苦い現実
「どこかで見た事があると思ったら、たまに離れで接待を受けてた上客だったんだな」
オーティスが帰った後、ダンが呟いた。
「ああ、ダン。休みなのに悪かったな。アレの相手は疲れたろう」
シヴァの言葉にダンは苦笑した。
「上品ぶって丁寧な言葉遣いだったけど、ちょいちょいこっちを見下した態度だったよな。シヴァもミホも笑ってたけど、実はけっこう怒ってたろ?」
「そうね。お菓子が地味って言われたのはちょっとカチンときたわ。日持ちするのであれば、生クリーム使ったお菓子をばんばん作るのに・・・」
ドルチェで売り出しているカップケーキは、プレーン、アイシング、ナッツ入り、ジャム入りの4種類だ。生クリームが使えたなら、可愛らしくデコレーションする事も出来るけど、日持ちしないし、荷馬車での移動中に崩れてしまうので、泣く泣く諦めた。
「あのおっさん、諦めてくれると思うか?」
「さあな。我々を雇うのは無理だと思い知ったろうが、あの様子じゃ大人しく引き下がるとは思えない。高貴な方からの依頼を遂行できないと立場も悪くなるだろうから、何かしらの行動には出るだろう。営業妨害をされるかもしれん。そうなるとダンには苦労をかけるな」
「俺なら大丈夫だ。今では各エリアに顔なじみも多く出来た。あのおっさんがどれだけ偉いか知らんが、町中の客の行動を止める事は出来ないだろう」
「・・・そうだな。しかし、組合に圧力をかけてくる可能性はないか?」
「う〜ん、ないとは言い切れないけど、あのおっさんが仕切ってるのは西のエリアの高級住宅地だ。上流階級の人間は、俺ら庶民と関わるのを嫌がってるって話だから、下町の組合と繫がりがあるとは思えないな」
「そうか。確かに、自分の得にならん事はしないような人間だったな。何にせよ、明日から用心してくれ。何かあったらすぐに連絡をくれ」
「わかった」
ダンが帰った後、私とシヴァは顔を見合わせた。
「どう思う?」
「恐らくあの男も、依頼してきた人間も、自分の思い通りに事が運ばないと我慢のならない高慢な性格だろうな。ミホの菓子を気に入ってるのは確かだから、こちらに危害を加える事はないだろうが・・・」
シヴァは少し考えながら言った。
「どんな手を使ってくるかわからないから、後手に回るしかないのがもどかしいな。こちらの身辺調査などをしてくるかもしれない。一応、それに備えておこう」
◇◆◇◆◇◆
残念な事に、私達の予想はあっさりと裏切られた。
オーロラの日に西のエリアでいつも通り屋台を出していたところ、難癖をつけてきた男に商品を滅茶苦茶にされたのだ。
「ここの菓子を贈れば好きな女を落とせるって話だから高い金払ったのに、全然ダメだったじゃねえか。ふざけやがって!こんなもん、こうしてくれる!」
「ちょっと、何すんだい!やめておくれ。うちはそんな事一言も言ってないよ。客が勝手に言ってるだけだ」
間の悪い事に、その時ダンは用を足しに屋台を離れており、店番をしていたのはダンの母親一人だった。
男が屋台から商品を道にばらまいて踏みつけるのを、何とか止めようとして縋ったら、思い切り振り払われて怪我をしたらしい。
倒れたまま動かない彼女を見て、さすがにヤバいと思ったのか、男は早々に逃げた。周りで見てた人は皆、彼女の介抱に集まった為、犯人を取り逃がしてしまったらしい。その男は恐らくオーティスの手の者だろうが、確たる証拠もない。
朝、商品を受け取りにきたダンが、悔しそうに話した。
「何だって?母君の怪我はどんな具合だ?」
「お母様、今一人で家にいるの?大丈夫なの?」
「ああ。倒れた時に足を挫いたらしい。あと手を少し擦りむいていた。二、三日安静にしていれば大丈夫だろう。今日は家で寝かせておくよ」
「ちょっと待ってろ。薬草を持ってくる」
「動けないと何かと不自由なんじゃない?サンドイッチか何か作ってくるわ」
シヴァとミホが同時に動いたのでダンは恐縮した。
「すまない。ガロンに会いに行くのが遅くなっちまうな」
「何を言ってる。今日はこのままお前と一緒に首都に行くぞ。母君を見舞わなければ」
「そうよ。いつもお世話になってるんだし。あなたがいない間、お母様の面倒は私が看るわ」
「いや、しかし・・・」
