追い打ち2
誤字を修正しました。
朝、中央広場ではいつもの顔ぶれが屋台の準備をしながら世間話をしていた。
「おい、聞いたか?昨夜、すぐそこの路地裏で男の死体が発見されたってよ」
「ああ、目撃者がいないか、役人がこの辺り一帯で聞き込みしてたな」
「額を鈍器で殴られてたって?」
「犯人はまだ捕まってないんだろう?今朝も役人がウロウロしてたぞ」
「物騒だな。客足が落ちなきゃいいんだが・・・」
「俺、嫌な噂を耳にしたんだが・・・どうも殺された男ってのが、西の広場でドルチェの屋台で暴れた奴らしい」
「何!?本当か?」
「ああ、それでダンが疑われてるようなんだ」
「まさか・・・」
「そうだよ、何も殺す程恨んじゃいないだろう?」
「でもよ、最初から殺す気はなくても言い争ってるうちに、とか。・・・ありえない話じゃないよな?」
その場面が容易に想像できて、皆、黙り込んだ。
ダンは気のいい男だ。正義感も強くて曲がった事を嫌う。自分の非を認めず悪びれない相手に対して、寛容な態度を取るとは思えない。揉み合ってるうちに当たりどころが悪くて死んでしまったのかもしれない。
皆の胸にじわじわと黒い疑念が胸に芽生えてきた時、一人の男が声を上げた。
「いや、でも昨日あいつ昼過ぎには広場を出て行ったろ?今日の為に宣伝してくるって、北に向ったのを俺見たぜ。わざわざ夜にこっちに戻るか?」
「戻るわけねぇだろ。北から東に廻って夕方遅くにやっと南に戻ったんだ。家の近くの馴染みの店で飲んでた時に役人が取り調べにきたよ。せっかくの酒がまずくなって参ったぜ」
いつの間にやら噂の本人が話に加わっていたので、皆驚いて仰け反った。
「ダン!いつからそこに?」
「今さっき着いたところだ。案の定、ろくでもない噂が流れてやがる。まあ、俺が犯人じゃないってことは、今日来た事でわかってもらえると思うがな」
「じゃあ何で疑われたんだ?」
「昨日俺が現場から逃げるのを見たって密告した奴がいるんだ。
だけどその時間俺はここにはいなかったし、殺された男が屋台で暴れた男かどうかも俺は知らないんだ。なにせ、暴れた男の顔を見てないもんでね。たとえ街ですれ違っても、そいつが犯人だと気づかなかったろうな」
ダンの言葉に、周りの人間は顔を見合わせた。
「信じられないなら今この場で宣誓するぜ。女神様に誓って、俺は人殺しなんかしていない。屋台で暴れた男の顔も知らない。俺は殺人犯じゃない。何回だって誓ってやるよ」
「じゃあ、その密告は嘘ってことだな。誰がそんな事を?」
「オーティスっていう西の豪商だ。先週、列に割り込んで騒いでた奴だよ」
「ああ、最終的に広場から閉め出されてた男か」
「恥をかかせるつもりかって、えらく怒ってたよな。まさかその仕返しか?」
「もしそうなら、随分器の小さい男だよな」
「ああ、それに悪質だ。殺人の濡れ衣を着せるなんて、とんでもねぇ!」
自分の為に憤慨する男達を見て、ダンは少し気が楽になった。
「奴はヘキサドマーケットに出店させる為に屋台をやめさせようとしてた。それを断ってから嫌がらせされてたんだが、ここまで酷いとは思わなかったよ」
ダンはため息を吐くと屋台の準備を始めた。そして男達に向って大声で聞いた。
「なあ、オーティスは俺と同じで、男が暴れた現場にいなかったんだ。なのになぜ殺された男がそいつだとわかったと思う?」
ダンの言葉を聞いて、広場にはヒソヒソと違う噂が広がり始めた。
◇◆◇◆◇◆
オーティスは自分の屋敷で数名の役人と対峙していた。
「こんなに朝早くから一体何だね?非常識だろう?」
「本当は昨夜お伺いしたかったんですが、さすがに非常識かと思って朝にしたんですよ」
「では手短に頼む。私は忙しいんだ」
「ええ。我々が来たのは昨夜の殺人事件の件です。あなたはドルチェの販売員が逃げるのを見たと言った。しかし彼はあの時間帯、中央広場にはいなかったんです。男が殺されたと思われる時間帯は、東のエリアにいた事がわかりました。なぜ嘘の密告なんてしたんです?おかげで罪のない人間を捕らえるところでした」
役人の言葉にオーティスは少し肩をすくめただけだった。
「私はあいつが殺人犯だなんて一言も言ってないぞ。善良な市民の義務として、見たままを報告しただけだ。まあ、私の見間違いだったんだろう。何しろ暗かったし、死体を見た事で気が動転してたからね。逃げて行ったのは暗めの金髪で引き締まった体をした男だったよ。背格好も同じくらいだったし、殺された男がドルチェの屋台で暴れた犯人だったから、先入観があったのかもしれん」
「なるほど、それでは仕方がありませんね」
「やはり下町は物騒だな。住む世界が違う」
オーティスの言葉に役人が眉を上げた。
「おや、では何故あんな時間に、あんな場所にいらっしゃったんです?広場のすぐ近くとはいえ、人気のない路地裏にどんなご用があったのですか?」
役人の言葉に、オーティスはムッとした。
「手広く商売をしていると、時には自分と違う世界の人間と交渉することもある。私は時間や場所を相手にあわせるようにしているんだ。交渉相手や内容については仕事の都合上、教える事はできん」
「なるほど。では、もう一つだけお伺いします。なぜ殺された男がドルチェの屋台で暴れた男だとご存知だったんですか?男が暴れた時、その場にいらっしゃったのですか?」
「いいや、しかし有名だったからな。なにせ犯人が見つからない限りドルチェが出店しないと公言したものだから、西のエリアの連中は暇さえあれば探しまわっていた。明るめの茶髪で青い目で、背格好は、そこの君と同じくらい」
「すごいですね。それだけの情報で犯人を特定できたのですか。ドルチェの販売員も同じ情報を持っていましたが、顔を見てないからわからないと言ってましたよ」
「・・・足首に蛇のタトゥーがあったはずだ」
「確かに殺された男の足首には蛇のタトゥーがありました。しかし、暗いのによく見えましたね?それに他の人間は誰もそんな特徴があるという情報を持ってなかった。何故あなたは知ってるんです?」
オーティスが言い返そうとしたその時、部屋で給仕をしていた若い女中がお茶をひっくり返し、全員の視線がそこに集まった。
「も、申し訳ありません」
女中は震える手で後始末をしようとしていたが、やがて、わっと泣き出した。
「嘘よ。あの人が死んだなんて・・・」
(まさか、あの男、この女中とできていたのか?)
屋敷で過ごすうちに親しくなったのだろうか?だとしたら、屋敷に引き入れた自分のミスだ。
予想外の展開にオーティスが呆然としていると、役人の一人が女中に近づいた。
「お嬢さん、詳しくお話を聞かせてもらえますか?」
(ああ、終わった・・・)
オーティスは目の前が真っ暗になり、その場にガックリと膝をついた。




