気絶してたから?だから逃げられなかったの?
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・)
泣き崩れる俺を、アルヴィンが抱きしめてくれた。
「私は彼女に、命を懸けてあなたを守ると誓った。あなたをきっと立派な勇者に育ててみせる」
そう言って、力強く抱きしめられた。彼の温かい体温にさらに涙がこぼれた。
「あなたが勇者として修行するのなら、魔王を討伐するその時まで、我々も喜んで支援を致します」
神官様が言った。
勇者になる事が、俺がこの世界に呼ばれた意味なんだろうか。
そしてその所為でお母さんが死んだのだろうか。
お母さんが生きていたら、反対するかもしれない。だけど・・・
「勇者になります。どうか、色々教えて下さい」
魔王を討伐しない限り世界に平和が訪れないのなら、俺みたいに家族を亡くして悲しい思いをする人がたくさんいるに違いない。だから、俺は勇者になる。
(お母さん、きっと敵を討つからね)
俺はバレッタを握りしめて、そう誓った。