「今日は中央市場で客が最も多い日だろう。母君を見舞った後、私も屋台を手伝う。もっとも愛想なんて振りまけないから、足手まといかもしれんがな」
二人の気遣いにダンは目を赤くした。
「ありがとう。おふくろもきっと喜ぶよ」
◇◆◇◆◇◆
ダンの母親はベッドで弱々しく寝ていたけれど、見舞いに訪れたシヴァを見てみるみる頬を紅潮させた。
「この度は災難でしたね。痛み止めの薬草を持ってきました。あと、こちらのポーションは回復が早くなる効果があります」
「まあ、まあ、息子から良く話を聞いてたけれど、本当にいい男だこと。こんな婆さんの為にわざわざ来て下さるなんて、ありがたいねぇ。怪我をした甲斐があるってもんだよ」
「そんだけ口が回るんなら大丈夫だな」
母親の反応にダンが苦笑した。
「いつもお世話になっているのに、長い間ご挨拶に伺う事もせず失礼しました。何かとご不便でしょうから、ダンが戻るまで私がお世話させていただきます」
「あらあら、あなたみたいな人が嫁に来てくれれば、私も安心なんだけどねぇ。でもあんなに恰好いい旦那が相手じゃあ、うちの息子には到底勝ち目はないね」
「昔から、おふくろそっくりだって言われてるんだけどな」
「うるさいよ、馬鹿息子。さっさと仕事に行っといで。昨日の分まで稼いでくるんだよ!」
◇◆◇◆◇◆
夕方まで帰ってこないと思った二人は、昼過ぎに帰宅した。
ぐったりと疲れた様子の二人を見て、私はあわてて駆け寄った。
「どうしたの?また営業妨害にあったの?怪我とかしてない?」
「ああ、大丈夫だ」
「営業妨害どころか、その逆だよ。商品が全部売れちまったんで営業終了したのさ」
「人が多すぎて何が何やら。商品売りさばくのに精一杯だった。ダンはいつもアレをこなしてるのか。すごいな」
「ええ?今日は祭りでもあったの?」
「ある意味そうかもな。シヴァ目当てに町中の女が殺到しやがった。普段、ドルチェの菓子は男に買わせるもの、と豪語してる女達が、こぞって財布を取り出してたぜ」
シヴァを見ると、物凄く疲れきった顔をしていた。
「女の集団というのは恐ろしいな。香水の匂いが混じり合って気分が悪くなった」
早く帰りたい、と小さく呟いたのが聞こえたので、私は夕食の準備をしてから帰る事にした。
「それじゃあ、失礼します。お大事に」
「ああ、色々ありがとうね。気をつけて」
「休みをつぶしちまって悪かったな。そんじゃあ、また月の日に」
ダンに見送られて帰路についたが、南の城門をくぐり抜けるまでが大変だった。
「お兄さん、名前教えて」
「ねぇ、どこに行くの?一緒に行っていい?」
「また会える?」
「うちで休んで行かない?」
行く先々で女の人が声をかけてくるのだ。一緒に馬に乗っている私は、目に入っていない様子だった。
シヴァはそんな声を丸っと無視して、城門へと急いだ。
「・・・疲れた」
城壁の外に出ると、シヴァは大きくため息をついた。
「本当にすごかったわね。慣れない仕事だったから、余計に疲れたんじゃない?」
私が労うと、シヴァは軽く首を振った。
「いや、中央広場にいただけで体力を消耗した。恐らく聖域に近いからだろうな。今が夜の時代で良かった。女神様の加護を受けているから、ある程度中和できていたが、昼の時代だったらダメージはこんな物ではすまなかっただろう。今までグラードが魔物に攻められなかった訳を身を以て知ったよ」
「ええ!?気分が悪くなったのって、もしかしてそれが原因だったの?」
「ああ。おそらく弱っていたから香水の匂いにも耐えきれなかったんだろうな」
「じゃあ、早く帰って休まなきゃね」
「ああ」
しばらく無言で馬を走らせていたシヴァだったけど、不意に呟いた。
「普段は忘れているが、やはり我々は呪われた存在なのだな。女神様を崇めながら、その側に近づく事は許されない」
「でも何か矛盾してない?今は女神様の加護を受けているんでしょう?それって聖なる力じゃないの?」
「それは魔王様のおかげだ。女神様の加護は魔王様を通して我々に降り注いでいる」
「でも、魔王様も魔物でしょ!?女神様の聖なる力を受けて、何で大丈夫なの?」
「それは、魔王様が魔物の中で唯一女神様の祝福を受けているからだ。我々にとって、魔王様の存在が祝福なんだ」




