追い打ち3
オーティスは体を縄で拘束された状態で檻に入れられ、馬車に揺られていた。
ずっと俯いたままで周りの景色を見る事はなかったが、メインストリートのオレンジがかったレンガの色が明るいベージュ色に変わったので、中央エリアに入った事がわかった。
自分はどこで間違ってしまったんだろう?
あの男が女中といい仲になってるとはちっとも気づかなかった。いくら暇だからといっても、謹慎中のようなものだったのに、何て手の早い男だろう。
付き合い立てで恋の熱に浮かされていた女中は、これまでの恩も忘れて洗いざらい役人に話してしまった。おかげでこの有様だ。
男を殺すつもりはなかった。調子に乗っていたから、少し痛い目に遭わせてやろうと思っただけだ。
思いがけず死んでしまったので慌てたが、とっさにドルチェの販売員に罪をなすり付ける事を思いついた。きちんと調べれば犯人でないことはわかるだろうが、真犯人がわからなければ疑いの目はどうやっても向けられるだろう。客足は遠のき、やがて屋台を出す事もつらくなるに違いない。
そう思って、わざわざ中央広場まで死体を運んで密告したのが失敗だった。
噂話を利用するのなら、犯人の顔を見た人間の多い西のエリアの路地裏に捨て置き、知らん顔しておけば良かったのだ。そうすれば面白おかしく噂が一人歩きしたはずだ。
‘彼’に叱責されたばかりで功を焦りすぎた。やけ酒を飲んでて判断力も鈍っていた。
長い間かけて築き上げてきた地位も財産も、一瞬にしてこの手からすり抜けてしまった。
暗い路地裏で馬車が止まった。死体を捨てた場所だ。
自分が現場検証の為に連れてこられたのを悟り、オーティスは顔を上げた。
役人に促されるまま馬車を降り、問われるまま答えた。
全てを失ってしまい、どうでも良くなった。
すぐ近くの中央広場からは、賑やかな声が聞こえる。
何やら香ばしい匂いもしている。
晴れ渡る空の下、安息日を楽しんでいる人々。
つい昨日まで自分はそれを見下ろす立場だったというのに。
自分には商才があり、運も強かった。
それがおかしくなり始めたのはドルチェに関わってからだ。
利益を追い求めるのは、そんなに悪い事なのだろうか?
(私はどこで間違ってしまったんだろう?)
答えは出なかった。
現場検証も終わり、再び馬車に乗せられた頃、広場から歓声が聞こえてきた。
「殺人犯が捕まったってよ!!」
「よかったな、ダン。これで一安心だ」
聞こえてきた声に、オーティスは思わず顔を上げた。
「ドルチェは屋台を出しているのか?」
「ああ、新商品を買おうと行列ができていた。仕事じゃなければ俺も並ぶんだが」
見張りの役人がのんびりと答えた。
「小麦粉はまだ手に入らないはずだ。先週とは違う菓子を売ってるというのか?」
「ああ。今日から色んな種類の氷菓を売るらしい。暑いから良く売れてるようだ」
「氷菓だと!?」
オーティスは愕然とした。
王侯貴族であれば果汁を凍らせたものを食べる事はあるが、氷の魔石は加減が難しいため、好きな時に食べられる訳ではない。対象が単なる氷漬けになることの方が多いのだ。
それに、うまく凍らせる事は出来ても維持が出来ない。とても屋台で販売できる代物ではないはずだ。
「つめた〜い」
「シャリシャリして美味しい」
「これぶどう味だ」
「こっちはオレンジだ」
「冷たいキャンディって不思議な感じね」
子供達の楽しそうな声がここまで聞こえてきた。
まさか、高価な氷菓を子供でも買える値段で売ってるというのか?
だが、どうやって作ってるんだ?
首都から離れた工房で作って、どうやって維持してられるんだ?
欲しい。
その技術が。その秘密が。
グルグルと考えていたオーティスは、ふと思い当たって呟いた。
「まさか、氷の魔鉱石か?」
永久凍土の中から稀に採掘される氷の魔鉱石は、普通の魔石と違い、氷点下の温度をずっと保っていられると聞く。それを使っているのならば、氷菓を作る事も維持する事も可能だろう。
だがしかし、とんでもなく高価な代物だ。自分ですらお目にかかった事はない。一介の菓子屋が持てるはずがないのだ。
「いや、しかし・・・」
オーティスはドルチェの工房に行った事を思い出した。
要塞のような外壁だけを残し、わずかな期間ですっかり様変わりしていた。
工房を見てはいないが、全てが特注品だと言っていた。
工房も、道具も、住まいも、職人達の為に雇い主が用意したと言っていた。
ドルチェの菓子が優れているのは、職人の技術力もさることながら、それを支える財力が桁違いだからだ。
私とした事が、すっかり見誤っていた。たかが菓子屋と侮ってはいけなかった。
その背後にいる人物に敬意を払うべきだったのだ。
キーナという辺境の国に、そこまでの財を持つ者がいるなど思いもよらなかった。
「まさか氷菓を売るとはな。完敗だ」
小麦粉を押さえていたのにも関わらず、新商品を二回も出してきた。
しかも人の購買心理を上手く使い、売り上げを伸ばしている。
何という手腕か。
かつて、商売を知らない田舎者と馬鹿にした自分が恥ずかしい。
たとえ自分が捕まる事がなかったとしても、確実に‘彼’の怒りを買っただろう。
恐らく今日も‘彼’の使いは来ているだろうが、‘彼’はドルチェの新作を口にする事は出来ない。
氷菓を手に入れても、持ち帰った頃には溶けてなくなっている。
希少な氷菓を庶民が気軽に味わっている事に、‘彼’は我慢ならないに違いない。
(‘彼’はドルチェに執着するだろうな。同情するよ)
自分は何もかも失った代わりに‘彼’から解放されたのだ。
オーティスは静かに目を瞑った。




